大川栄策

Profile プロフィール

大川栄策

大川栄策
◇ 生年月日 / 昭和23年10月30日
◇ 出生地 / 福岡県大川市

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大川栄策 プロフィール
◆バイオグラフィー

昭和23年10月30日

福岡県大川市に3人兄弟の末っ子として生まれる。
当時家業は家具製造を手広く営んでいた。
昭和42年03月佐賀県立佐賀商業高校を卒業。在学中は空手、野球、歌謡曲、
特に村田英雄の歌に慣れ親しむ。
 高校卒業後上京、故郷の大先輩 古賀政男先生の門をたたく。何度も断られるが、やがて本人の熱意が通じ入門を許され内弟子として、庭掃除から運転手、そして一番大事な歌への姿勢、人との接し方などを徹底的に教え込まれる。
昭和44年06月TBSのテレビドラマ「新妻鏡」の挿入歌「目ン無い千鳥」でレコードデビュー。この楽曲は昭和15年、霧島昇と松原操のコンビで歌われたリバイバルもので、大川の歌は兄弟子アントニオ古賀のB面として発売された。大川の歌がテレビから流れると、テレビ局・レコード会社に問い合わせが殺到、以後2年半に渡り超ロングセラーとなる。
昭和45年04月「目ン無い千鳥」というタイトルの古賀メロディのLPを出したのを手始めに「古賀メロディー第2集」「流し唄」ユニークな監獄の歌を集めた「孤独の唄」等々発売し、LP・MT歌手として地味ながら着実にファン層を広げ、実績を残していく。
昭和57年08月「さざんかの宿」発売。
発売時より爆発的に売れ続け、6ヶ月で100万枚突破という記録を作ると共に、大川栄策の名を日本中に知らしめる。
 昭和58年度のレコード大賞他、各民放音楽祭、有線大賞等様々な賞を受賞し、NHK紅白歌合戦にも「さざんかの宿」初出場を果たす。
昭和61年02月新宿コマ劇場で初めて1ヶ月公演を行ない、以降62年平成2年と歌だけでなく芝居にも意欲を燃やし、その熱演に関係者から好評を得る。
 昭和61年以降、恩師古賀政男先生に多大な影響を与えたという韓国メロディーに積極的に取り組み、現地取材、現地録音も含めMT・CD3枚を発売中。
平成05年歌手生活25周年を迎え、大川演歌その美声と繊細、華麗な節回しは、いよいよ円熟味を増してきたと言えよう。尚、アフリカ難民の救済にも関心を持ち、昭和60年に始まったじゃがいもの会のコンサートに連続して出演している。
平成09年

初のCM出演、また映画(のど自慢・ちんちろまい など)にも出演し、その演技力に関係者から大好評を受ける。

平成10年歌手生活30周年を機に、ペンネーム「筑紫竜平」の名で作曲家として楽曲作りもしている。
平成14年謎のアーティスト イー・オーとして、K-1の角田信朗氏の作詞による「ヴィクトリーロード」でデビューする。
平成16年

恩師 古賀政男生誕100年を記念して、各地で「古賀メロ100曲ライブ」を各地で開催するとともに、100曲入りCD-BOX「古賀メロありて、我ありて・・・」を発売。

平成17年「駅」を発売。20万枚を越える大ヒットになり、大川の代表曲の1つに加わる。
平成18年「再会」を発売。大川にとって市川昭介作品の遺作となり、10万枚のセールスを上げる。
平成19年03月21日「稲妻」を発売。
平成19年10月03日「風港」を発売。
平成19年11月21日演歌界初、配信限定12週連続リリース決定!!!
平成20年05月21日「名残りの桜」を発売。
演歌初の配信限定12週連続リリース作品の中から最も好評を得た名曲をパッケージ化。
平成20年10月08日『歌手生活40周年記念オリジナルアルバム〜旅路〜』を発売。
平成20年10月22日「二人の旅路」を発売。「駅」「再会」「稲妻」「風港」「名残りの桜」「二人の旅路」と6作連続で10万枚突破のセールスを上げる。
『歌手生活40周年記念企画 大川栄策 CD BOX』を発売。
平成21年07月01日「浪花ことぶき」を発売。
平成21年10月21日「浪花ことぶき/昭和浪漫」を発売。「昭和浪漫」がNHKラジオ「深夜便のうた」に決定。
平成22年03月10日88枚目のシングル「あの日の君を恋うる歌」発売。
平成22年09月01日89枚目のシングル「はぐれ舟」発売。平成23年、「はぐれ舟」が日本音楽著作家連合「藤田まさと賞」を受賞
平成23年04月06日90枚目のシングル「高山の女(ひと)」発売。
平成24年02月01日91枚目のシングル「昭和放浪記」発売決定!

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