![]() ●初回生産限定盤COZP-856~8 [2CD+DVD] ¥3,800+税 |
![]() ●通常盤COCP-38473~4 [2CD] ¥3,000+税 |
■拠点店
2006年9月20日:ALBUM「戦争をしよう」
2007年12月5日:ALBUM「マイ・ネーム・イズ・ロマンス」
2008年5月14日:MINI ALBUM「Faust C.D.」
2008年12月3日:SINGLE「ビューティフル/愛する or die」
2009年4月8日:ALBUM「Gloomy」
2010年4月7日:SINGLE「NO MUSIC, NO LIFE.」
2010年4月21日:ALBUM「毛皮のマリーズ」
2010年10月27日:SINGLE「Mary Lou」
2011年1月19日:ALBUM「ティン・パン・アレイ」
※ 2011年7月30日:毛皮のマリーズ写真集『夜明け』 撮影/有賀幹夫
2011年8月24日:DVD「CONCERT FOR“TIN PAN ALLEY”」
2011年9月7日:ALBUM「THE END」
2012年3月28日:
DVD「完全犯罪、或いはそれに似た -毛皮のマリーズ ラストライブ ”Who Killed Marie?”」

| 2003年(平成15年) | ||
| 2月2日 | 志磨遼平、越川和磨、栗本ヒロコによって「毛皮のマリーズ」結成。 | |
| 2月10日 | 渋谷屋根裏にて初ライブ。 | |
| 8月 | 初の自主音源(無題、6曲収録)を制作し、関西・四国の6都市を回るツアーを慣行。 | |
| 9月 | 当時のドラマーが突如失踪し、以後ライブ活動が困難となる。 | |
| 2004年(平成16年) | ||
| 4月 | 5曲を収録した自主音源『初期名曲集』を制作。それを持った志磨がレコード会社数社を訪問するも、すべて門前払いに遭う(この音源はのちにオークションに流出、高価落札される)。 | |
| 6月~9月 | 4ヶ月連続でカセットシングル(両面各1曲ずつの収録)を発表。 | |
| 12月 | さらに8曲収録のアルバム『毛皮のマリーズの世界』を制作するもドラマーが見つからず、ライブ活動休止のため発表できず。 | |
| 2005年(平成17年) | ||
| 3月1日 | ドラムを叩いたことのない富士山富士夫をバンドに加入させる。 | |
| 3月10日 | 現体制での初パフォーマンスを東高円寺U.F.O.clubにて行う。 | |
| 5月 | 「平成の村八分」と呼ばれた京都の伝説的なガレージ・ロックンロール・バンド、ちぇるしぃ(2000年解散)の歌手・馬場崇と志磨が「The SHOCK」を結成。志磨はリード・ギタリスト、のちに越川もベーシストとしてこのバンドに参加し、楽曲は志磨と馬場が共作。同年11月までデモ音源の制作や2度のツアーを含む活動を、東京と京都を往復しながら不定期に行った。 このとき頭の中に生まれた「ストゥージーズやMC5のような凶暴性とグラムロックの華麗さを合わせ持ったバンド」というイメージが、このあとの毛皮のマリーズに引き継がれる。 |
|
| 8月 | 自主音源(無題、8曲収録)を発表。それを携えての東名阪ツアーや、The SHOCKとしての活動の中で徐々に注目を集め始める。 | |
| 12月20日 | 馬場を頼って京都への移住を決意。(当時、関西方面ではあふりらんぽ、オシリペンペンズ、ミドリ、ワッツーシゾンビ等のいわゆる「関西ゼロ世代」と呼ばれるバンドたちが頭角を現し、各方面で話題となっていた。) しかし、その翌日に下北沢の名門R&RレーベルDECKRECからリリースのオファーを受け、「(東京と京都)どっちにいてほしいですか?」と委ねた結果、東京に残留。 | |
| 2006年(平成18年) | ||
| 1月 | 練馬区江古田の通称“毛皮ハウス”にて、メンバーが共同生活を開始。同胞・ピンクグループとのスプリット・ツアー「毛皮のマリーズ×ピンクグループ WESTJAPAN TOUR」(6都市)を開催。当ツアーは「最古のライブ映像」としてメンバーによって保管されており、のちに『EARLY FILM』と名付けられてアルバム『THE END』の応募特典DVDとして当選者にのみ郵送された。 | |
| 7月16日 | 埼玉でのライブ中に越川が頭を7針縫う大ケガ。当時のパフォーマンスは壮絶で、客席に志磨が飛び込んでのた打ち回り、ステージでもメンバーが機材を破壊するため「東京のストゥージーズ」と呼ばれていた(この日の越川の写真がデビュー・アルバム『戦争をしよう』のアートワークに使用されている)。 | |
| 8月31日 | 東高円寺U.F.O.clubにて初の主催イベント「毛皮のマリーズのベートーヴェン宣言」開催。(共演:キングブラザーズ) | |
| 9月20日 | デビュー・アルバム『戦争をしよう』(12曲収録)を発表。 | |
| 11月~12月 | 初となる全国ツアー(11都市)を行う。 | |
| 2007年(平成19年) | ||
| 4月 | 昨年に引き続きピンクグループとのツアー(3都市)。会場限定で販売されたスプリット・シングル(100枚限定)にザ・スターリン“365”のカヴァーを収録。ツアー・ファイナルとなった高円寺20000Vでのライブ中に志磨が腰椎を骨折。 | |
| 6月5日 | ファンに対し「バンドがマンネリ化している。次につまらないライブをやったら、我々は即座に解散します」と公式HP上で発表。これ以降、ほぼ演奏せずに楽器を壊すだけのパフォーマンスやステージ上での喧嘩が続き、8月4日の茨城公演をもって志磨が一時バンドを脱退。しかし数日後にキングブラザーズや当時ミドリに在籍していた後藤まりこらの仲裁によってメンバーが和解、「ラストアルバムを作ろう」と次作の制作に突入。数ヶ月かけて18曲をレコーディングし、また、それと同時期に行った「BYE BYE BOYS TOUR」の中で協議を重ね、メンバーは毛皮のマリーズの存続を決定、発表。 | |
| 12月5日 | 12月5日 2ndアルバム『マイ・ネーム・イズ・ロマンス』(12曲収録)発表。 初のワンマン公演(新宿紅布)を含む東名阪ツアー「My Name Is Romance TOUR」を開催。 |
|
| 2008年(平成20年) | ||
| 1月 | 「JAPAN TIMES」紙の文化面で特集記事が組まれる。 | |
| 3月27日 | 渋谷LUSHにて、最初の「360°完全開放GIG」を開催。(共演:ピンクグループ) | |
| 5月14日 | 2ndに未収録分の曲を収めたミニアルバム『Faust C.D.』(6曲収録)発表。 それに伴い、「TOUR 2008 “FOOL IN THE HELL”」(9都市)を開催。東京・大阪のみワンマン公演で、入場者にはバンドマンだけの執筆陣(キングジョー氏、ワッツーシゾンビの安里アンリ氏ら6名)による漫画誌「少年ジャンク」が無料で配布された。 | |
| 6月6日 | 名古屋ロックンロールで「360°完全開放GIG」開催。(共演:ワッツーシゾンビ) | |
| 6月中旬 | 毛皮ハウス解散。前年より神経衰弱気味だった志磨の精神状態が悪化し、ほとんどひきこもりとなる。 | |
| 10月 | DECKRECから離脱。現事務所のスプートニクラボと「JESUS RECORDS」を設立。 | |
| 11月 | 約一年間滞っていた新曲制作を、衝動的に開始。一ヶ月足らずで次々曲を書き上げ、『Gloomy』となるアルバムを完成させる。結果、これがショック療法となってか、志磨の精神もこのあと徐々に快方へと向かう。 | |
| 12月3日 | 初のシングルとなる『ビューティフル/愛するor die』(両A面)を発表。 | |
| 12月11日 | ZEPP大阪にてニューヨーク・ドールズと共演。 | |
| 2009年(平成21年) | ||
| 1月 | 東名阪ツアー「TOUR 2009 “毛皮のマリーズがやって来る ゲス!ゲス!ゲス!”」を開催。 | |
| 3月 | TOWER RECORDSとのコラボレーション・フリーペーパー「毛タワのマレコZ」(月刊、全12号)創刊。 | |
| 3月25日 | 国内初のセックス・ピストルズ公認トリビュート・アルバム『P・T・A!~Pistols Tribute Anthem~』(三代目魚武濱田成夫氏プロデュース作品)に“Seventeen”のカヴァーで参加。 | |
| 4月8日 | 3rdアルバム『Gloomy』を発表。本作は前シングルと併せて高い評価を得、音楽誌などでも取り上げられ始める。 | |
| 4月9日 | 梅田シャングリラでのライブ中に志磨が腰椎を骨折。リリース・ツアーの前半4公演が延期となる。 | |
| 5月3日 | 敬愛する忌野清志郎の訃報を受け、恵比寿リキッドルームのイベントに出演(志磨は松葉杖を突いて登場)。“世間知らず”と“人間の屑”をカヴァー。 | |
| 5月10日 | リリース・ツアー「“毛皮のマリーズがやって来る ゲス!ゲス!ゲス!”JAPAN TOUR」を再開(延期分の再演含め全12都市)。 | |
| 7月18日 | 「AOMORI ROCK FES.'09 ~夏の魔物~」のヘッドライナーを務める。ほぼ無名のインディーズ・バンドが抜擢されたこと、また雨の中の熱演ということもあって話題に。 | |
| 8月1日 | 国営ひたち海浜公園の「ROCK IN JAPAN FES.」に初出演。 | |
| 8月3日 | 新宿紅布で初のワンマン形式での「360°完全開放GIG」開催。 | |
| 9月25日 | 「My Space from JP.」誌の『毛皮のマリーズ事件』号発売。表紙・巻頭33ページの大特集だった。 | |
| 12月8日 | 『THIS IS FOR YOU ~THE YELLOW MONKEY TRIBUTE ALBUM~』に“SUCK OF LIFE”のカヴァーで参加。 | |
| 2010年(平成22年) | ||
| 2月1日 | 日本コロムビアへのメジャー移籍を発表 | |
| 3月~5月 | TOWER RECORDS “NO MUSIC,NO LIFE.”ポスターに登場。4月7日にはTOWER RECORDS限定シングル『NO MUSIC,NO LIFE.』を発表。 | |
| 4月21日 | メジャー1stアルバム『毛皮のマリーズ』を発表。 | |
| 5月~7月 | 「Restration TOUR 2010」(全国17箇所)開催。終了後は全国の野外フェスを縦断。 | |
| 10月27日 | 1stシングル『Mary Lou』発表。初回限定盤は日本コロムビア100周年記念としてコロちゃんパック仕様で発売され、志磨による漫画「Anarchy in the 1K」が同封されていた。 | |
| 11月~12月 | 東名阪で「コミカル・ヒステリー・ツアー」開催。 | |
| 12月 | 「音楽と人」誌で表紙巻頭特集。(グラビア撮影は荒木経惟氏) | |
| 2011年(平成23年) | ||
| 1月19日 | メジャー2ndアルバム『ティン・パン・アレイ』発表。東京の街をテーマに、弦楽四重奏、ピアノ、管楽器を主軸に据えて完成させた一大コンセプト・アルバム。ほぼ志磨単独での制作だったこと、大きく路線が変わったことがファンを戸惑わせたが、バンド史上最高となるオリコン週間チャート6位を記録。 | |
| 3月~4月 | 「TOUR 2011 “MARIES MANIA”」開催(全8都市)。新作『ティン・パン・アレイ』の内容を問題提起として、本ツアーはインディーズ時代の楽曲だけが演奏された。 | |
| 4月23日 | レコーディングに参加した20数名のゲストプレイヤーを招き、一夜限りの『ティン・パン・アレイ』完全再現コンサート(東京C.C.Lemmonホール、現・渋谷公会堂)を開催。 | |
| 6月 | 公式HP上で「un deux trois(アン・ドゥ・トロワ)」の文字と共に、12月25日にむけて謎のカウントダウンが開始される。 | |
| 6月14日 | レコーディングのため渡英。アビーロード・スタジオ(ビートルズが常用したスタジオ2)で4曲をレコーディング。一週間滞在し、最終日には同じくロンドンのThe George Tavernで初となる海外公演も行った。 | |
| 7月~9月 | この年の「夏フェス最多出演アーティスト」となる11本の野外フェスで演奏。「FUJI ROCK FESTIVAL」にも初出演し、初日WHITE STAGEのトップを飾る。 | |
| 7月30日 | 先の「MARIES MANIA」ツアーに同行した写真家・有賀幹夫氏による毛皮のマリーズ初の写真集『夜明け』発売。 | |
| 8月24日 | 4月の渋谷公会堂公演を収めた、初のライブDVD『CONCERT FOR “TIN PAN ALLEY”』発表。 | |
| 9月7日 | 0時直前、全国のFMラジオ44局を一斉ジャック、事前に録音されていた解散声明を放送する。この日店頭に並んだ3rdアルバムは「LAST ALBUM」のステッカーが貼られ、ジャケットとともに当日まで非公開だったタイトルも『THE END』であることが発表され、ポスターには各店舗のショップ・スタッフがアルバム・タイトルを直筆で書き込むという前代未聞の「アートワークによる解散発表」。 この解散パフォーマンスは日本コロムビアのスタッフですら知らされておらず(ジャケットやポスターのサンプルも確認後すぐ金庫に収納されていたという)、事前に知っていたのはメンバーと主要スタッフ、アートワークを担当した信藤三雄氏などのわずか数名で、一時Yahoo!ニュースのトップ記事となるほどの大きな反響を呼んだ。 |
|
| 10月~11月 | ラスト・ツアー「TOUR 2011 “Who Killed Marie?”」(全19公演)開催。 | |
| 11月22日 | 盟友THE BAWDIESと新宿紅布で最後の共演。 | |
| 12月5日 | ツアー最終公演となるラストライブを日本武道館にて行う。 | |
| 12月25日 | 公式HP上でのカウントダウンが0となり、最後の新曲“クリスマス・グリーティング”とファンに贈るメッセージが流れる。すると「un deux trois」の文字が「adieu」へと変化する、という仕掛けであった。 | |
| 12月31日 | 毛皮のマリーズ解散。同日限りで公式HPも消滅。 | |
| 2012年(平成24年) | ||
| 3月28日 | ラストライブとメンバーへのインタビューなどで構成されたドキュメンタリー作品『完全犯罪、或いはそれに似た』(DVD)発表。 | |