9・STORYS
1st story -Heaven-
とある男、名前は仮に太郎としよう。
むせかえるような暑さの中、ざわめくいつもと変わらぬ街の中を太郎は今日も独りで歩いていた。繰り返される毎日に少し疲れて。
交差点に立ち止まり、まるで他人など存在しないのではないかと思うほどお互いに無関心に行き交う人々を見ながら、いつの間にか自分の最後の日、つまり、『死』について太郎は考えていた。誰もが自分の生まれたときから向かい続けているのに、誰も知らない感覚(丹波哲郎を除く)。
「その時は何もかもが許されるだろうか?何もかもが受けいれられるのだろうか?」
いくら考えても答えは出なかった。ただ、彼はそのすばらしき日のために生きていこうと願った。笑って最後の場所-Heaven-に行こう・・・、と。そして、また太郎は歩き出す。想像のつかぬ場所、最果てを目指して。
2nd story -よく晴れた月のない夜-
とある男、名前は仮に太郎としよう。
「幸せだなぁ?!」彼女の言葉、寝顔、そして手を繋ぐこと。太郎は本当に心からこれほど一人の女性を愛したことはなかった。しかし、この加山雄三ばりの幸せが永遠に続くのだと思っていたのは太郎だけだった。
気づいてみれば太郎はひとりぼっち。いつもの部屋に彼女のぬくもりはなくなった。何故、彼女はいなくなったのか?理由(わけ)も分からないまま、月すら顔を見せない静かな夜に、太郎は一人きりの部屋で涙を流す。月曜9時(げっく)のドラマなら、ここらで現れるはずのヒロインも、戻ってくる気配さえみせない。『ぼくは死にましぇ?ん』そう、太郎のHeavenはここではないらしい。そんな夜が更けていく・・・。
3rd story -夏の記憶-
とある男、名前は仮に太郎としよう。
慌ただしく動く社会とは違う懐かしい景色。久々に吸い込んだなつかしい夏草の香り。太郎は今生まれ育った町にいる。
鼻たれ小僧の少年時代、ぴちぴちの半ズボンにランニングシャツ。何故か横浜大洋ホエールズの帽子。すっころんでできた膝っ小僧の傷にはつばをつけて走り回っていた夏の日。陽炎を追いかけて、サイダーを飲んで、夕立に心ときめかせ・・・。
太郎は我に返った。クーラーの室外機の音が異様なうなり声をあげている都会の真ん中。あっ、あの歌が聞こえる、夏に覚えたあの歌が・・・。太郎は久々口ずさむ。忘れかけていた何かを思いだしたその時、どろんこまみれの少年太郎は、太郎の中で笑っていた。
4th story -流星-
とある男、名前は仮に太郎としよう。
太郎は今すぐにでも退屈な田舎街を飛び出したかった。そしてスゲー奴になりたかった。でも、スゲー奴どんな奴だ?
金魚を飲み込んで生きたまま出すポンプおじさん。確かにスゲーが、スゲーが違う。顔がくしゃくしゃになるくしゃおじさん、別にスゲーおじさんになりたいわけではない。自分の体をスポーツバッグに全部入れようとするエスパー伊藤、これも違う。フロッピーディスクを開発したと思えばジャンピングシューズを発明する、ドクター中松。本当に凄いと思うがなんか違う。
まぁいい、あの山の向こうに消えた流れ星を追いかけよう。太郎はギターケースを抱えて飛び出した。
数年の時が流れ、いまだ夢が叶わぬ太郎。人混み溢れる街の空に太郎は流れ星を見る。あれからいくつもの季節を越えたが、まだ輝き続ける流れ星、自分、そして夢。そうDream「住み慣れた我が家に?(吉幾三「Dream」)」はあまり関係ない。
太郎は心にいまだ変わらぬ思いがあることを信じ、握りしめ、道なき道をまた進んで行くのであった。
5th story -夕暮れ遙か-
とある男、名前は仮に太郎としよう。
目的のためにひたすら走る。走り続けてそれに疲れる瞬間。太郎は寂しさを感じる事を知っている。
そんな時、太郎はいつも環状線にかかる歩道橋へ夕暮れ空に会いに行く。何も語ることのない夕暮れは太陽を優しく包み込む。悩みの1つや2つ、誰もが持っている。エスパー伊藤も遠い昔、寂しさを語った夕暮れ空、あの日の友。
孤独を感じてもあのときのようにオレンジを分かち合える君がいる。オレンジの中にいることを知っている。大切な時間、それは夕暮れ遙か・・・。
6th story -むし〜2004〜-
とある男。名前は仮に太郎としよう。
夢を追い都会に出てきた太郎の暮らしは決していいものではなかった。六畳一間の古いアパート。クーラーのない部屋。フロなし便所共同。(リアルぅ?)。都会の夏は暑い。寝苦しい夜が続く。その夜も太郎は窓を全開にして、扇風機にタイマーをかけ寝床についた。
いつものように、暑さでなかなか眠れないでいるが、ふと腕の上に違和感をおぼえる。そっと見てみると「むし」が這っている。(決してゴキブリとかムカデとかを想像しはいけません。すべてが台無しになる恐れがあります。希望としてはバグズライフとかに出てくるむしを想像していただくと少しファンシーです。)
虫が大の苦手な太郎は、普段ならすぐに払いのけるところだが、なぜだかその時は静かにその様子を見ていた。ゆっくりと流れる時間。その時、扇風機のタイマーがとまり、部屋に入ってくる涼しい風に気づく。
「この部屋にも風が入るんだ。これに気づいたのも、むしさんのおかげ。ありがとうむしさん。」
ファーブル並の愛を感じていた。この時、太郎は心に徳川埋蔵金以上の財産を得たのだ。
「都会の夏……金鳥の夏」そんな風流な言葉が浮かんだ。太郎は、やさしい気持ちで蚊取線香に火を付けるのであった。ささやかな幸せ。
7th story -蛍-
とある男、名前は仮に太郎としよう。
陽が暮れた山の中。小川のせせらぎが聞こえるだけの静かな空間に太郎はいた。無数揺れる淡い光達。そう、蛍。太郎は彼女をつれて蛍を見にきていた。幻想的に揺れる光達。近づいては交差して離れていく。まるで誰かを求めては孤独を知り、また惹かれあう人間の様に。
太郎は彼女の手を握りずっとこの蛍が照らすこの道を歩きたいと思った。人がいない暗闇で彼女と××したいとか、いやらしい気持ちとかではなくて・・・。そんな胸キュンな気持ちにさせてくれる蛍に太郎は声をかける。
「お?い、蛍!」
田中邦衛のものまねで言ってみた。でもそれは、太郎ではなく北の国からのゴロウだよ。
太郎はただただ、蛍を見つめていた。
8th story -夢鳥-
とある男。名前は仮に太郎としよう。
太郎は思う。拳銃はいったい何の目的で作られたのか?日本にはじめて銃が伝えられたのは種子島だ。それは歴史で習った。
太郎は思う。ミサイルはいったい何の目的で作られたのか?日本にはじめてミサイルが伝えられたのは・・・習ってない。
太郎は思う。争いは憎しみを生み、憎しみは悲しみを生み、悲しみは絶望を生む。習わなくても分かる。
太郎は思う。空はラインがなく、この世界中の人々すべてをつなげている。隣に住んでいる人も、海の向こうに住んでいる人も、すべてを。
太郎は思う。その同じ空に世界中の人々みんなで素敵な夢を一つ描けたら、笑っていられるのに。
太郎は思う。きっと誰もが夢を描く鳥をもっている。誰もが思う夢を描く鳥。僕はその鳥になってみたい。
太郎は思う。夢の鳥。「鳥」を「島」に変えたら、夢の島。それは東京都がもっている。
そうなると、太郎じゃなくて慎太郎だ。慎太郎もきっと夢の鳥を持っている。
太郎は思う。僕はここで夢を見ようと………。
9th story -素晴らしい歌-
とある男。名前はこの際、太郎としよう。
太郎は当たり前に毎日を生きる、一人の男。その中で色んな経験をし、色んな感情を持つ。ガムシャラに働き汗をかく。大好きな人にココロときめく。ニュースで遠い国の出来事に悲しみを知る。公園で手をつなぐ親子に優しさを感じる。自分が生まれた神秘。両親への感謝の気持ち。
当たり前に生きる太郎の中で、すべては素晴らしいものとなる。太郎から溢れる歌となる。無限に拡がる宇宙の真ん中で誰もが持っている歌。それは素晴らしい歌。当たり前の中に溢れる素晴らしさ!素晴らしい太郎。そうウルトラマンタロウ。
「ジョワッチ!!」 タロウは果てしなく続く空を目指して飛んでいくのであった。
太郎の天国-Heaven-を探す終わりなき旅は、まだまだ続いていく・・・。