1988
仙台にて坂本サトル渡辺洋一と出会い、JIGGER'S SON結成。コンテストに出演すると共に、自主制作CDシングル「BYE-BYE-BYE」リリース。
1989
JIGGER'S SONとしての初ライブを行う。いくつかのコンテストに出演したりイベントに積極的に参加。
初の自主制作CDアルバム「WHAT'S WRONG?」リリース。
1990
自主制作CDシングル「KIDS」リリース。数々のコンテストで、グランプリ等々の賞を獲得し、「コロムビアレコード・アーティスト・オーディション全国大会」でグランプリを獲り、デビューが決定する。
自主制作カセットアルバム「僕の宝物」リリース。
1992
上京。デビューアルバムのレコーディングに入る。6月にシングル「お宝〜大切な君だから〜」アルバム「自画自賛〜大切な君だから〜」にてデビュー。
かなりの本数のイベントやワンマンライブをこなし、10月には2ndシングル「顔を上げて」2ndアルバム「おなじ空の下で」をリリース。
1993
3rdシングル「大丈夫」がスマッシュヒット。坂本さとるのレギュラーパーソナリティ番組「ONE DIMEの夢」が東北5県にてネットスタートや、AIR-Gなどでも番組スタート。パーソナリティとしての魅力が認められてきた。
1994
初の全国ツアーを行う。仙台電力ホールをソールド・アウトさせるなど、各地ライブ動員が急上昇する。初のセルフ・プロデュース・アルバム「JIGGER'S SON」をリリース。新しいバンドの方向性を打ち出す。
1995
初のベストアルバム「Birthday 1992〜1995」をリリース。イベント出演やライブの本数も増加し、更に5thアルバム「あなたの味方」をリリース。
1996
新しい刺激と環境を求め、TRIADレーベルへと移籍。初のマキシシングル「バイバイ」を10月19日にリリース。12月に"SPECIAL CLUB TOUR '96冬"と題したライブ・ツアーを東京・名古屋・大阪・仙台(2days)にて行う。ギター・バンドとしてのパワフルさを加味させたステージングは、各地で話題となる。
1997
2月21日に通算9枚目のシングル「流星」を、3月20日には通算6枚目のオリジナル・アルバム「素敵な日々」をリリース。4月〜6月で全国20ヶ所のライブ・ツアー。そして5月にアルバムリカットされるシングル「素敵な日々」をリリース。
6月13日のツアー最終日のパワーステーションで、メンバーのテンションが爆発。関係者より大絶賛される。10月21日のシングル「世界の終わり」リリース後、全国ツアーへと突入。
1998
坂本覚が新しい自分を発見するために、単身南米のボリビアへと旅立つ。2月21日ニューシングル「忘れないで」3月21日ニューアルバム「バランス」をリリース。