「ライナー・ノーツを書き終えて…」" 95年1月22日、バンドは阪神・淡路大震災の5日後、心斎橋クラブ・クアトロにいた。パルコ館内では「○○さん、○○は◯◯にいます。◯◯は元気です」という被災者の消息や連絡先を繋ぐFM放送のアナウンスがずっと流れていた。そんな非常事態の中、さすがにギュウギュウの満杯とまではいかなかったけれどお客さんはたくさん集まってくれたし、やっぱりぼくらはいつもどおり懸命に演奏した。それがマナーだと思っていた。 ライヴ後、楽屋に届いたアンケートに書かれた「今日は歩いて帰ります」「友人が来るはずだったけど被災して来れませんでした」というコメントを読んだ。その傷を思うと言葉がなかった。 何があってもライヴで踊りまくりたいと思ってくれるお客さんがいる限り、カーネーションはなんとかやりくりしながら、車や切符の手配をする。あの頃とはすっかり見た目の違うバンドなのかもしれないけれど、活動が長い分その共有できるありったけの記憶は全部連れていくつもりだ。…でも、ぼくはいつかそれすらも忘れるほどに、もっともっとスピードをあげなきゃとも思っている。やる以上は、あのクアトロの時のようになりふりかまわずやることがマナーなんだし。 カーネーション・ファン、そしていろいろな音楽が好きで好きでたまらないうちに今日ここに辿り着いた人たちへ。 自分が好きだと思える音楽を懸命に伝えてください。思う存分カーネーションの音楽を楽しんでください。じゃぁ、また。会場でお会いしましょう。