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−山沢大洋とはナニモノか?−

 いなせなロックンロールから、ほんわか幸せになるラブリー・ポップ、泣けるバラッドまで、心憎いほど斬新なセンスをもって次々とヒットチャートに送り込んできたプロデューサー&ソングライター。現在のJ−POP界を背負って立つキーパーソンのひとりだ。が、なかなかご本人がメディアに登場しないこともあり、今までその正体は何やら謎めいた人物のイメージがあったのだが……。

 「なんか、自転車操業で生きてるタイプというか。あんまり器用に動けるタイプじゃなかったもので、裏方でずっと……。そもそも人前に出るのが得意な方ではないし。自分の仕事は関わったCDの中で説明できることだけで充分だっていう、どこか昔気質なところもあって。でも、今回はすごくいい機会なので、ぼく自身のこともいろいろ知っていただけたらな、と。はい」

 そう言いながら、彼は照れくさそうにポリポリと頭をかいた。
 決して表舞台に姿を見せないコワモテの“黒幕”プロデューサーを想像していた私は、想像力が足りなかった。影響を受けたレコードや、一緒に仕事をしてきた偉大な才能について語る時の、まこと幸せそうな笑顔。“黒幕”の呼称は全然似合わない。音楽を愛しすぎてて、音楽にも愛されすぎてる人なんだなぁ。大柄なカラダに、音楽への愛情がびっしり詰まっているのがわかる。だからこそ数多のヒット作を生み出し、そのプロデュース・ワークが絶大な信頼を得ているのだ。

山沢大洋 presents 「music tree」_img その山沢大洋が、自らの初アルバム『music tree』をリリースする。

 プロデューサーのアルバムというと、たとえば過去手がけてきたヒット曲の数々を自らの歌声でセルフ・カヴァーするような、これまでの仕事を総括したカタログ的な作品を想像しがちだが。本作『music tree』はちょっと肌触りが違う。もちろん、過去のプロデュース・ワークから連なるような音楽性も重要な柱にはなっているが、加えて、これまでの仕事からはこぼれ落ちていたような、新たな魅力をも体感できる盛りだくさんの1枚に仕上がっている。

 「本来、ぼくは受け身なんですよね。基本的には。仕事柄、誰かから発注がないと音楽を作れない。だから、今回はふだん絶対に発注を受けないだろうというタイプの曲も作りたかった。たとえばぼく、ビーチ・ボーイズも好きだし、ウィーザーも好きだし、同じくらいスライ&ザ・ファミリー・ストーンも好きだし。でも、そのどれかひとつの面に注目してもらうと、別の一面がこぼれ落ちちゃう。そうならないように、すべてをこの1枚に凝縮したいって気持ちはありましたね」

 スライド・ギターがファンキーにうねるキャッチーな70年代サウンドあり、エリック・カルメンばりの雄大なバラードあり、木村カエラの歌声をフィーチャーしたキュートなポップ・ロックあり、“Elvis Woodstock”ことリリー・フランキーの歌詞を得て岡村靖幸が縦横に暴れまくるファンクあり、往年の名グループ“アメリカ”のジェリー・ベックリーの歌声がポップス・ファンの琴線を刺激しまくるミディアム曲あり、泰輝のジャズ・ピアノによる木村カエラ楽曲のスウィンギーなカヴァーあり、2パックのラップも盛り込んだヒップホップあり、JBズのフレッド・ウェズリーを迎えたニュー・ソウル系の作品あり、夏川りみが郷愁たっぷりに歌い綴る曲あり、近藤房之助がブルージーな歌心を炸裂させたソウル・バラードあり……。山沢自身も3曲で優しくあたたかな歌声を聞かせ、「管」では亡き母への想いを自ら歌詞に綴っている。

 曲によってボーカリストが変わり、さまざまなゲスト・プレイヤーやクリエイターがコラボする。気心知れた仲間、あるいは初顔合わせとなる面々と繰り広げる、豪華かつマジカルなポップ・ワールド。新旧の音楽を知り抜いた男ならではの幅広さを存分にたたえた1枚だが。にもかかわらず、不思議とトータル・アルバム的な匂いがする。アルバム全体を確かな、共通したひとつの手触りが貫いているのが何よりも印象的だ。
 ふと、昔よく作った《マイ・ベスト・カセット》を思い出した。自分の持っている音源の中からお気に入りの曲だけピックアップして詰め込んだお手製のカセット・テープ。様々な思いを託しながら作ったマイ・カセットをよく友達とやりとりした。懐かしい。面白かったのは、自分としては思い切り幅広いジャンルから選び出したつもりでも、実際に聞いてみると、収めたどの曲にもなんとなく共通した手触りが漂ってしまいがちだった。思いの外、そのカセットの作者がどんな人間なのか、小さい一本のテープは雄弁に物語ってくれた。そんなやりとりの中で交わされた、音楽ファンどうしのささやかな、しかし胸ときめくコミュニケーション。『music tree』を聞いていると、あのころの感触を思い出す。彼も同じような音楽を聴いて育った同世代だから、なんとなく《カセット》のイメージなのかもしれないけど。

 「おっしゃる通り。アルバムを作ることは確かに新たなチャレンジではあるんだけど、かといって自分の引き出しにないものは出せない。無理はできない。自分の中の引き出しを開けて、そこからいろんなものを引っ張り出して作ったアルバムという感じですね」

 まさに山沢大洋が時代を超え、国境を越え、今現在の気分に正直に向き合いながら編み上げてくれた、豪華な、そしてとびきりポップなマイ・カセット。

 「うん。だから、日記ですね、もう。アルバム・タイトルは日付でもよかったのかもしれない。その時その時に感じたことが音楽になればいいと思うんですよ。だけど、そこには、その人が通ってきたものすべてが絶対に出るしね。そうやって自然体で作り上げたものがいい刺激になって人のお役に立てたらいいですね。きれいごとじゃなく」

 本作を語る時、彼は何度も「人の役に立ちたい」という言葉を口にした。
 年齢の離れた兄から60〜70年代ロックを半ば無理やりたたき込まれたことや、近所のレコード店が“学校”だったことや、16歳の時に目の前でエリック・カルメンが弾き語りしてくれる幸運に恵まれて「音楽の仕事をしたい」と思ったことや……これまでの人生で出会ったさまざまな人と音楽があったから、今の山沢大洋がある。そんな自分が作り上げたアルバムが今度は誰かの才能を刺激し、いつか新しい音楽を生み出すきっかけになればいい。まさに『music tree』、世代がつながっていくことで音楽の大きな“木”が育っていくように。そんな思いが、このアルバムには貫かれている。

能地祐子


■ジャンル、そして世代をも超える音楽愛溢れるアルバムが完成!!
 山沢大洋 presents 「music tree」(COCP-34572 ¥3,150(税込))
 2008.01.23発売決定!!
 詳細はディスコグラフィーにて>>>


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