寺神戸亮

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  • バロック・ヴァイオリンのスペシャリスト寺神戸亮が、バッハのチェロ組曲を?
    寺神戸亮の3年ぶりのDENONアリアーレ・シリーズへの新アルバムを、何の情報もなく手にした方は「おや?」と思うはずです。「バロック・ヴァイオリンのスペシャリスト寺神戸が、バッハのチェロ組曲を?」 そして、見慣れない楽器を持つ寺神戸の写真をみて、疑問は更に膨らみます。「・・・この見たことのない楽器は、いったい何!?」 未知なる物への、このわくわくする好奇心は、この楽器、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラを初めて見た寺神戸も同じであったに違いありません。さあ、チェロとバッハをめぐるミステリーの旅の始まりです。ご一緒に、音楽史上の「ミッシング・リンク」をたどる旅へ!

  • SACD 2ch、5.0ch CD-Audio
    ALBUM 2008/06/11 Release COGQ-32-3(2枚組) ¥3,990(税込)
    バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)
    J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲(全6曲) BWV.1007-1012

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  • バッハの「無伴奏チェロ組曲」は本当にチェロの曲?

    バッハの名曲「無伴奏チェロ組曲」。実は、そもそも「本当はどんな楽器のために書かれたのか」を巡って様々な議論がされながら、現在でも決定的な答は見出されていません。「えっ、チェロのための曲じゃないの?」と、驚かれた方も多いかもしれません。いわゆる現代のチェロによる名演奏・名録音がたくさん残されているのですから、それも当然です。しかし、楽曲のそこかしこに、チェロでは演奏困難あるいは演奏不可能な音符があること――例えば、一度に押えることのできない和音(人間離れした大きさの手の怪物奏者なら可能!?)や、バッハの時代には知られていなかった"左手親指で弦を押さえる奏法"でないと演奏できない部分――は、「チェロのための曲ではない?」との疑問を抱くに十分。そもそも、最も大切な「バッハ自身の自筆譜」が現存していないことが、この疑問の解決をいっそう困難にしているのです。

    謎を解く楽器か? 復元楽器 ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ
    その疑問に答える一つの解として急浮上してきたのが、近年研究が進み復元された「ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ」という楽器です。ヴィオラをひと回り大きくした、肩(イタリア語でスパッラ)から吊るして、ギターのように構えて弾くこの楽器。寺神戸が弾くこの楽器を、筆者(制作担当プロデューサー)が初めて間近に見た(聴いた)ときの驚きは、今でも鮮明に思い出されます。コンパクトなボディーから予想以上に豊かに鳴る低音、ちょっと鼻にかかった独特の美しい音色、少々大きめのヴィオラ(のように見える)を弾いているのにチェロの音が聴こえてくるみたいで見た目と聴こえる音のギャップに戸惑いそうになったのでした。なにより、演奏が自在で軽々としていて舞曲の魅力に溢れ、時折はさまれる即興的な装飾音が実に新鮮で・・・従来の「うやうやしいバッハ」のイメージを大きく覆すものでした。「軽々・・・」などと書くと誤解を受けるかもしれません。バッハの音楽を「軽んじる」演奏なのでは決してなく、バッハの精神を軽やかに飛翔させてゆくような・・・。逆にこんな想像はどうでしょう、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータをチェロで演奏したらどうなるか――重厚さは増すでしょうが却って鈍重に過ぎるマイナス面も起こりうるでしょう――その全く正反対のことが、目の前で起こっているように感じられました。バッハ自身が聴いたのは、まさにこのような響きだったに違いありません。

    目から鱗の復元エピソードの数々 「これは僕の夢をかなえてくれる楽器!」
    演奏の合間には、この復元楽器にまつわるエピソードや奏法上の問題、そしてバッハとの関連について実に興味深い解説が次から次へと飛び出し、そのたびに目から耳から鱗が落ちてゆきます。古い絵画や楽譜に、まさにスパッラそのままの形の楽器を弾く人物が描かれているのを目にすると、「裏付け捜査」によって難事件が解決に向かっていくかのような錯覚さえ覚えます。寺神戸本人による解説映像をご覧ください(アルバムのブックレットにも寺神戸自身による詳細な解説が掲載されています)。

    寺神戸は言います。「これはヴァイオリニストとしての僕の夢をかなえてくれる楽器なんです。普段ヴァイオリニストは高音のメロディーを受け持っていますから、チェロの音域のような低音を弾くということに特別な感覚を覚えます。ヴァイオリンでは音楽の大事な土台となるバス声部を弾く事が出来ずそれをずっと残念に思ってきたので、この楽器を手にして、これまで欠けていた体験ができて、とても嬉しいんです。」


    リサイタルの度に寄せられる、CD発売希望
    さて、かくも知的好奇心をかきたてる寺神戸のヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ(以下、スパッラ)によるバッハは、寺神戸がリサイタルで取り上げるたびにCD発売の希望が多数寄せられるようになり、録音のプロジェクトがスタートすることになりました。全6曲はたっぷりCD2枚分の長さ。一度に全部の録音は体力的に無理があるのでセッションを2度に分けることにしました。録音会場は、東京代々木のハクジュ・ホール。暖かい響きと程よい広さが無伴奏の録音にはぴったりで、何より寺神戸本人が同ホールに於いて「スパッラのリサイタル」を経験済みで、弾きやすく心地よい響きがお気に入りだったことが決め手になりました。弊社録音エンジニア塩澤は、初めて耳にするスパッラに興味津々。こまやかなニュアンスを伝えるためにホールの残響に頼り過ぎないサウンド・スタイルを採用、細心のマイク・アレンジでスパッラそのものの音色の魅力をダイレクトに伝えることに成功しました。

    ハクジュ・ホールでの録音 第1弾(2007年7月)
    2007年7月24日、録音初日。まずは有名な第1番のプレリュードから。
    寺神戸が十分弾き込んだこの曲は、新鮮さと共に懐かしさをも呼び覚ますような独特の感覚をもつ大変美しい演奏。2,3度全体を通してテスト録音をしたところで、すぐにスタッフと一緒にプレイバックを聴きます。ホール内で弾いているときの寺神戸本人の感覚と録音したものをプレイバックして聴いた感じのギャップを確認して、その後の演奏へとフィードバックしてゆきます。普段のリサイタルとはここが大きく違うところで(リサイタルでは奏者自らが会場での響きのチェックはできませんから・・・)、録音ならではの大変大事なステップです。テイクが5〜6に達する頃には、そのフィードバックが体になじんでくるようで更に活き活きとした音楽が繰り広げられるようになりました。続くアルマンド以下の舞曲は、小気味良いテンポの中でそれぞれのキャラクターが際立つ演奏で、聴きなれた名曲の新たな魅力を発見してゆくセッションとなりました。技術的に難しい箇所は部分的に録り直した場合もありましたが、むしろこれは例外。全体としては音楽の流れを止めない録音スタイルに、いい作品に仕上がる期待が高まります。サウンドチェックの時間の分だけ録音スタートは遅めになりましたが、それでも初日のうちに第1番は全て完了。いいペースでスタートできました。

    録音2日目。ホールに到着するなり「また、新しい方法を発見しましたよ!」と嬉しそうに言う寺神戸。復元楽器ゆえに自ら奏法を開拓してゆかざる得ない寺神戸ですが、楽器の構え方や弓の持ち方などの工夫次第で、どんどんと表現の可能性が広がってゆくスパッラの演奏に、自らの「パイオニア」としての役割を楽しんでいるようにさえ見えます。第2番以降、この組曲は番号を追うごとに技術的難度が増すようになっているのですが、予想以上にスムーズにセッションは進行し、目標としていた第4番までを無事終了、念には念を入れて第1番のプレリュードとアルマンドをリテイクする余裕すらありました(これが、実に自由な感興に溢れた素晴らしいテイクでした!)。次回を2008年2月上旬に決めて第1回のセッションを終了しました。
    予想以上にスムーズ・・・とはいうものの、ヴィオラよりも更に大きく特殊な構え方で演奏するこの楽器は、肉体的には無理を重ねる部分も少なくないのは事実。弦を押さえる左手の指を限界まで広げることが要求され、右手に持つ弓も時には重力に逆らった運動をするなど、腕や肩はこりと痛みが絶え間なく蓄積されていったのだそうです。録音だと何度も繰り返して弾くので、疲労の蓄積も半端ではなく、セッション中は「バンテリン」が手放せず、肩や腕を絶え間なくマッサージしていた寺神戸でありました。(余談ですが、ヨーロッパの音楽家にこの鎮痛消炎剤は大変好評なのだそうです。華やかに見える演奏家稼業も、その舞台裏には肉体を酷使するアスリートのような側面もあるのですね。)

    「進化」を続ける楽器と奏法
    さて、2007年12月。夏の録音と同じハクジュ・ホールでの寺神戸のリサイタル。初めての公での演奏となる組曲第6番は、楽譜に「5本の弦で」と指示があり、高い弦を1本追加して5弦のスパッラでの演奏です(彼のスパッラは4弦と5弦の両方に対応できるハイブリッド・タイプ)。演奏が始まってびっくり! 響きが豊かで大変クリアになり、特に低音(1番低いC線)の反応が素晴らしく改善しているのが一聴してすぐにわかったのです。大勢のお客さんに新鮮な感動を残して無事リサイタル終了したあと、寺神戸本人から秘密が明かされました。「5弦にしたほうが、楽器全体のバランスが良くなったみたい!1番〜5番も使わないE線を張ったまま5弦の状態で演奏したほうが良いのかも。それから、もっと良い弦がないかずっと探していたんだけど、今回手に入ったものがとってもいいのです。何といってもC線が思ったように反応してくれて!」いまだ進化を続ける寺神戸のスパッラ演奏に賞賛と同意の返事をするスタッフに対して、衝撃的な告白がなされました。

    「全部録音し直したいのです!」
    「夏の録音の仮編集を聴きました。実は・・・、その1番〜4番を、全部録音し直したいのです!」
    ええっ!全部録り直し? 寺神戸さん、本気ですか!?
    夏の録音では、さまざまな不都合を感じながら楽器に演奏を合わせるようなところがあったというのです。なるほど、そうかもしれない、と思いあたる箇所を記憶からたどりながら、プロデューサーは現実的な計算もしていました。第2回の録音として準備していた3日間は、そもそも第5/第6番の録音のための日程であり、この中で(録り直しを含めて)全6曲を録音するのは不可能です。寺神戸本人のスケジュール、ホールの空き状況、発売までの制作日程をパズルのように調整する中で、予定の3日間に加えて2月中旬にもう2日を追加して合計5日間で全6曲を録音することにしました。

    夏の録音をはるかに凌駕する2月の再録音!
    かくして全体を再録音することになったこのプロジェクトですが、2月のセッションが始まってみると、楽器の響き、演奏の自在さ、いずれもが夏の録音をはるかに凌駕する演奏。寺神戸自身が、夏に比べて大変弾きやすそうに演奏していることが聴き手にもダイレクトに伝わってきます。夏よりも遥かに順調に収録は進み、結果として5日間で全6曲を収録し、寺神戸本人も満足のうちにセッションを終了しました。寺神戸は言います。「現在最も僕の興味を惹いているのは、もちろんバッハの無伴奏チェロのための組曲です。しかしそれはこの楽器で弾くのが正しいかもしれないからではなく、素晴らしい作品であるからに過ぎません。「何が正しいか」ではなく「どう弾かれるか」、そして「音楽が人に何を伝えるか」が大事なのだと思います。ヴァイオリニストに新しい可能性−と今まで思いもよらなかった苦労―を与えてくれた、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラの出現(復活?)を心から喜びたいと思います。」
    寺神戸のこの新アルバムが、きっと皆さんをバッハの新しい魅力の発見の旅へと誘ってくれることと確信しています。

    制作担当プロデューサー 国崎 裕

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