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連載内容

『絵はがきの時代』(青土社)の著者、細馬宏通さんのオペラ絵はがき連載。
細馬さんの所有するオペラ絵はがきコレクションをもとに、絵はがきの時代=図像交換の時代であり、さらにオペラ絵はがきがオペラをアイコンとして交換するメディアであったことを明らかにします。 初演当時の絵はがきから透かし見える時代精神!

プロフィール

写真:渋谷博

細馬宏通

1960年西宮市生まれ。滋賀県立大学人間文化学部教授。専門は会話とジェスチャーの分析、 19世紀以降の視聴覚メディア研究。著書に『絵はがきの時代』『浅草十二階』(いずれも青土社)など。バンド「かえる目」で作詞・作曲とボーカルを担当。
好きな音楽:中学生時代はブーレーズ指揮のドビュッシーとラベル、高校時代は荒井由実と矢野顕子、いまは物音から鼻歌まで。 好きな食べ物:ご飯と干物。

日本コロムビア

オペラ・コラム道場

交換されるオペラ:オペラ絵はがきの時代/細馬宏通

第4回 オペラは手紙を歌いうるか?(2)
- 手紙を読み上げるアデーレ -

 前回は、《椿姫》の手紙場面を手がかりに、手紙とメロディが両立するのかどうかについて考えた。そこでは、手紙のもつ本来の手がかりに注意を払った上で、次のような説を考えてみた。

1.手紙は本来、声を避けるメディアである。
2.差出人も受取人も、手紙を声にすることを避ける。
3.オペラでは、手紙を読み上げるとき、メロディを伴わないことによって、オペラ的な声を避けることを表す。

サイレント映画版「こうもり」(マックス・マック監督)でアデーレ役を演じたリア・デ・プッティの絵はがき

 しかし、これだけでは、いかにも杓子定規で、マニュアルめいている。そこで、以後は、あえて手紙が声に出して読み上げられる場面を取り上げながら、この説をもう少し精緻なものにしていこう。

 さて、今回取り上げるのは、シュトラウスの《こうもり》。このオペレッタでは、第1幕の最初に、お手伝いのアデーレが手紙を手に登場して、それを声に出して読み上げる。この場面は、劇全体の浮かれ気分をそっくり凝縮したようでじつに楽しいのだけれど、その気分を、まずは曲の流れに沿って見てみよう。
 アデーレは登場と同時に、ハハハハ…と、ことばにならない声を楽しげに (a piacere) 歌い上げる。階段を駆け下りるかのような細かい16分音符で綴られたそのメロディは、いきなりソプラノの聴かせどころで始まるので、彼女がこの劇の重要人物であることはすぐ知れる。
 アデーレは手紙を広げながら、こう歌う。

 この手紙は妹のイーダから
 あの娘はバレエをやってるのよ

 旋律たっぷりだけれど、中身はいかにも説明的な歌詞だ。その説明は「バレエをやってるのよ」のところで、リタルダンドがかかって中断する。そしてテンポが戻ると、それまでとは打って変わって、メロディの乏しいことばになる。聞き手は、舞台を見ずとも歌をきいただけで、あ、手紙の読み上げが始まったな、と判る。オペラをきくわたしたちはたぶん、無意識のうちに、メロディの不在と、それが手紙文であることとを結びつけているのだろう。
 手紙の内容はこんなぐあい。

 今晩、お屋敷に行くの
 どんちゃん騒ぎなのよ
 オルロフスキー公という気前のいいお金持ちが
 今夜とりおこなうのよ、晩餐会
 衣装を拝借してきなさいな
 あなたの高貴なる奥様のを
 そしてエレガントに着飾ったら
 わたしがエスコートしてあげる
 ぱあっとやりましょうよ 賭けてもいいわ
 すごく愉しいから
 あそこならぜったいに退屈しないんだ
 と、書いてきたのがイーダ
 ああ、いきたいけど…

 ことばは同じBの音で続けられるのだけれど、シュトラウスはそこに異なる和音をあてている。あたかもワンノート・サンバのように、和音の進行によって音程の変わりなさが強調され、手紙のことばは生き生きと進行する。

第1幕冒頭、手紙を読むアデーレ

 いや、正確にいえば、少しだけメロディが忍び込んでいる部分がある。それは手紙の途中、「とりおこなうのよ、晩餐会」「高貴なる奥様のを」のところ。これらキーワードとも言うべき部分で、音符はB音をはずれてちょっと上下する。いわばメロディなき手紙文に、メロディによる傍線が引かれているのである。
 では、この音楽の傍線をどう歌うか。いろいろな歌手で聞き比べるとなかなかおもしろい。きちんと音符通りに歌うきまじめな歌手もいるけれど、多くの歌手は、音符から離れてあたかも語るように歌う(たとえば古いところではカラヤン指揮、シュワルツコプフ主演の録音でシュトライヒのアデーレを。最近のものでは、グシェルバウアー指揮でグルベローヴァのごきげんなアデーレを)。後者の歌いかただと、それまでの手紙文の中で突然、語り手本人の声が浮き立つような感じが出る。手紙の中に晩餐会ということばを見つけただけで脊髄反射で盛り上がってしまう、奥様の衣装を(だまって)拝借することを想像しただけで身もだえしてしまう、そんなお手伝いアデーレの、はやる心があざやかに伝わってくる。手紙を読み上げながらついメロディの禁止を犯してしまう興奮と、お手伝いの身分でありながらつい奥様の衣装で晩餐会に出かけてしまう背徳とが、うわずる声の中で重なって聞こえる。
 この歌にはもう一カ所だけ、メロディが現れる部分がある。それは手紙文末尾の「(退屈)しないんだ nie da」という部分。ここだけはそれまでのBに対してF#Bの音があてられていて、次の「(と、書いてきたのが)イーダ Ida」と対になっている。聞き手は、これらの上下する音程を聴いただけで、メロディの開始=手紙の終わりを知ることができるというわけだ。実際、ここから「ああ、いきたいけど」というアデーレ本人のことばに移ると、メロディはとたんに豊かになる。
 「手紙の朗読=メロディの不在」/「会話=豊かなメロディ」、という対比は、同じ《こうもり》の別の歌をきけば、いっそうはっきりする。というのも、アデーレの歌とまったく同じ伴奏が、主人アイゼンシュタインとファルケ博士との<晩餐会に行こう>で繰り返されるからだ。歌の前半は、アデーレへの手紙の内容と同じく晩餐会への誘いで、ファルケはアイゼンシュタインにこんな風に呼びかける。

いこうぜ晩餐に
すぐ近くなんだ!
くさい飯を食う前に
陽気に行こうじゃないか
人生を楽しもう

 「いこうぜ晩餐に/すぐ近くなんだ!」という冒頭部分こそ、先のアデーレの読み上げをなぞるようにBの音程が連続するが、そこから先はまったく異なる。音程は上下し始め、じきにアイゼンシュタインも唱和してメロディアスな二重唱になる。この場面には、手紙も声にできぬ秘密もない。ファルケはアイゼンシュタインに、直に晩餐の楽しさを語りかける。だからそれはメロディの豊かな歌になる。シュトラウスは、冒頭のアデーレの歌に込めたメロディの禁止を忘れることなく、その構造をちらりと埋め込んで、この誘いの秘密めいた気分を漂わせる。そして、そのあとは一転してメロディを配し、ファウケに堂々と声をあげさせて、露骨に誘わせる。

 さて、いよいよ第2幕、お手伝いのアデーレもその旦那様であるアイゼンシュタインもファルケ博士も、その晩餐会に現れる。アデーレは旦那様の姿を見つけてひどく驚くけれど、臆したりはしない。対面してしまった以上、そこにはいまさら手紙めいた秘密もない。奥方様の高貴な衣装に身を包んだ彼女は、メロディの不在から解き放たれ、ソプラノの技巧を尽くしてその場にいる者たちを圧倒する。その自由な歌声には、声の遊びがたっぷりと含まれていて、うっとうしい身分の差を明るく笑い飛ばしてしまうのである。

1920年代末から発行され始めたレコード付き絵はがき、weco-tonbildのシリーズから「Fledermaus - walzter」(こうもり、ワルツ)。ただしプレーヤーにかけてみると、どうも《こうもり》ではないような・・・。
レコードを再生してみる
↑こちらでレコードの音を聴くことができます。この曲にききおぼえのある方は、ぜひとも「声の広場」までご一報ください!

第4回・了

このオペラが観たくなったら…

J.シュトラウス 喜歌劇《こうもり》
ウィーン国立歌劇場 1980

ポップ、クンツ、ベリー、ヴァイクル、グルベローヴァ……。ウィーン国立歌劇場の一時代を飾ったスターたちが勢ぞろいし、華麗な歌と演技を繰り広げる。演出と映像監督を兼ねるのはシェンク。ライヴ特有の生きのよさと、映像作品ならではのきめ細かさが見事融合し、視る者を魅惑する。「過ぎ去りし華やかな宴」が、今鮮やかに甦った!

■キャスト&スタッフ

ガブリエル・フォン・アイゼンシュタイン:ベルント・ヴァイクル
ロザリンデ:ルチア・ポップ
フランク:エーリッヒ・クンツ
オルロフスキー公:ブリギッテ・ファスベンダー
アルフレード:ヨーゼフ・ホプファーヴィーザー
ファルケ博士:ワルター・ベリー
ブリント博士:アントン・ヴェンドラー
アデーレ:エディタ・グルベローヴァ
イーダ:カリン・ゲットリンク
フロッシュ:ヘルムート・ローナー
イワン:カール・カスラフスキー

演出:オットー・シェンク
指揮:テオドール・グシュルバウアー
ウィーン国立歌劇場合唱団&管弦楽団

■収録

1980年12月31日 ウィーン国立歌劇場

■SPEC

  • [収録時間] 169分
  • [字幕] 日本語・ドイツ語
  • [映像] 4:3 カラー
  • [音声] リニアPCMステレオ
  • [ディスク仕様] 片面2層
  • DVD●TDBA-80890 2,940円(税込)
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