
ステージに立って25年。今でも本番は、緊張といらないエゴで自分がどこにいるか分からなくなる。
大好きなものと一緒に生きていくには、自分も磨いていかないときっとずっと側にはいられない。
だから何歳になっても打ちのめされても、それすら腹に蓄えて生き返ってやろうじゃありませんか。
あなたの好きなこと。私の好きなこと。血がワクワクする方へ。誰もまだ知らないあなたの幕開け、ぶっ放しましょう。
恋愛の曲のようで、違うような。去年からラジオが始まり色々な方の人生を聞いて辿りついた曲です。
人によって恋愛の価値観が全然違うのが面白く、私はどうかなと思った時に、恋人・友達・家族・推し・仕事、大事な存在があるだけで幸せだわ~と思っています。
「大事な人がハッピーなら最高」綺麗事のようだけど本当にそう思うようになりました。
沢山の別れが大事なことも気づかせてくれているのかもしれないです。
ちなみに最近タロット占いで仕事運は花丸、恋愛は死神カードがでました。
あなたの大事なクルーズ時間にご一緒できる曲になれたら嬉しいです。
大事な人があと1年。あと半年。あと1ヶ月。想像もしたくないけど誰しもやってくる時。せめて、そばにいる自分は元気でいよう、そして何か少しでも、ほんの少しでも。命と向き合うことは答えのない行き場のない時間を沢山過ごします。救うことはできないけど、この歌詞が頑張るあなたの話し相手になれたら。大好きな人と少しでも長く、温かな1秒が過ごせますように。
大好きな布を縫い合わせたり、糸が絡まって切るしかなかったり。真っ直ぐ縫っていたつもりがものすごい曲がってたり。人間の縁や人生観と似てるなと。私の母が裁縫好きで、カワムラヒロシ(Gt.Prod)さんのお母様が刺繍の先生で、身近に裁縫があったからこそ人生とリンクしました。切って、縫って、色も形もいくらでも自由自在。私だけの、あなただけの、最高なPATCHWORK LIFEを!
「絵美は音楽をやっていけ」というメッセージを、私の父は最後の最後の瞬間まで伝え続けてくれました。父の死から7年、やっと言葉と音になり、喉と胸につかえてたものが柔らかく溶けていった気がします。日記のような曲ですが、大事な人がいなくなる経験が、今周りにいる人を大切にしたいと心から思うことに変わりました。
ちょうど10年くらい前に作った曲です。あー今は書けない歌詞だなと思います。それはマイナスではなく、その時そのままを曲で言い切って前に進めたからこそ。沢山泣いた日だったけど、その出来事がなかったら今の私の音楽もないです。もしあなたが今音楽を聴きたくないくらい辛くて泣いてても、数年後あなたの予想もしない新しい世界に糸が繋がってるのかも。
この曲ができたきっかけは、私達のライブ音響を10年支え続けてくれているケニー君の結婚式でした。結婚だけではなく、大好きな人や動物、自分にとって大切な「パートナー」や「相棒」という宝物に出会えること。その確率ったら奇跡です。満を持して私にもやっと「結婚式で流せる曲」ができた気がします。
もし私が別の土地で生活していたら、作る音楽や歌詞はきっと全然違ったと思います。厚木で暮らしてきたから こそ生まれる音楽は今の自分の一番の個性になれていると思っています。
学校の行き来や友達と遊ぶ日々で当たり前に触れていた花や虫、自然の移り変わりを毎日何かしらで感じていたことが想像以上に感受性を豊かにしてくれていたことに大人になって気づきました。
厚木のように自然が多い中で暮らすからこそ、心や体もリラックスできて仕事が頑張れていることも実感しました。
今の子ども達にも、厚木のように自然がある場所で、たくさん道草しながら色々なものを見て触って挑戦して、時には失敗して、それが何十年後に宝物だと気付くのではないかなと思い作った曲です。
私のように厚木にずっと住んでいる人だけでなく、他の土地に住んでいる方にも「厚木ってどんなとこなのかしら」「住んでみる・・?」と一歩踏みこんで感じてもらえるよう、人それぞれの「やりたいこと」を実現できる可能性が厚木にはあるということが伝えられたらなと思っています。
デビュー10周年イヤー、音楽を続けて24年。
ここまでこれたのはライブに来てくれたり応援してくれているあなたのおかげです。
あなたへ花束を送ったりはできないけれど感謝の気持ちを伝えられたらと、二人三脚で歩み続けてくれているプロデューサー・カワムラヒロシさんと作った曲です。
「デイジー」の花言葉は色によって違いますが、どの色もあなたへ伝えたい気持ちとリンクしていてビビビときました。
花束のようにこの曲があなたへ届いたら幸せです。いつもありがとう。
2025年はデビュー10年目となり、感謝と祝福に包まれたありがたい1年でした。そして実際の10周年が2026年。いざ、この10年よりも面白く生きるってどーすんのと考える時期でもありました。きっとその根本は、言葉に敏感で真面目で何かとネガティブという自分の弱点を、もういっそ面白がっていくことなのかなと。卵からだけではなく「弱さ」からも新しい自分が生まれること、そこから干物みたいに濃くなっていく人生は、旨みのあるオリジナルな人生だなと。新しい何かが産声をあげる瞬間、初々しい衝動、そういう奇跡が ” UBU ”という言葉を作ってくれました。あなたが忘れた頃に、ポッとまた私の曲を聴いてくれて 「こいつまだ歌ってたんだ〜いい味でてきたね〜」そんな周年をこれから迎えられるよう、10周年もUBUと挑戦を大事にながら新しい自分に出会っていきます。