八代亜紀
昨年、発表したジャズ・アルバム『夜のアルバム』が大きな反響を呼んだ八代亜紀。
でも、彼女がジャズを歌ったのは、このアルバムが初めてではない。
『夜のアルバム』で八代亜紀を<再発見>した音楽ファンのために、これまで彼女が歌った
ジャジーでポップなナンバーを集めた配信限定コンピ『Mr. SOMETHING BLUE』が登場。
<演歌歌手>という枠にとらわれない八代亜紀の魅力を再発見するまたとない機会だ。
──『Mr. SOMETHING BLUE』は過去に発表された楽曲のなかから、ジャジーな曲を
中心にバラエティ豊かな曲が並んでいますね。こんなにいろんなタイプの歌を歌われていたのかと
改めて驚かされました。
「演歌もジャズもロックも好きなものは好きなんです。ステーキもラーメンも美味しい、
みたいな感覚で(笑)」
──八代さんは18歳にしてクラブ・シンガーとしてデビューされていますが、そこでジャズやヒット・ソングなどいろんな歌を歌ったことも大きかったのでは?
「そうですね。〈演歌歌手〉になる前は〈流行歌手〉でしたから。幼い頃は父の浪曲を聴きながら眠っていましたが、昔は〈浪曲の切なさに、ジャズのノリをミックスしたのが八代亜紀だ〉という風に批評されていたんです」
──『Mr. SOMETHING BLUE』は、『MOOD』(01)や『八代亜紀と素敵な紳士の音楽会/LIVE IN QUEST』(98)の収録曲を中心に構成されています。なかでも、『LIVE IN QUEST』は日本のジャズ界の大御所たちとの共演で、八代さんの歌も最高にスウィングしていますね。
「楽しかったですよ〜。ジャズは歌う時に肩の力がはいらないからラクに歌えるんです。<素敵な紳士達>とご一緒させて頂いて、<音楽>を<音を楽しむ>と書くことの意味がよくわかりました。私達が楽しんでやっていれば、聴いているお客さんも楽しくなるんですよね」
──バンドとのセッションもジャズの楽しみのひとつですね。
「演歌は<演じる>責任があるから、言葉のひとつひとつに感情を込めて歌わなければいけない。でも、ジャズはリズムに身を委ねればいいんです。だからジャズ・シンガーって、みんな<これ、何の歌かな?>って思うくらいフェイクしているでしょ?みんな自由になっちゃうんでしょうね」
──『MOOD』や『VOICE』は、いろんなポップス系のミュージシャンが参加していますが、『夜のアルバム』でも歌われていたジュリー・ロンドン「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」を、最近のクラブ・ジャズ風にアレンジしているのがカッコ良かったです。
「あれも楽しかったですね。若い人達のアレンジやセンスもすごく良くて。周りは驚いてたけど、私は何でも歌いたい人だから(笑)。でも、一番大切なのはリズムですね。リズム感がないとどんなジャンルの音楽もダメ。演歌や浪曲だってリズムがありますからね」
──リズムに対するこだわりは子供の頃からですか?
「ずっとですね。リズムのある曲をかけながら、こうやって(身体を揺らして指を鳴らしながら)今のラップみたいな感じで歌っていました。リズムにあわせて歩く練習をしたり、リズムに対する感覚は子供の頃から意識して勉強してきたんです。
やっぱり、リズム感の良い歌手は歌もうまいですから」
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──なるほど。思えば昭和の流行歌は、サンバとかマンボとかリズムを取り入れた曲が多かったですよね。八代さんの歌を聴くと、いろんなジャンルの音楽を和洋折衷した昭和歌謡の素晴らしさが蘇ってくるようです。
「そうそう。昭和の歌って、ジャンルがなかったですよね。今ではジャンルが細かく分かれてしまって、昭和歌謡みたいな歌が生まれてこない時代になってしまった。だから、その頃のことを知っている私がこうやっていろんなジャンルの歌を歌うことで、昭和歌謡の良さを束の間だけでも蘇らせることができたらいいなって思うんです」
──これまでいろんなジャンルの歌を歌われてきたわけですが、今後、挑戦してみたい歌はありますか?
「次はすごく悲しい演歌を歌いたいです。心がちぎれそうな歌を、この八代の声で歌いたいんです。そういう悲しい歌がもともと大好きで」
──でも、八代さんご自身はとても明るい性格ですよね。
「超明るいです(笑)! だから悲しい歌が好きなんですよね、正反対だから。
本当に辛い思いをしている人は悲しい歌は歌えない。聴いているほうが辛くなってしまうんです。でも、心が幸せな人が悲しい歌を歌うと、悲しい歌に幸せの黄金(こがね)が少し入る。
聴く人は、そこに惹かれるんですよね。だから悲しい歌に、この声で灯りを少し入れてあげるのが好きなんです」
(インタビュー・文:村尾泰郎)
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