The Wisely Brothersは不思議なバンドだ。「楽器初心者3人組の、可愛らしいガーリーバンドでしょ?」なんて高をくくっていたら間違いなく怪我をするし、奇天烈なコードやグルーヴを「音楽的に読み込もう」と身構えたところで、スルリとかわされてしまう。気まぐれで、謎めいていて、おまけにキュート。一体どうしたら、こんな音楽を生み出すことが出来るのだろう?
真舘晴子(Gt.Vo)、和久利泉 (Ba.Cho)、渡辺朱音(Dr.Cho)の3人により結成された、The Wisely Brothersによるファースト・フルアルバム『YAK』が完成した。全11曲中、9曲のプロデューサーは片寄明人(GREAT 3 /Chocolat & Akito)。残りの2曲「MOUNTAINS」「マーメイド」は、メンバーたちによるセルフ・プロデュースである。
「ファーストEP『HEMMING EP』の時は、私たちが書き溜めていた“カケラ”とも言えないようなアイデアの断片を、片寄さんが一つ一つ聴いてくださって。そこから私たちのイメージに合う音楽を、プレイリストにして作ってくださったんです。そこにはドリー・ミクスチャーやXTC、ヤング・マーブル・ジャイアンツなんかが入っていました。それをヒントにアレンジを組み立てていったんですけど、今回は自分たちでも“引き出し”を増やそうと思って色んな音楽を聴いて、そこから着想を得ていきました」(真舘晴子)
そう真舘が言うように、これまでの作品は、本人たちも無意識のうちに聴いて育った様々な音楽の要素が、片寄のプロデュースによって引き出され、それを音に刻み込んでいるという印象だった。が、本作ではレモン・ツイッグスやヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ、トーキング・ヘッズ、あるいは3人全員がフェイヴァリットとして挙げたペトロールズといったバンドを意識的に聴き込み、そこからのインスパイアを楽曲に反映させている。そのため、ソングライティングそのものも飛躍的に向上している上、何度聴いても新たな発見がある。例えば、2度目のサビで唐突にマイナーコードが差し込まれる「キキララ」や、複数の曲を組み合わせたプログレッシヴな展開の「マーメイド」、山の名前を連呼するコーラスがユニークな「MOUNTAINS」など、1曲の中に様々なアイデアが詰め込まれているのだ。
今回、「マリソン」という曲でギターをオーヴァーダビングした他は、3ピースによる一発録音を行なっている。厚みのあるギターサウンドを録るため、例えばアンプを2台鳴らすなどの工夫は凝らしているものの、基本的にはライヴでも再現可能なアレンジだ。しかも、「おいで」以外はクリックなし、ほぼ全曲でアナログ・レコーディングを行っており、バンドの揺れや細かなミスなどはそのまま残しているという。だからこそ、3人が一丸となって演奏する唯一無二のグルーヴを封じ込めることが出来たのだろう。「ロウな質感や演奏を、極上のサウンドでミックスする……音楽的には全然違うんだけど、ニルヴァーナの『Nevermind』やソニック・ユースの『Goo』に近い考え方ですね」と、片寄は語ってくれた。
真舘による歌詞にも、今作では明らかな変化が見られる。“エジソンはその秘密ずっと待っていた”(“彼女のこと”)や“雨は青みをながし山に叫ぶ”(“MOUNTAIN”)など、独特の比喩表現を使ったファンタジックな世界観は健在ながら、例えば“庭をでて”では、“耳をすませば あなたの声があって 息を吸うように信じてみたい 暗闇の奥にあるひかりを”と、心のうちに灯る希望の光をストレートに歌っている。
「前作より明るくなった……かどうかは分からないですけど(笑)、どんなにイヤなことがあったり、どうしようもない状況にあったりしても、たとえ強がりでも“まだ希望はあるよ”って思いたかったんですよね。そうすれば少しは前向きになって、一歩進める気がしたんです。“希望”というのは誰かから与えられるものではなく、自分たちの中から呼び起こすものだと気づけたのは大きかったと思いますね」(真舘)
ところで、本作のタイトル『YAK』には“おしゃべりをする”という意味があり、それはそのままThe Wisely Brothersの音楽にも通じているのではないか、と本人たちは言う。
「先日、あるラジオ番組に出させてもらった時、“The Wisely Brothersのライヴって、三人で話しているみたい。その会話がそのまま音に反映されているよね”って言われてハッとしたんです。急に笑い出したり、話が脱線したり、よく分からない“間”があったり(笑)。確かに音楽もそうだし、それが私たちらしさでもあるのかなと思って、このタイトルをつけました」(和久利泉)
「それでジャケットは、果物になった私たちが会話しているようなイメージにしました。ブックレットもアートディレクターのミックイタヤさんとコラボしていて、砂漠や雨、海など歌詞に出てくるものを、自分たちで色紙(いろがみ)を切り貼りしているんですよ。ステッカーもオマケで付けているので、買った人も私たちのおしゃべりに参加するように、好きなところに貼ってみて欲しいです!」(渡辺朱音)
高を括るのでもなく、身構えるのでもなく、彼女たちのおしゃべりに耳を澄ますように本作を聴いてみて欲しい。真摯に音楽と向き合い、愉しげに音楽と戯れる彼女たちの姿が、ありありと浮かんでくるはずだから。
文:黒田隆憲