ヒップホップという音楽は、その敷居の低さを何よりもの魅力としているところがある。
ギターやピアノが弾けない者であっても、カラオケに行くたびに恥ずかしい思いをしているような者であっても、ヒップホップは決して拒むことをしない。
しかも、最近CMの効果などもあって注目を集めているヒューマン・ビート・ボックスを見てもらえればわかるとおり、究極的に言ってしまうとヒップホップは一切の道具すら必要としないのである。シュガーヒル・ギャングが“Rapper's Delight”を大ヒットさせた1979年当時こそ一時的な流行と見なされていたヒップホップが、ロックンロールと共に20世紀において最も影響力の強い音楽現象になった背景には、そんな誰もがカジュアルに取り組むことができる〈手軽さ〉が最大の要因となっていることは間違いないだろう。  

日本ヒップホップ・シーンの最重要グループのひとつに挙げられる名古屋の雄、M.O.S.A.D.。その精神的支柱としてグループを牽引する”E”qualは、正にヒップホップの醍醐味を体現する男と言っていいかもしれない。なんといっても、彼は友人から借りた機材を独学でマスターし、それを駆使することによってソロ・デビュー・アルバム『GET BIG“THE BALLERS”』収録曲のほとんどのトラックを作り上げてしまったのである。つまり、『GET BIG“THE BALLERS”』は――歌詞を書くペンとノート、そして幾らかの電気代を除けば――基本的に元手0円(!)から作られたアルバムということになるわけだが、それが音楽的にも十分に優れたものだったことはリリース後の客演量の増加(DJ HAZIME、DABO、般若など)をはじめ、現在皆さんが手にしている”E”qualの最新作『ごうだつゲーム』がメジャー・レーベルからのリリースである事実が証明しているんじゃないかと思う。  

『GET BIG“THE BALLERS”』の衝撃から約1年を経ての記念すべきメジャー・デビュー作『ごうだつゲーム』。本作を聴く限り、『GET BIG“THE BALLERS”』は”E”qualの底知れないポテンシャルのほんの片鱗を示したにすぎなかったようで、その才能が急速に進化を遂げていることは随所から簡単に聴き取れるはずだ。  
「今回の『ごうだつゲーム』は『GET BIG“THE BALLERS”』と次にくるセカンド・アルバムを繋ぐ作品だと思うんですよ、楽曲的にも精神的にも。簡単に言えばインディからメジャーへと向かう道筋の真ん中にいる感じっていうか……だから、まだ前のアルバムの色が強い曲もあるし、そういう段階の作品ですね。
例えば何曲か『こんなこともやれるんだ!』みたいなのもありつつ、自分の色を強く押し出したのもあったりして……それが上手い具合に混ざった一枚のアルバムができたらいいですね。自分がやってるストリートのヒップホップを上手い形でメジャーに広めていけたらなぁって」  
沸き上がってくる感情をそのままぶちまけたようなエモーショナルな前半、そしてストリートのヒリヒリとした空気を伝えるスリリングな後半――”E”qualがメジャー・デビューにあたって掲げた命題は、ここですでに達成されていると言ってもいいだろう。昨年11月に急逝したM.O.S.A.D.の盟友TOKONA-Xの貴重なライヴ音源“T-X”で幕を開ける前半は、Jack Herer(妄走族)の鋭いスクラッチやdNessaのソウルフルなヴォーカルを交えての決意表明となる“Intro”、ドラマティックなサウンドをバックに聴き手を鼓舞していくタイトル・チューン“ごうだつゲーム”を経て、MACCHO(OZROSAURUS)と共に自らのハードな生き様を綴った熱っぽくも感動的なパーティー・ソング“I wanna real”へと受け継がれていく。これら外部のプロデューサーを迎えて新機軸を打ち出した楽曲群に対し、〈2ちゃんねらー〉に痛烈な一撃を浴びせた“Skit(Push your sh*t back!)”に始まる後半4曲は”E”qualのセルフ・プロデュース。
変態的なファンク・ビートの上でRYUZO(MAGUMA MC's)やRude Boy Faceらとマイク・リレーを繰り広げる“ターミネーター”、M.O.S.A.D.の楽曲のフレーズをコラージュしたヒューマン・ビート・ボックス調の“Bigman Beat Box”、Mr.OZ(PHOBIA OF THUG)をフィーチャーして同名のスキンズ・バンドにリスペクトを捧げる“Strong Style”と、こちらは『GET BIG“THE BALLERS”』で展開した世界観を更にスケールアップしたような印象だ。いずれにしても、”E”qualの攻撃的な姿勢はタイトルの『ごうだつゲーム』にも象徴されるように活動の場をメジャーへと移しても不変のままであって、それは冒頭の“T-X”で「メジャー行っても俺はこんな風!」とまくし立てるTOKONA-Xの意志を継承するかのようでもある。  

「自分に付いてきてくれる若い奴らもいますからね。余り大袈裟なことは言えないですけど、自分の活動の場を広げていけば若い奴らも色々やれるようになるじゃないですか。だから、そういうお膳立てもできればとは思ってます。
今後控えている企画もあるし、自分が宣伝塔みたいになれたらなぁって。名古屋でも『期待かかっとるから頑張れ!』とか言われるから、それにも応えていかないといけないですよね」  

『ごうだつゲーム』はTOKONA-Xの弔い合戦でもあり、地元名古屋の仲間たちの未来でもあるのかもしれないが、”E”qualは「まずは自分自身のために頑張らなくちゃいけないと思う」と自らに言い聞かせるように語る。今回の収録曲が『GET BIG“THE BALLERS”』のどれよりもメッセージ性の強いものになっているのは、現在の彼を取り巻く環境に加えて、自分がここまで辿り着いたことに対しての自負と将来への自信があるからなのだろう。  

「俺はこんな感じの人間なのに『こういうこともできるんだぜ!』ってスタンスっていうか……『お前だってこういう風になることは有り得るんだよ』って。そういうのを見せていきたいんですよ。僕なんかホントに音楽がなかったらどうなってたか分からないし……こういうのもあるんだよっていうのを見せたい。音楽に限らず、聴いた人が『俺ももう一回なんかやってみよう』って言ってくれたら嬉しいじゃないですか。実際に言われたことがあるんですよ。“STREET LIFE/STREET BLUES”(『GET BIG“THE BALLERS”』収録)を聴いた人から『あの曲を聴いてもう一度頑張ってやろうって思った』って言われたときに、そうやって捉えてくれる人がいるんだなぁって……それが凄く嬉しくて、そういう部分はこれからも打ち出していきたいって思いましたね」  自分の機材すらない状態からアルバム一枚を作り上げ、そこから僅か1年でメジャー・デビューにまで漕ぎ着けてしまった”E”qualだからこそ説得力がある。
彼は〈ヒップホップのファンタジー〉を地でいく男なのだ。

高橋芳朗

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