初のベストアルバム『BESTYO』リリースから4日後の12月3日、日曜日の昼下がり。東京郊外の遊園地、よみうりランドのオープンシアターEASTのステージに、白いニットのドレスに身を包んだ一青窈は現れた。寒空にもかかわらず、会場は客席後方の立見席まで超満員。BESTYO Free CONCERTYOと題されたこの日のライブは、彼女にとって特別な意味を持つライブだった。

 もう4年近く前、まだ一青窈がデビューして間もない頃にリリースした、家族への想いと自らの人生観を綴ったセカンド・シングル『大家』
(ダージャー)。その中で「あの遊園地の観覧車を覚えてる」と歌われていた遊園地こそが、よみうりランドだったのだ。今回の『BESTYO』には、「あの遊園地」が「よみうりランド」と歌われている本来のヴァージョンの『大家』が収録されている。だからこそ、この特別なライブを行うのはこの場所でなくてはならなかったのだ。ステージに上がった一青窈は周囲を見渡し、「父が一緒に乗ってくれた乗り物があれ」と、ステージからよく見える場所にそびえる観覧車を指差した。そして始まった1曲目は、もちろん『大家』――。そして「もっともっとうれしいことがありますように」という祈るようなMCとともに、『うれしいこと。』へと続く。

 昼のステージは、照明や特殊効果の力をかりることができないので、何のごまかしもきかない。この日のステージの上には、マイクと機材以外に何もなかった。一青窈は自分の「うた」とそれを支えるバンドが奏でる親密な「音楽」だけで、1万人を越えるオーディエンスと向き合っていた。

 「『もらい泣き』と『ハナミズキ』だけの一青窈じゃないことを知ってほしくて、ベストを出すことにしました」なんて冗談交じりのMCでオーディエンスを和ませながら、この日だけのスペシャルな編曲で『一思案〜月天心〜指切り(JAZZ ver.)』のメドレーを気持ちよさそうに歌う一青窈。『翡翠』の前のMCでは、「この歌をレコーディングしていた頃、失恋をしていました」といった裏話まで飛び出した。ベストアルバムでアーティストとしての「一つの季節」に区切りをつけた一青窈は、まるですべてを吹っ切ったかのよう清々しい表情で、代表曲の数々をいとおしむように歌っていく。

 奇跡が訪れたのは9曲目の『ハナミズキ』の時だった。「僕の我慢がいつか実を結び 果てない波がちゃん止まりますように 君と好きな人が百年続きますように」という、あのポップミュージック史に残るサビの名フレーズが歌い出されたその瞬間、この日の空を覆っていた厚い雲の合間から一瞬だけ日が射し、その光の筋がステージの真ん中の一青窈を明るく明るく照らしたのだ。自然が演出したそのあまりにも神々しい光景――きっとこの日のオーディエンスは一生忘れないだろう。

 まるで「真冬の夢」のようなこの日のライブは、『さよならありがと』で幕を閉じた――と思いきや、一青窈はピアノの武部聡志と二人だけ残り、ステージの縁に座って「1千回も1万回もアリガ十々アリガトウ。」とオーディエンスに語りかけながら、『アリガ十々』を最後に歌った。

 「これからも、生きていて気づいたことを歌にしていきたい」

 そんな一青窈の言葉が、確かな実感として、いつまでも心の中に残る本当に特別なライブだった。

Photo by 増田慶/Text by 宇野維正(FACT)




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