ザ・コレクターズ祝!30周年・「音楽と人」対談企画『とてもロマティックなコレクターズと僕らの30年』|日本コロムビア

ザ・コレクターズ
祝!30周年・「音楽と人」対談企画
『とてもロマティックなコレクターズと僕らの30年』

ザ・コレクターズ対談企画『とてもロマティックなコレクターズと僕らの30年』特設
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30周年を迎えるコレクターズが、関係の深いアーティストを呼んで語り尽くすこの連載。第4回目のゲストは吉井和哉!
コロムビアの黎明期を支え、今はトライアドに復帰し、コレクターズと再びレーベルメイトに。
そんな仲ゆえ、トライアドの思い出が飛び交うトークに。
音楽と人の連載と合せてお楽しみください。

※「音楽と人1月号」(12月4日発売)掲載の連載からの続き
――コレクターズも今回、トライアドレーベルに移籍となり。

加藤
「トライアドって華やかなレーベルだったんだよ。シンボリックなイエローモンキーとピチカートとミッシェルがいて。あの時のロックレーベル的な存在に、新人も含めてできたら良いね」

古市
「イエローモンキーは大事だね。だってこのコロムビアのカフェだって、イエローモンキーのベストで作ってるようなもんだよ(笑)」

――じゃあコレクターズは?
写真(1)
古市
「このテーブルくらいじゃない?(笑)」

吉井
「じゃあシンボルとして宗清さん(註:コロムビアに居た名物ディレクター。現在クラウン)を迎え入れましょう(笑)」

――でもコレクターズと吉井さんで一緒にライヴやったりっていうのはなかったんですか?

古市
「仙台で一緒にやったくらいかなあ」

加藤
「だってコレクターズはずっとこんな感じだけど、イエローモンキーはほんとすぐ爆発的に売れちゃったからね」

古市
「まあでも、昔レーベルが一緒だったっていうのは何かあるよ。高校が一緒だったみたいな感覚というかさ」

吉井
「学校の先輩感はありますよね。だって影響受けて曲作ってるんですからね。こっちは完全にもうペーペーですよ」

――ではここで、加藤さんから見たイエローモンキーというか吉井和哉評を聞いてみたいですね。NHKのコメンテーターとして。

写真(2)吉井
「あ、NHKといえばオーディションやられましたか?」

加藤
「やったよ? 吉井くんも?」

吉井
「やりました」

加藤
「ええっ! イエローモンキーで?」

吉井
「はい。スジャータのおじいさんがいました。藤山一郎さん」

――審査員に藤山一郎さんってすごいですね。

古市
「先生が並んでる人に向けてやるんだから」

――それはNHKの会議室かどこかでやるんですか?

古市
「納会やるような部屋だよね」
写真(3)
加藤
「楽器持ってないのにね」

――え、エアーなんですか?

加藤
「全部エアーだよ」

吉井
「アニーは立って叩くフリしてたよ(笑)」

加藤
「コータローくんはボリュームいじったからね、ギターソロの時。何だったのあれ」

――はははははは!

吉井
「しかも演奏する前に何かひと言言わなきゃいけないんだよ。意気込みを」

――どういう意気込みを語ったんですか。

吉井
「覚えてないけど……『手のひらに〈人〉と書きました。〈入〉って間違っちゃいましたけど』みたいなこと言って、皆様がシーンとした気が(笑)」

写真(4)加藤
「演歌の人とかすごいんだよね。『今日は青森から船と電車を乗り継いで、田舎に残した母の思いを背負って参りました』とか言うんだよ。それで落ちるんだから」

古市
「演歌には厳しいんだよ。ロックはわかんないから、とりあえず全員合格にするんだけど」

吉井
「あれに受からないと流してもらえなかったんだから」

――では加藤さんから見た吉井和哉評を。

加藤
「あの頃のロックバンドの連中って、あんまり背が高くなかったんだよ。演ってる音とスタイルが、あんまり噛み合ってなかったのね。それが新幹線で吉井くんに会ったら、すごく背が高くて。おまけに服装もロックンロールな感じでさ。ちょうどコロムビアでレッド・ウォリアーズがブレイクした後なんだけど、〈これならダイアモンド・ユカイよりいけるな〉って思ったの。それにちょっと話したり、ラジオでの発言とか聴いてたら、当時からすごく売れることに対して意識的だったんだよね。いい意味で。さっきダンヒルサウンドの話をしたけど、俺はその頃、コレクターズが売れることなんか全然考えてなかったのね。好きなタイプの音楽を、マニアックでいいから自分なりに日本語にできれば良かった。だから今思えば、コレクターズはすごくわかりにくかったよ。イエローモンキーが自分たちの核にあるものと対峙しながら、ギリギリのところで歌詞をわかりやすくしていったのは凄いし、売れるべくして売れたな、と思う。俺たちはそんな意識なんてなく、XTCごっこみたいなことばかりやってた」

吉井
「コレクターズさんはスティーリー・ダンで、俺たちはTOTOになっちゃったって感じかな」

加藤
「わかる。別にTOTOを否定してるわけじゃないけど、俺らはどうしてもその好みから抜け出せなかった。そういうやり方が許された時代でもあったしね」

――でもイエローモンキーも、最初は非常にマニアックだったわけで。

吉井
「そう。3枚目まではうち、マニアックだったんで。その頃宗清さんに『お前らもっと売れなくて良いのか?』って言われて『売れたい。じゃあどういう曲作ろうか』ってなった時に、コレクターズは大きなヒントになったんですよ。ちょうどブリットポップも流行り始めて、それが僕の中ではうまくリンクして、シングル量産体勢に入ったわけですよ」

写真(5)加藤
「量産体勢するっていう覚悟もあったし、そのノウハウみたいなものを宗清ディレクターと探っていけたんだね。そこが全然違う。ウチはずっと中小企業で、研磨剤にしかこだわってなかったんだよ。好きなものをどうやって磨いていくか、しか考えてなかった」

――まあ、それで磨き続けてきたことが財産になってるわけですけど。

加藤
「結果的にね。だからそういう作戦変更が、俺たちには全然なかったんだよ。〈世界を止めて〉はほんと偶然の産物だったから。そこそこ売れたけど、こっちは何を褒められてるんだか全然わかんないわけ。何度も偶然を期待されても〈何すれば良いんだろな?〉って感じで」

古市
「俺もまだ20代だったし、全然考えてなかったね(笑)」

加藤
「そういう意味では、人との出会い、が大きいんだろうね。そういうアイデアが投げられたりしてたら、もしかしたらそういう気持ちになったのかもしれない。でも、そういう感じではなかったね」

吉井
「まあ、あの頃の宗清さんは、レッド・ウォリアーズを失った喪失感が強かったから(笑)」

古市
「俺らのディレクターになった時は、イエローモンキーを失った喪失感がすごかったよ」

吉井
「だからトライアドって話になると、宗清さんに尽きるのよ(笑)」

古市
「だって宗清さん、ディレクター変わる時の挨拶でも『イエローモンキーはこんなバンドだった』みたいなこと言ってたもんね」

加藤
「面倒くさいとこもあるけど、でも、そこまで情熱を持ってるディレクターも少なかったよ。だから俺らは後にシカゴのカヴァーをやるんだけど(註:〈QUESTION67AND68〉。『CASH AND MODELGUN』収録)、たぶんあれも、イエローモンキーにやらせたかったんだと思うんだ。だけど〈ちょっと違うかな?〉と思って我慢してたんじゃないかな」

――逆に吉井さんから見たコレクターズというバンドの魅力は?

吉井
「さっき加藤さんが冗談のように『研磨だけを一生懸命やってた』なんて言ってたけど、ほんとそれに尽きるというか。だから今でもちゃんと揺るぎない地位を確立されてるし。あとはとにかく演奏がカッコよかったのよ。〈世界を止めて〉のベース、HEESEYが『カッコいいよね』とかいってこっそりコピーしたもんね。ある曲にしっかり取り入れたりして(笑)」

写真(7)加藤
「コータローくんも良くイエローモンキーのフレーズこっそり弾いてたよねぇ。そうすると宗清が喜ぶんだよ」

古市
「音入れの時に『ギター音くださーい』って言われたら、〈SPARK〉のサビ弾いちゃう(笑)」


吉井
「〈SPARK〉ばっかりじゃないですか(笑)」

古市
「〈太陽が燃えている〉だったら、ギター完コピしてるよ(笑)」

――そしてコレクターズは結成30周年を迎えようとしているわけですが。

古市
「そうね。ここ逃すともうないからね。40周年はもう無理でしょ。さすがに構えるね。20とか25より」

吉井
「いやいや、素晴らしいですね。失くして思うけど、バンドは宝ですよ。どんなバンドでも。だからまたトライアドに来ていただけて、助かります」

古市
「トライアドが盛り上がると良いですけどね」

吉井
「盛り上げていきましょう。ピロウズ呼んで」

加藤
「さわお、この記事読んだら来てくれ!」

吉井
「デモテープ持って(笑)」

古市
「でも契約金はそんなにないぞ(笑)」


写真(6)
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