約12年間色々な仕事を経験したことで、
沢山の人に出会いました。
音楽をやってるなんてすごいねと
特別にみられがちだけれど、
家族の為、会社の為に40年間働き続けて
定年を迎えた上司の姿は本当にかっこよかったし、
汚れた作業着で黙々と毎日同じライン作業に立つおじさんは、
一瞬で0.1mmの不具合を見極めることの出来る、
工場のスーパーマンだなと思ったし、
子どもと親、いつか建てる一軒家の為に節約して貯金する
母になった親友のほうが、泣けるほど立派な女性だなと感じました。
それぞれ違う人生や目標があって、
でも東日本大震災で感じたように、
明日もその目標に必ず進めるとは限らない。
そんな思いが、山梨の山を登った時に感じた事とリンクして
書き上げた曲です。
30歳を過ぎた男友達と再会した時に、
「仕事,結婚,子供,親,やりたいこと」
自分の軸をどこにおくのか悩んでいるのを見て、
女性とはまた違う決断をする時がきてるんだなと感じました。
そんな時、街でスケボーに乗っている男性とすれ違うことがよくあって、
沢山の交通手段がある中、スケボーを選んで乗っているというのは、
シンプルだけど男性の芯の部分にリンクしている気がしました。
どの道を選んでも、それを正解にもっていくのは女性の方がきっと上手い。
でも、スケボーが道路とこすれる荒い音は、
俺はこれを選ぶ。
俺はこれで進んでいく。
という男の人の決断の重みのように響いて、
この歌を書くきっかけとなりました。
好きな人が出来ると、気づけばその人との時間が中心になって、
隣にいるのが当たり前になって、
でものめりこみすぎると、それだけの何もない自分になってしまって。
私もそんな経験があります。
隣にいる時間を増やすことも大事だけれど、
一人で行動して、一人で何かを見て、一人で感じて、一人でその感情を持ち帰って。
そうして感じた事が、考え方や、表情、言葉に勝手に出てくると思います。
隣にいない間に、そんな変化がいつもあったら、
きっとお互いが刺激し合ってずっと一緒にいられるものなのかな、
と、自分もそうでありたいなと思って書いた曲です。
どうしても分かり合えなかった上司がいて、
今までだったら静かに言うことを聞いて生きていくのが得意で楽だったけど、
人に合わせて生きるのが癖になっている自分のことが嫌になって、
きっと変わる時なんだなと感じ、その職場を去ることにしました。
いつか自分がこうしてよかった、いつか皆も分かってくれると信じて、
前を見て生きることに必死でした。
そんな時に書いた曲です。
長く付き合ってた人にふられてしまいました。
曲も全然書けなくなって、
ぼけーっとする日は3ヶ月くらい続きました。
そんな時、
台風18号がやってきて
会社が休みになりました。
ぼーっとしていたお昼過ぎ
台風が去って
雨戸とカーテンを開けると
空はものすごく晴れていて
鳥がさえずっていて
水滴のついた木はさわさわ揺れて
ふいにペンをとって
隣にあったギターをもって
3ヶ月の色々な気持ちが不思議なくらい言葉へと変わっていきました。
無口で
力も強くて
感情も表に出さない男くさい人
でも
恋をした時は
きっとこうなるのかな
こうだったら嬉しいな
そう思って
書いた曲です。
女性は男性と違って面倒くさい位考える生き物だなぁと思って書きました。
私も体験しましたが「仲間はずれ」や「陰口」がうようよする女の子の世界の中で、
敏感になる自分が作られていきました。
そのまま大人になって、
一日が終わるとお風呂の中で
あぁだったなこうだったなと、小さい事からぐるぐるぐるぐる考えて、悩んで、泣いて、決意して。
でも決意してからは潔くて。
だからこそ男性を支えられるのかもしれないです。
人前ではもう簡単には泣けなくなったけど、
お風呂の中は、情けない自分に戻って、洗い流して、前を向く。
女性の敏感な感情と、底知れぬ強さは、素敵だなと思っていつも歌っています。
子どもの頃、サンタクロースというおじいさんがいることを親に教えてもらい、
クリスマスが近づくと手紙を書いたり、空に向かって話しかけてました。
親の言葉や、大人の言葉は、魔法みたいに子どもの心を変えられるものだと思います。
電車に乗ってる大人やスーパーでレジに並んでる大人のマナーや立ち振る舞いも、
子どもの純粋な心へと染み込んでいきます。
「最近の若い子は」と私も言われてきました。
「じゃああなた方はどうなのよ」
そう大人へ言う前に、
自分自身が子ども達に映る一人の大人として、
カッコイイ大人でいたいなと思って作った曲です。
30歳目前。
音楽は月1.2回のライブを趣味で続けていこうと思い始めていた頃、一生ここで働きたいと思える素敵な職場に出会いました。
仕事の勉強も楽しく、いい仕事仲間にも恵まれ、余裕ある考え方もできるようにもなったからか、自然といい音楽がうまれていきました。
すると、音楽の方でも信頼出来る仲間がどんどん増え、さらに楽しくなってきて、
信頼できる事務所の方々とも出会いました。
それでも、やっぱり仕事も楽しくて、完全な二重生活が始まりました。
仕事、音楽、女性。
自分が何をすべきか、何を一番大切に生きるべきかを悩み考え、出来上がった曲です。
仕事を辞めてまだ1年もたたない2015年の7月7日。
ずっとやりたかったMotion Blue Yokohamaでのレコ発ワンマンライブ。
このライブをやると決めた時、まだメジャーデビューすることも決まっていなかったし、
憧れの場所で自分一人でお客様が集められるのか不安でした。
でも当日、
全席埋まった会場で、ステージにいる大好きなメンバーと拍手に包まれて、
それは死ぬほど幸せな時間でした。
そして、ずっと応援してきてくれた方々や出会ったばかりの方々、何年も私のライブを見ていなかった母を前に、メジャーデビューの発表もしました。
あの日の会場での一瞬一瞬を切り取って、写真みたいに残したくてできたこの曲は、今回のアルバムだからこそ入れられる曲だと思いました。
この日幸せだったのは皆のおかげで、
この日歌えているのは皆のおかげで、
この日ここにいられて幸せだったと言ってくれた皆がいたからこそ
出来た曲です。