「植田佳奈の暗い恋愛観の裏に潜むもの」

 知り合いのスタイリストに聞いた話。多くの声優が出演するアニメ系イベントでスタイリングを依頼され、声優たちが集まっている控え室の隅で衣裳を整理していた。声優たちのおしゃべりを聞くとはなしに背中で聞きながら30分ほど作業しているうち、キャッキャキャッキャはしゃぐ洪水のような声に、一瞬、自分が小学校の教室にいる錯覚に陥ったという。ちなみに、そこにいた声優たちは平均年齢28.4歳(推定)。
 まあ、それぐらいでないと子供の役などできないのだろうが、かくの如く、声優には普段からテンション高めの人が多い。そんな中にあって植田佳奈嬢は、本人が「陰か陽かといえば陰」という通り、大はしゃぎしてるのを見たことがない。普段は同年代の一般女性と比べても、落ち着きのあるほうでは。本人も「あまり(感情が)上がったり下がったりはしない」と話しているし。
 彼女の1stアルバム『かないろ』も、そんな資質が反映されてか、全体的にゆったり、しっとりしたテイストの作品になった。雨上がりに薄日が差し込む感じ、静かな夜に風が頬をなでる感じ、とでも言おうか。
 このアルバムには、彼女自ら作詞したナンバーが3曲ある。シングルのカップリングだった「風にのせて」は「私の初恋の経験そのまま」とのことだが、最初そう聞いて驚いた。というのも、この曲には<香水とタバコの香り>といったフレーズがあり、初恋からそんな大人と!?と思ったのだ。が、よくよく聞くと、彼女の初恋は高3だったとか。超遅い恋愛デビュー。
「涙日和」は心変わりしかけた彼と再び歩いていく歌ながら、「詞の中ではうまくいきましたけど、実際は、一度背中を向けた男の人は絶対戻ってこないという確信があります」とキッパリ。暗い。暗いぞ植田佳奈(笑)。
 彼女のペシミスティックな恋愛観は、作曲もした「あいのうた」にも出ている。「私の理想の恋愛を描いたベタ甘な歌」とのことだが、冒頭から<誰も信じないと思ってた日々/やっと終わるね>と来た。そういう日々があったんだ? と聞けば「そんな無邪気に人を好きにはなれません」と。さらに、理想の恋愛=至福の状況にあるはずの詞の中でさえ、<いつかすべて消えて一人きり目が覚める><きみがいなくなっても>てなことを言ってる。「どこかで“幸せは長く続かない”と思ってるんでしょうね」。
 といった感じで、佳奈嬢の恋愛観はやっぱり暗いわけだが、同時に、誠実な人なんだな、とも思う。恋愛なんて本来、うまく行かないことのほうが圧倒的に多いもの。ネガティブな恋愛観に至ったのは、ひとつひとつの恋愛と真剣に向き合ってきた裏返しであろう。「上がったり下がったりしない」のも、心の奥では違うはず。たぶん遊び感覚で恋愛できない分、普通の人以上に喜んだり傷ついたりしたのではないだろうか。
 彼女のそうした体感は、このアルバムのコクとして基調音になっている。佳奈嬢はこれからも恋愛し、また傷つくこともあるかもしれない。その傷が彼女の作品にいっそう深みを与える結果となり、僕らはその作品を享受する。痛みの分だけ向上する品質、などと言ってしまえば身もフタもないが、資本主義とはそんなものです。だから佳奈さん、もっともっと恋愛してください。

(斉藤貴志)

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