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2015.06.16
COLUMN 【最終回】《随想》「1988年さよなら公演」をUPしました。
2015.05.15
COLUMN 【連載第5回】《随想》「音大生の時に聴いたスメタナ・クァルテット」をUPしました。
2015.04.16
COLUMN 【連載第4回】《随想》「私のスメタナ・クァルテット」をUPしました。
2015.04.06
メディア NHK BSプレミアム「クラシック倶楽部」でモルゴーア・クァルテット出演回再放送!
2015.03.15
COLUMN 【連載第3回】《随想》「私のスメタナ・クァルテット」をUPしました。
2015.02.16
COLUMN 【連載第2回】《随想》「私のスメタナ・クァルテット」をUPしました。
2015.01.22
COLUMN 【新連載】《随想》「私のスメタナ・クァルテット」スタート!
2014.07.01
VIDEO 6/26(木)@浜離宮朝日ホールでのLIVE映像をUPしました。
2014.06.17
LP 大人気のプログレ×クラシックをLP化!
2014.05.23
コメント 『原子心母の危機』発売記念。最新コメント映像が到着しました!
2014.05.20
制作レポート “『原子心母の危機』ジャケット写真ができるまで”をUPしました。
ビデオ 『原子心母の危機』ダイジェスト試聴をUPしました。
2014.05.14
特設サイトがオープンしました。
2014.05.12
CD 『原子心母の危機』4楽曲試聴スタート!
2014.04.15
CD プログレ・カヴァー・アルバム第2弾『原子心母の危機』5/21発売決定!

The Young Person’s Guide to 原子心母の危機

日本最高の弦楽四重奏団が100%本気で取り組んだプログレ

日本を代表する弦楽四重奏団としてその名を轟かせるモルゴーア・クァルテット。
NHK交響楽団をはじめ在京オーケストラの首席奏者たちが集った、その実力、世界レベルのクァルテットがクラシックのレパートリーとともに、いま取り組んでいるのが、プログレッシブ・ロックの名曲の弦楽四重奏バージョンです。
端を発したのは、メンバーの一人であるヴァイオリンの荒井英治。
熱狂的ともいえるプログレ・マニアである荒井は、熱愛するプログレ古典の名曲たちに自らの手で編曲を施し、自らのクァルテットで演奏することを構想しました。
変拍子の多用、複雑な楽曲構成、シンフォニックな展開を特徴とするプログレに、軟弱なクラシックアレンジではなく、真っ向勝負のハイパーテクニック満載なアレンジで立ち向かう。
荒井渾身のアレンジで構成されたコロムビア第1弾のプログレ・クラシックアルバム『21世紀の精神正常者たち』は、原作を換骨奪胎したジャケ写もあいまってクラシックファンのみならずロックファンからも熱い支持を得てスマッシュヒットとなりました。それから2年。
続編を熱望する声が大きくなる中、満を持しての第2弾リリースとなります。
ロッキンオン・ジャパンで初めてプログレ特集が組まれるなど、ここのところ、プログレへの注目が加速度的に増している現在にあって、真にタイムリーなリリースといえるでしょう。

『21世紀の精神正常者たち』

COCQ-84964ジャケット 2012.06.20 release
COCQ-84964 ¥2,800+tax
  1. 21世紀のスキッツォイド・マン(キング・クリムゾン)
    Twenty First Century Schizoid Man(King Crimson)

    WindowsMedia RealAudio

  2. 月影の騎士(ジェネシス)
    Dancing With The Moonlit Knight(Genesis)
  3. 悪の教典#9 第一印象・パ-ト1(エマーソン、レイク&パーマー)
    Karn Evil #9: 1st Impression-Part 1(Emerson, Lake & Palmer)

    WindowsMedia RealAudio

  4. 太陽讃歌(ピンク・フロイド) Set The Controls For The Heart Of The Sun(Pink Ployd)
  5. マネ-(ピンク・フロイド) Money(Pink Ployd)

    WindowsMedia RealAudio

  6. メタルマスター(メタリカ) Master Of Puppets(Metallica)
  7. アフタ-グロウ(ジェネシス) Afterglow(Genesis)
  8. クリムゾン・キングの宮殿(キング・クリムゾン) The Court of the Crimson King(King Crimson)
  9. 同志~人生の絆、失墜(イエス) And You And I ~Cord Of Life, Eclipse(YES)
  10. 暗黒(キング・クリムゾン) Starless(King Crimson)

    WindowsMedia RealAudio

※( )内はオリジナル・アーティスト名

★スマートフォンでの試聴はこちらへ>>>

プログレ古典名曲群満載のラインナップ、そして・・・

前作の『21世紀~』は、プログレ5大バンド(キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、EL& P、イエス、ジェネシス)の代表作を収録したラインナップでファンを唸らせました。
今作は、それを更に深化させ、前作では取り組まなかった、プログレならではの大作イエスの「危機」、ピンク・フロイドの「原子心母」を中心に、プログレ5大バンドの壮大な組曲作品を収録し、他では聴くことのできない、深遠な世界を表現しています。さらに今作全体にひとつの大きな色合いを与えているのが、しんがりに収録された「ザ・ランド・オブ・ライジングサン」です。
ELPのメンバーであったキース・エマーソンが3.11の震災にショックを受けて作曲したというこの曲を、荒井はクァルテット・バージョンにアレンジしてここに収録。この作品によってアルバム全体の方向性が決まったという荒井氏。
これがあることで、すべてのプログレ名曲たちが違った意味を帯びてくるように思います。
震災を経て今なお「危機の時代」と言える現在、過去の名曲に埋め込まれたかつての「熱」が、新たにそしてアクチュアルに現出してくる様は、戦慄が走るほどです。

Respect and Transform-原作を凌駕する新たなプログレ像の提示

ロックをクラシックアレンジで。
そんなコンセプトのアルバムは数多ありますが、断言できるのは、このモルゴーアQによるプログレ・カヴァーは、ただのカヴァーアルバムとはまったく異なる核を持っているということ。
当代最高の技術をもった演奏家たちが、本気で演奏を繰り広げた時、そこで生まれる熱量は尋常ならざるものがあります。
長きにわたり聴き継がれてきた名曲群をカヴァーするのは並大抵のことではありませんが、モルゴーアはその並々ならぬ熱量をもって演奏を繰り広げることで、曲たちをリスペクトし、さらにはTransform-変容・昇華しているところがなにより凄みです。
愛の力は恐ろしい・・・その愛ゆえに曲に肉薄し、ついには突き破って新たな世界に突入しているかのようなイメージすら感じさせる、この熱情と愛情のエントロピー増大ぶり。
私たちはここに、新たなロックでもクラシックでもない、ネオ・プログレッシブ・ミュージックの誕生を聴くことができるでしょう。

ロックコンサートさながらのLIVEでの客の熱狂!

その熱量はライヴでも完全放出! プログレナンバーを気合充分に演奏する様子をみて、曲が終わることにまるでロックコンサートのように観客が熱い拍手と歓声をあげることもしばしば。
お客さんの満足度もすこぶる高く、ネット上や口コミで評判が広がり、今ではチケットがソールドアウトすることも多いほど。
しかも、年齢層が高く渋い客層の多いクァルテットの演奏会では考えられないほど、若い世代のオーディエンスが急増しているのがポイント。
モルゴーアの演奏は世代を超えて支持を集め始めているのです。今作「原始心母の危機」発売記念コンサートは、東京・大阪・福島の三箇所。今回もヒートアップ必至です。

【参考】<前作リリース時、モルゴーアQが配信番組DOMMUNEで演奏を披露した際のTwitterの反応の一部>
  • おぉ凄かったな。侮っててスマンかった。 Awazappa
  • クソ上手いうえに全くダサさを感じねえ。とんでもないわー Suzume_quox
  • す、すごかった…言葉にならない感動が… Vanillableep
  • 素敵。弦楽四重奏。近くで聞いたら凄そう。 wintermute_ta
  • これからはこういう音楽で踊る時代かも!?!?!? mu7fukayama
  • クラシックとプログレ、両方好きで良かった… mia0603
  • クラシックの本格的な教育を受けたプロって本当に凄いんだな…凄い!!! vanillableep
  • 目から血の涙がでましたっ。キング・クリムゾン弦楽四重奏。 sprout333
  • ビバ人力!!!!! maomania7

ジャケット写真―半身溶解の牛の意味するところは・・・

COCQ-84832ジャケット DENONのクラシック×プログレアルバムの始まりであるオーケストラ版『タルカス』
2010.7.21発売 COCQ-84832

思い起こせば、モルゴーアQの『21世紀~』から遡ること1年前、ELPの名曲「タルカス」をフルオーケストラにアレンジした吉松隆編曲版『タルカス』をリリースしたときが始まりでした。
エレクトリックを使用したオリジナルの作品を、アコースティックの極地であるオーケストラで演奏する。
ならば、イラストで描かれた有名な『タルカス』のジャケットも、いっそのこと実写で作ってみようではないか。
そんなコンセプトでジャケット制作に注力したところ、プログレファンから熱狂的な反応をいただくことになりました。
やはりジャケットも作品の一部。
心技体という言葉がありますが、演奏・アートワーク・コンセプトが三位一体になればこそ、作品は羽ばたいていくものです。
それ以降、このプログレ×クラシックシリーズはジャケット制作にも並々ならぬパワーをかけて制作をしています。


COCQ-85066ジャケット
今回のジャケットは、プログレの代表的なビジュアルとして定着している「原子心母」のジャケットを採用しようと即断。
名はルルベル3世というらしい牛が印象的なあのビジュアルをどう料理するか。
荒井の今回のアルバムのコンセプトを訊くにつけ、今回の半身溶解のイメージへと行き着くのにはあまり時間がかかりませんでした。
「原子心母」そして「危機」という2つの高みがこのアルバムを貫いていますが、『原子心母の危機』というタイトルと、この牛の置かれているまさに「危機」的状況、これは現在の日増しに増大する危機的状況の空気感から生まれた必然といえるかもしれません。

CD Information

この危機の時代に、新たな様相で転生するプログレ古典の名曲群

原子心母の危機 モルゴーア・クァルテット

2014.5.21 release COCQ-85066 ¥2,800+tax
“Atom Heart Mother is on the Edge” MORGAUA QUARTET
原子心母の危機ジャケット
  1. レッド(キング・クリムゾン) Red(King Crimson)
  2. WindowsMedia RealAudio

  3. 原子心母(ピンク・フロイド) Atom Heart Mother(Pink Floyd)
  4. WindowsMedia RealAudio

  5. 平和~堕落天使(キング・クリムゾン) Peace ~ Fallen Angel including Epitaph(King Crimson)
  6. ザ・シネマ・ショウ~アイル・オブ・プレンティ(ジェネシス) The Cinema Show ~ Aisle of Plenty(Genesis)
  7. トリロジー(エマーソン、レイク&パーマー) Trilogy(Emerson Lake and Palmer)
  8. WindowsMedia RealAudio

  9. 危機(イエス) Close to the Edge(Yes)

    WindowsMedia RealAudio

    i) 着実な変革 THE SOLID TIME OF CHANGE
    ii) 全体保持(トータル・マス・リテイン) TOTAL MASS RETAIN
    iii) 盛衰 I GET UP I GET DOWN
    iv) 人の四季 SEASONS OF MAN
  10. ザ・ランド・オブ・ライジング・サン(キ-ス・エマ-ソン) The Land of Rising Sun(Kieth Emerson)
※( )内はオリジナル・アーティスト名

★スマートフォンでの試聴はこちらへ>>>

編曲:荒井英治
Arrangement of all tracks: Eizi Arai

録音:2013年9月30日、2014年1月27日、2月7日、クレッセント・スタジオ
Recoeded on Sep. 30th, 2013 / Jan. 27th & Feb. 7th ,2014 at Crescente Studio


激賞を受けたプログレ・アルバム《21世紀の精神正常者たち》の衝撃から2年。
東日本大震災にショックを受けてキース・エマーソンが書き上げたピアノ小品の弦楽四重奏編曲を、キース本人から請われた荒井英治(第1ヴァイオリン)は、震災に伴う未曾有の人災と「原子心母」を、いつしか結び付け、その同一線上に「レッド」、「危機」を見ることで、本アルバムの方向性が決まったといいます。
荒井の見事な編曲&モルゴーア渾身の演奏は、前作を凌駕する程の集中力と高いテンション。
「音楽は現実からの逃避になってはならない。逆に立ち向かうべきことを教えてくれるのではないか。」(荒井英治)


Liner Notes   by Shinya Matsuyama

ここ数年、プログレがキている。
第何次なのか知らないが、ブームと言っていいほど、新しい(つまり若い)リスナーを増やしているように見える。
その理由や背景については諸説あり、本題から逸れるのでここでは触れないが、日本における最近のプログレ人気を象徴する、あるいは後押しした作品の一つとして、弦楽四重奏団モルゴーア・クァルテットがちょうど2年前に発表したアルバム『21世紀の精神正常者たち』は外せないだろう。
プログレッシヴ・ロックの代名詞とも言うべきキング・クリムゾンのデビュー・アルバム『クリムゾン・キングの宮殿』(69年)の収録曲「21世紀の精神異常者」や「クリムゾン・キングの宮殿」をはじめ、ピンク・フロイド、ELP(エマーソン、レイク&パーマー)、イエス、ジェネシスといった70年代プログレ・シーンを代表する人気バンドの楽曲を大真面目にカヴァしたこの作品は、プログレ・ファンだけでなくクラシック・ファンからも喝采を浴び、各種メディアで大きな話題となった。
モルゴーアの第一ヴァイオリン奏者にして、プログレ・カヴァ・ワークの全アレンジを担当している荒井英治(敬称略)に先日メイル取材した際、彼もこう答えてくれた。
「クラシック畑で仕事している人たち(演奏や評論)の中にも隠れプログレ・ファンが意外に多くいて、その人たちとの仲間意識も生まれた。
プログレがいかに影響力の強いカルチャーであったかと思い知らされた」。
元々プログレは、ことのほか日本人の気質に合う音楽である上、ショスタコーヴィチなど現代音楽を得意とするモルゴーアのシャープな演奏ということで、『21世紀の精神正常者たち』は予想以上に多くのリスナーを惹きつけたようだ。

そんな期待を背負って登場した続編。これがまた、前作以上の熱さなのである。タイトルやジャケット・デザインも含めて、更に大きな話題になることは必至だろう。


ではさっそく、収録曲を紹介していこう。なお、本文中での荒井の発言はすべて、件のメイル取材における回答からの引用である。

「レッド」キング・クリムゾン

前作同様、今回もオープニング・ナンバーはキング・クリムゾンである。(1)「レッド」は70年代クリムゾンの最終作である74年のアルバム『レッド(Red)』のトップを飾ったタイトル曲。クリムゾンはクラシック(現代音楽)やフリー・ジャズなど様々なエレメントを取り入れながら作品ごとに新しい世界を切り開いていったが、遂にトリオ編成(ギターのロバート・フリップ、ベイスのジョン・ウェットン、ドラムスのビル・ブルフォード)となったこの『レッド』に至って、彼らは鋼鉄の塊のごとくソリッド&ヘヴィなロック・アンサンブルを爆発させた。そのため、このアルバムはプログレの終幕であると同時にヘヴィ・メタルのひとつの雛形としても評価されてきた。ファンの間では、当時のバンドは「メタル・クリムゾン」などと呼ばれたりもする。抒情性を排したマッチョなそのサウンドからは、ロリンズ・バンドやニルヴァーナを筆頭とする80~90年代ハードコア/グランジ系のバンドの多くが絶大な影響を受けたことを公言している。モルゴーアが前作『21世紀の精神正常者たち』でカヴァしたメタリカも間違いなくこのアルバムに影響を受けたはずだ。

ちなみに昨年秋には、『レッド』リリース40周年記念として、『レッド』制作直前の74年全米ツアーのライヴ音源を集めた巨大ボックス・セット『ザ・ロード・トゥ・レッド』(ライヴCD20枚に『レッド』リマスター版や DVD オーディオなども加えた計24枚組)も発売された。そのツアー・ライヴ音源を通して聴くと、あの鋼鉄サウンドがどのように完成されていったのかがわかる。

「レッド」は、5拍子を重ねた変則的リズム構成が危機感を煽るイントロ部分に続き、大ナタで脳天を叩き割るようなフリップのギター・リフを特徴とするナンバーである。件の74年全米ツアー中の6月15日(ソルトレイク・シティ)公演のリハの最中にフリップがなにげに弾いたフレーズ(リフ)がこの曲の原型になったことをフリップは証言している。「キンクリ好きな人にこの曲を嫌いな人はいないでしょう。僕も初めて聴いた時からイチコロだった。シンプルでありながらまるごとキンクリ。この時期のシンボル的な曲ですね」という荒井の発言どおり、ここでのモルゴーアの演奏は、シンプルな構造の中から噴出する無情の剛毅さをしっかり表現しきっている。

「平和~堕落天使」キング・クリムゾン

『レッド』からはもう一曲、(3)の「堕落天使」もカヴァしている。オリジナル曲は、不良同士の喧嘩で落命した弟のことを歌った哀歌(作詞は『太陽と戦慄』以降のクリムゾン作品で歌詞を担当したリチャード・パーマー=ジェイムズ)で、作曲したジョン・ウェットンによるメランコリックにして骨太な歌唱は、この時期のクリムゾンの大きな魅力のひとつだった。荒井はこう説明する。「この曲は『レッド』中ではおセンチな気がしてあまり好きではなかったが、〈エピタフ〉(『クリムゾン・キングの宮殿』収録)風なサビ部分に唐突になだれ込むあたりが凄い。あのアンバランスさ加減はやはりフリップ!ウェットな抒情をウェットンが持ち込んでフリップが壊す、それがあの時期のクリムゾンの特徴のひとつかもしれません」。更にこう続ける。「今回のアルバムではこの曲が一番苦労が少なかった。愉しみながら編曲を考えられたし、重層的なリズムの絡みがうまく生きたと思う」。なお、この(3)ではイントロ部分で約1分弱、2ndアルバム『ポセイドンのめざめ』のオープニング曲「平和」も付け加えられている。絶妙なアイデアだ。

「原子心母」ピンク・フロイド

(2)「原子心母」は、ピンク・フロイドの出世作『原子心母(Atom Heart Mother)』(70年、5作目)のタイトル曲。『原子心母』はとりわけ日本のプログレ/ロック・リスナーにとっては縁深いアルバムだ。なにしろ「プログレッシヴ・ロック」なるタームが市場に初めて登場した作品だったのだから。その日本盤が出る時、ジャケットの帯に書かれたキャッチコピーが「ピンク・フロイドの道はプログレッシヴ・ロックの道なり!」であり、以後「プログレッシヴ・ロック」というタームは人口に膾炙してゆくことになる。原題『Atom Heart Mother』をそのまま日本語訳した『原子心母』なる邦題も、意味不明だが妙に好奇心をくすぐる。ギタリストのデイヴィッド・ギルモアのちょっとしたフレーズを元にしたこのタイトル曲は、最初は「Theme from an Imaginary Western」とバンド内では呼ばれ(なるほど、エンニオ・モリコーネによるマカロニ・ウェストンのサントラ風のフレーズが随所に出てくる)、それが次第に大編成のアレンジによる組曲へと作り上げられていった。アルバム発表前の 1970年9月、「BBCインコンサート」に出演した際に急ごしらえでつけられたこの曲名は、「原子力駆動の心臓ペースメーカーの植え込み手術に成功した女性」云々という新聞記事をヒントにしたのだという。

現代音楽系の作曲家ロン・ギーシンの編曲でフル・オーケストラにコーラス隊、電子機器まで導入した壮大な原曲は LPのA面全体を使った、23分以上に及ぶ組曲だが、ここでは荒井の編曲により9分強にまとめられている。荒井はこう語る。「この曲が編曲に最も苦労した。完コピは始めから考えてなかったが、どのように料理するか……チェロの旋律は美しいので、それを軸に肉付けするのにかなり悩んだ。この曲を初めて聴いたのは中学生の時で、まずその長さが気に入った。マーラーが好きな時期だったので。とりとめのない展開に思えたけど、電子音楽風の部分は特に好きだった」。

ヒプノシスが制作した、牛の写真だけで文字が何も書かれていない特異なアルバム・ジャケットもこのアルバムの魅力の一つだが、モルゴーアのこの新作でもそのアイデアが踏襲されている。しかも「危機」にひっかけたのか、牛の上半身は骨だけだ。そこには福島の原発事故に対する荒井たちの思いも込められているように思える。シェーンベルクを思わせる不協和音が不気味なイントロ部分から、チェロの主題を軸にロマン派的重厚な響きが炸裂する中盤、そしてブルーノートを巧みに使った後半と、実に見事な編曲と演奏である。

「ザ・シネマ・ショウ~アイル・オブ・プレンティ」ジェネシス

(4)「ザ・シネマ・ショウ~アイル・オブ・プレンティ」は、ジェネシスの5枚目のアルバム『月影の騎士(Selling England By The Pound)』(73年)の収録曲。モルゴーアは前作でも『月影の騎士』のタイトル曲など2曲をカヴァしていた。ピーター・ゲイブリエルを中心にアッパー・ミドルの子弟たちによって結成されたジェネシスは、イギリスのプログレ・シーンの中でもことのほか英国臭さの強いバンドだが、特に、物語性や田園趣味に富むこの『月影の騎士』ではそれが顕著だ。「ザ・シネマ・ショウ」と「アイル・オブ・プレンティ」は LPのラストを飾る2曲で、特に前者はジェネシスの名曲の一つとしてライヴでもずっと演奏されてきた。荒井いわく「『月影の騎士』はアルバム全体が凄い傑作だと思う。最初聴いた時はよく理解できなかったが、繰り返し聴くと次第に良さがわかってくる。特に、終盤でアルバムの冒頭部分に戻ってくる瞬間は最高ですね」。そう、『月影の騎士』の終曲「アイル・オブ・プレンティ」は1曲目のアルバム・タイトル曲「月影の騎士」の序盤に登場するフレーズを再び引き継いでいる、つまり循環構造になっているのだ。モルゴーアもここで、前作でカヴァした「月影の騎士」に戻ったことになる。

「トリロジー」エマーソン、レイク&パーマー

(5)「トリロジー」は、エマーソン、レイク&パーマー(ELP)の4作目のアルバム『トリロジー(Trilogy)』(72年)のタイトル曲。「アルバム自体はそれほど印象には残っていない。〈奈落のボレロ〉が一番好きだったかな」と荒井も告白するように、『タルカス』や『展覧会の絵』、あるいは『恐怖の頭脳改革』(収録曲「悪の教典#9 第一印象・パート1」をモルゴーアは前作でカヴァー)といった人気作の間に埋もれる形で、『トリロジー』はあまり語られることがないアルバムだが、ライヴの超人気曲「ホウダウン」のようなポップな曲がバランスよく収められた、実は素晴らしい作品である。「〈トリロジー〉は真ん中の5拍子のオスティナート、特にシンセの音に痺れてました」と荒井が語るのは、本作だと3分30秒あたりからの展開部。前作での「悪の教典~」の演奏もそうだったが、バロッキーなリズム構造とスピード感に旨みのあるELPの曲は、元々ショスタコーヴィチを演奏するために結成されたモルゴーアに実によくフィットする。ここでの演奏も、彼ら以外には不可能な疾走感とキレに溢れている。

「危機」イエス

(6)「危機」こそは、本作のハイライトだろう。もちろん、イエス72年の大傑作『危機』(第5作)のタイトル曲である。モルゴーアは前作でも『危機』から「同士~人生の絆・失墜」をカヴァした(その前作『Destruction』では4thアルバム『こわれもの』から「ラウンドアバウト」など2曲をカヴァ)が、今回はいよいよ、LPのA面全体を使ったタイトル曲(4パートから成る組曲)への挑戦だ。原曲は、これぞプログレとも言うべき複雑な構成を持ったドラマティックな作品で、荒井も「何拍子だかよくわからないリズム、派手なベースやドラム…全体的にイっちゃってる感で圧倒された」と初めて聴いた当時のことを回想する。当然、演奏も困難を極めたようだ。「前作が総じて演奏の難しいものが多く、今回は弾いて楽しいものをと心がけたつもりだったけど、この曲は無理で、苦行のようになってしまった。高いテンションがいつまでも続く、ほとんどの瞬間がクライマックスのような音楽はそうそうないですね」。原曲ではSE的に使われていたイントロ部分の鳥の鳴き声も、しっかり弦のハイポジションで再現するなど、芸が細かい。

「ザ・ランド・オブ・ライジング・サン」キ-ス・エマ-ソン

そして(7)「ザ・ランド・オブ・ライジング・サン」は、ELPのキース・エマーソンによる新曲。3.11東日本大震災の直後に書かれたレクイエム的小品である。ブックレットに同載された荒井のコメントを読めば、この曲が本アルバムでどういう役割を果たしているのかがわかる。

最後に、今回カヴァ曲候補としてリストアップされていた他の曲も紹介しておこう。
メタリカ「ワン」、レッド・ツェッペリン「フォア・スティックス」、マハヴィシュヌ・オーケストラ「火の鳥」、マグマ「デ・フトゥーラ」、ディープ・パープル「ハイウェイ・スター」等々。
個人的には「火の鳥」と「デ・フトゥーラ」には特に期待したいところである。

2014年4月9日 松山晋也/MATSUYAMA Shinya


COCQ-84964ジャケット

『21世紀の精神正常者たち』

2012.06.20 release COCQ-84964 ¥2,800+tax
http://columbia.jp/artist-info/morgauaquartet/COCQ-84964.html

LP Information

モルゴーア・クァルテットの2作品を含む
コロムビアのプログレ×クラシック3タイトルが初のLP化!

■空前のLPリバイバル・ブーム到来につき、大人気のプログレ×クラシック3タイトルをLP化!
■ジャケットは人気CDの絵柄をそのまま30cmサイズに
■曲目はLP用に新たに選曲
■180g重量盤を採用
■初回盤限定プレス

LP『21世紀の精神正常者たち』

COJO-9282ジャケット 2014.09.17 release
LP:COJO-9282 ¥4,500+tax
    【SIDE-A】
  1. 21世紀のスキッツォイド・マン(キング・クリムゾン)
    Twenty First Century Schizoid Man(King Crimson)
  2. 月影の騎士(ジェネシス)
    Dancing With The Moonlit Knight(Genesis)
  3. 悪の教典#9 第一印象・パ-ト1(エマーソン、レイク&パーマー)
    Karn Evil #9: 1st Impression-Part 1(Emerson, Lake & Palmer)

    【SIDE-B】
  1. アフタ-グロウ(ジェネシス) Afterglow(Genesis)
  2. クリムゾン・キングの宮殿(キング・クリムゾン) The Court of the Crimson King(King Crimson)
  3. 暗黒(キング・クリムゾン) Starless(King Crimson)
※( )内はオリジナル・アーティスト名

LP『原子心母の危機』

COJO-9283ジャケット 2014.09.17 release
LP:COJO-9283 ¥4,500+tax
    【SIDE-A】
  1. 原子心母(ピンク・フロイド)
    Atom Heart Mother(Pink Floyd)
  2. ザ・シネマ・ショウ~アイル・オブ・プレンティ(ジェネシス)
    The Cinema Show ~ Aisle of Plenty(Genesis)

    【SIDE-B】
  1. 平和~堕落天使(キング・クリムゾン)
    Peace ~ Fallen Angel including Epitaph(King Crimson)
  2. 危機(イエス) Close to the Edge(Yes)
    i)着実な変革 i)THE SOLID TIME OF CHANGE
    ii)全体保持 ii)TOTAL MASS RETAIN
    iii)盛衰 iii)I GET UP I GET DOWN
    iv)人の四季 iv)SEASONS OF MAN
※( )内はオリジナル・アーティスト名

LP『タルカス クラシック meets ロック~吉松隆』


※モルゴーア・クァルテットは演奏していません

COJO-9281ジャケット 2014.09.17 release
LP:COJO-9281 ¥4,500+tax
    【A面】
  1. タルカス
    (2010年3月14日 東京オペラシティコンサートホール・ライヴ)
  2. 【B面】
  3. タルカス
    (2013年3月20日 東京オペラシティコンサートホール 吉松隆還暦コンサートライヴ)
演奏:藤岡幸夫指揮、東京フィルハーモニー交響楽団

※LP『タルカス クラシック meets ロック~吉松隆』は、下記
モルゴーア・クァルテット 『原子心母の危機』ジャケット写真ができるまで にて紹介しています


モルゴーア・クァルテット 『原子心母の危機』ジャケット写真ができるまで

Text by 上野華恵(Art Director)&服部玲治(A&R)

1.『原始心母の危機』アートワーク前史―コンセプトは「実体化」!

日本のオーケストラのトップ奏者で結成された弦楽四重奏団モルゴーア・クァルテットによる、プログレアルバム第2弾リリース。
そもそも、コロムビアのDENONレーベルにおいて、プログレッシブ・ロックをクラシックに変換する、というコンセプトのアルバムの端緒となったのは、2010年リリースの『タルカス』でした。ELPの名曲「タルカス」を日本が誇る作曲家 吉松隆さんが、20年をかけてフルオーケストラのスコアにアレンジした傑作をアルバム化した際に、ジャケットのアートワークもひとつのコンセプトを掲げました。
音楽が、「ロックバンド=エレクトリック → オーケストラ=アコースティック」への変換ということですから、アートワークもそれになぞらえるべき。そこで、『タルカス』の有名なジャケットに描かれている怪物「タルカス」のイラストを、あえて実写で作ってみようではないか、というアイディアに行き着いたわけです。
すぐさま、想像上の怪物「タルカス」のフィギュア化をクリエイターに依頼し、砂漠の背景へコラージュしました。(フィギュア制作:Ikuhiro Hagami)

  • タルカスのジャケット実体化したタルカスのジャケット。
    キース・エマーソンも気に入ってくれた!
  • 吉松氏タルカス君フィギュアを手に、ご満悦の作曲家の吉松氏

その後、タルカスくんはコロムビア社内で、まるで神棚の本尊のように厳かに鎮座ましましていました。
しかし、2011年3月11日の震災で被害にあい、哀れにも耳やキャタピラの部分が破壊されてしまうという悲劇に襲われてしまいますが、それはまた別のお話。
プログレのクラシック化に際して、アートワークも「実体化」するというコンセプトはここに生まれ、次の作品へと受け継がれていくこととなったのです。


その第2弾として世に放たれたのが、2011年にリリースしたモルゴーア・クァルテットによるプログレアルバム第1弾「21世紀の精神正常者たち」でした。
あのあまりにも有名な、プログレの代名詞ともいえるキング・クリムゾン「クリムゾン・キングの宮殿」のジャケットをいかに「実体化」するか。モルゴーアQの4人のメンバーの顔を写真で撮り、口腔、眼、鼻の穴、肌の質感、すべてを細かに調整し、重ね合わせて合成。もう見るのもイヤなほど長時間の極細かい作業を積み上げていき出来上がったのがこのジャケットでした。

まさにグロテスク。でも、タイトルにあるように「正常者」ですから、どことなく、目の視線や表情に、微妙に理性が宿っているようなところを狙ってみましたが、伝わるでしょうか。
いずれにせよ、このグロくて刺激的なこのジャケットはプログレファンのみならず、多くの音楽ファンの中で話題となったのでした。もちろん、肝心の音楽が熱くて刺激的なものであったからなればこそ。やはり、音楽自体とアートワークが一体化したときは、2倍3倍の相乗効果が生まれるものです。

そんな『21世紀の精神正常者たち』から3年。モルゴーアQプログレアルバム第2弾を熱望する声が日増しに大きくなり、リリースが決まりました。前回を凌駕するアートワークができるか、いささかプレッシャーを感じながらのスタートでした。

『精神正常者たち』に負けるな!―ジャケットデザインの方向性をブレスト

制作スタッフで話し合いが始まりました。第一弾の『21世紀の精神正常者たち』のジャケットに負けない訴求力を目指さなければなりません。今回収録されているプログレの名曲たちの中から、どのオリジナル・ジャケットを料理するか。悩む時間はさほど長くありませんでした。
私たちが「プログレ」と聞いたときにすぐさま思い浮かべるジャケットとして、『クリムゾン・キングの宮殿』と双璧をなすピンクフロイドの『原子心母』をモチーフにしよう、と。

さらに、今回は先んじて『原子心母の危機』というなかなかに骨太で不穏なタイトルが決まっていました。
未曾有の災害が起こったこの日本で、このタイトルを世に問う意味。そして、なによりヴァイオリン&編曲の荒井英治さんが前作のときから語っている、「いまこそ、音楽は癒しだけではなく、怒りや高ぶる感情を表現してもいいのではないか」という見識をどのようにアートワークでも落とし込んでいけるか。
単なるオリジナルの「パロディ」ではなく、パッと見たときに、名状しがたい、言葉にならない「表現」を見る人に伝達できないか。

原子心母言わずと知れたピンクフロイド『原子心母』の名ジャケット。

そこで、生まれてきたコンセプトが、あまりにも有名な牛「ルルベル3世」の異名をもつこの牛を「骨」に変えるというアイディアでした。
オリジナルのジャケットも、よくよく考えてみれば面妖なアートワークなわけですが、2010年代にこのジャケットをどう換骨奪胎させるか。腕が鳴りました。


2.ついに『原子心母の危機』のラフ制作。骨の按配が重要でした。

当初は、全身骨と化すデザインを考えていましたが、実際やってみるとあら不思議、牛というよりは恐竜の骨に見えてしまいます…。しかも意外にかわいい。
これでは違う! というわけで、より怖いビジュアルにするために、牛から皮が剥けていくという、より残酷なアイディアが浮かんできました。
  • 2-1骨だけだと怖くない。というか、かわいい。
  • 2-2血と肉を付けてみると、うむ、気持ち悪い。
  • 2-3逆バージョン。頭かくして尻隠さず?なんか変。
  • 2-4試行錯誤の結果、半分皮が溶けたバージョンを採用。
    これが設計図に。

3.牛の骨をリアルにCGで再現してみよう!

さあ、次のプロセスです。この半身溶解の牛をジャケットに落とし込むに際し、イラストとして書くのが良いのか、骨を撮影し実写化するのが良いか、様々な方法を想定しましたが、よりオリジナルの「原子心母」により近づけるためには、CG制作が良いのではないかという結論に。

まずはCGの材料となる骨の資料を準備しなければ。思い立ったが吉日で、すぐさま駆けつけたのが、牛好きのメッカ、牛マニアの聖地として知る人ぞ知る、岩手県奥州市の「牛の博物館」。
そこで牛の全身骨格をあらゆる角度から撮影しました。これにより、牛の骨格をリアルに追求することが可能になりました。ちなみに、この博物館では剥製や骨格の展示、また牛の生態や、牛に関わる世界の民族文化や食文化など、あらゆる情報を見ることができるので、この博物館を見た後では、大好きな焼肉の味もひとしおとなること必至。

  • 3-1
  • 3-2
  • 3-3

撮ってきた写真資料を参考に、ついに骨のCGの制作を開始。ただ骨格をリアルにするだけではつまらない。やはりより本物のように見えるためには、影や質感の細かな調整が必要となります。(CG制作Digla,Inc.)

  • 3-4アングルはオリジナルと全く同じに。
  • 3-5骨格見本にはない軟骨の入れ方を追求するなど、細部は他の資料を参考に制作。
  • 3-6
  • 3-7影や質感を調整!

4.「見返り美牛」の制作

オリジナルの「ルルベル3世」を忠実に再現しておきたい。でも、生きた牛をそのまま撮影して再現しようとしても、当然ながら動いてしまうため同じアングルで収めるのは至難の業。
そこで、似ているカットを数点コラージュして作成しました。

  • 4-1
  • 4-2

似たような牛のカットに画像編集ソフトPhotoshopを駆使して変形させ、模様を合成。

5.いよいよ牛と骨、背景を合成

牧場の背景に、骨のCGと牛の写真を合成。空や芝生の色によっても雰囲気が大きく変わります。
苦労して作り上げた半身溶解の牛の後ろに、空を配置してみます。しかし、どうにもしっくりこない。
Googleでオリジナルのジャケット写真を検索してみて気づいたことがあります。この背景の空や芝生の色、実はかなりばらつきがあるんです。おそらくリリースされた当時のものと、再発されたものでも違いがありますし、もっと言うと、中古で退色した古いLPのものなんかは、その退色した感じがそのまんまジャケットカラーのイメージになったりしているんですね。そう、あまりにクリアに再現すると、「なんかコレジャナイ」感じになってしまうのです。そこで、あえてエイジング=経年変化したようなテキスチャーを加えてみると…、コレですコレです。今の私たちにはドンピシャな感覚になってくれたのです。これは面白い現象でした。

  • 5-1背景の牧場が爽やかすぎて怖さがない。
  • 5-2表情のある雲を合成してみる。うむ。
  • 5-3色や影を微調整して…キタ!

スタッフはじめ、チームのこだわりもあって、刺激的なジャケットデザインが出来上がりました。
ここで目指したのは、独自性があるけど、やりすぎ感のない世界観。
あまりに強いオリジナルのジャケットがありますから、その世界観を壊さず、そこに現在ならではの完成と問題意識を付与することで、「怖さ」と「狂気」の世界が少しでもあぶりだされたら。
プログレ世代の皆さんに喜んでもらえて、女性や子どもたちに少しでも「恐怖」とただならぬ空気が伝わってくれたら本望です。

上野華恵 Kae Ueno

1975年山形県生まれ。アートディレクター、グラフィックデザイナー。
編集プロダクションを経て2005年に独立。フリーランスとして、自治体や企業のPR誌、広告、クラシック音楽のCDジャケットを多数手掛ける。2010年発表のCD『タルカス~クラシック meetsロック』は、CDジャーナル誌アートワーク部門賞。2013年『冨田勲:イーハトーヴ交響曲』は「ミュージック・ジャケット大賞2013」ノミネート。

《随想》「私のスメタナ・クァルテット」

Text by NHK交響楽団&モルゴーア・クァルテットヴィオラ奏者 小野富士

【新連載】第1回(2015年1月)

この文章を書こうと思ったのは2013年夏の偶然からだ。
その年の秋からチェコ国立オペラでヴァイオリン奏者として働き出すという、N女史と友人を介して出会った。彼女がスメタナ・クァルテットの第1ヴァイオリン奏者だったイルジ・ノヴァーク氏のご令嬢と親しく、その彼女がスメタナ・クァルテットの情報を求めていると聞き、何かの形でお手伝いをしたくなり、半ば「押しかけ」的に書くことにしたのだ。

初めに断っておくと、私はプロフェッショナルな音楽家としてヴィオラを弾いて(2014年10月現在)33年になるが、それ以前を含めて(サインをもらいに行ったことはあるけれど)スメタナ・クァルテット・メンバーの誰とも話をしたこともないし、指導を仰いだこともない。「スメタナ」のメンバーにとって、私はたくさんの感動している聴衆の中の一人でしかなかった。さて、これからいくつかの目次に沿ってスメタナ・クァルテットへの感謝を込めながら書いてみることにする。

1)私のプロフィール

私は、2011年3月11日の大震災以来世界中に有名になってしまった「福島県福島市」に1955年に生まれた。
父は県庁で働く地方公務員だったが、自分が学生時代ほんの少しヴァイオリンが弾けたことで道を外れずにすんだ経験から、言わば「息子が不良にならないために」3歳から私にヴァイオリンを習わせた。

ヴァイオリンの練習はあまり楽しいものではなかったが、小学校4年(10歳)の頃、福島市にあったジュニアオーケストラに入団したのをきっかけに、ヴァイオリンを通して合奏する楽しさを知り、私は音楽好きになってしまった。 中学校には、「器楽クラブ」というオーケストラがあった!
そこはメンバーのほとんどが中学に入って(13歳)から楽器を始めるのだが、私は(全くのアマチュアだったが)既に10年のキャリアを持っていたので、とても目立つ生徒だった。

そのオーケストラを放課後に教えに来ていた当時高校2年生で既に音楽への道を歩もうとしていた先輩Sの目にとまり、中学入学から2年間ぐらいは、毎週日曜日の昼頃に「楽器(ヴァイオリン)を持って遊びに来い」と電話が入り、昼食後Sの家に行った。 S(チェロとヴィオラ担当)の家に行くと彼と同い年のヴァイオリンKと、Sの弟Y(チェロとヴィオラ担当)、Yと同い年の彼らの従兄弟のチェロJがいた。
皆、同じ中学のオーケストラ繋がりでYとJはまだ中学3年生で「器楽クラブ」で弾いていた。
福島市から見ると一番近い大都会は宮城県仙台市だ。
当時高校2年生だったSは時間と金ができると仙台市にある楽譜屋(YAMAHA)に行っては弦楽四重奏曲集を買ってきて、それの音を出す要員として私は呼ばれたのだ。
毎週13:00頃から18:00頃まで(休憩はしたが)弦楽四重奏の「初見大会」が続いた。
「初見大会」とは読んで字のごとく初めて見る楽譜で演奏し、その曲の音を楽しんでいく時間だ。
メンバー5人のうちチェロは交代で休めるが、ヴァイオリンは2人しかいないので、第1と第2を交代で弾き続けなければならない。
しかし、これは面白かった。

そして自分も音楽家になりたくなり、音楽大学附属高校への志願を父に相談したが、あっさり断られてしまった。 父は厳しい人間ではないが、第二次世界大戦敗戦の混乱の中で本来希望していた理科系の技術屋になれなかったこともあり、長男である私を理科系に進ませたかったようだ。
その後私は父の意向に沿い高校では理科系コースで勉強して東海大学電気工学科に入学し、入学当初は結構一生懸命勉強したが、2年生になって実験が始まった時に大きな壁にぶつかった。
同級生たちは実験が始まると目前にある電気回路に興味津々で、いろいろ試してみたくなる。その様子を目の当たりに見て、そういった興味が全くわかない自分は、この先電気工学を続けていけるのだろうか?という迷いだった。

その答えは意外に簡単に出た。
当時、東海大学のオーケストラを指導に来ていた、東京都交響楽団のヴィオラ奏者K先生(父と同い年だった)に音楽家になれるかどうかを聞いたところ「ヴィオラだったら(当時20歳だった私でも)間に合うかも知れない」と言われ、父に「勘当されても音楽家になりたい」と手紙を書いた。
父からの返事は「東海大学卒業までの2年間は音楽大学を受験することを含めてサポートをするから、せっかく入った東海大学は卒業すること。
音楽大学の入学試験に合格したら、その先の金銭的サポートについて検討するが、そこで不合格だった場合は、その先のことは自分一人で考えて行け」というものだった。

運良く東海大学卒業と同時に東京芸術大学ヴィオラ科に入学した。
卒業と同時に1981年東京フィルハーモニー交響楽団に入団し1985年12月まで在団。
1987年から今日までNHK 交響楽団に在籍。1992年にはMorgaua Quartet結成に参画。
というのが私の大まかなプロフィールだ。
(続く・・・)

【スメタナ・クァルテットとの出会い】第2回(2015年2月)

1)の「私のプロフィール」の中に書いたように、中学時代、毎週弦楽四重奏の初見大会をしていた頃は、先輩達から弦楽四重奏の演奏団体についても話を聞いたり、レコードを聴かせてもらったりしていた。
その先輩の紹介で、1969年5月に、当時日本では「労音」という音楽鑑賞団体がありその地方公演で福島市に来た、ゲヴァントハウス管弦楽団の名コンサートマスター、ゲルハルト・ボッセ率いる「ライプツィヒ・ゲヴァントハウス・クァルテット」を聴いた。
プログラムはハイドンの「ひばり」、シューベルトの「死と乙女」、ベートーヴェンの「ラズモフスキー第3」というものだった。シューベルトは中学2年生にとっては時間的にも相当長いものだったが、自分が曲がりなりにも弦楽四重奏の演奏を身をもって体験した後に聴くと、聴こえ方、味わい方もまるで異なり、あっという間に聴き終わった記憶がある。
さて、当時のほとんどの弦楽四重奏団は、名門オーケストラの首席奏者のようなメンバーが集まっていて、大体は第1ヴァイオリン奏者が主導権を持って演奏するスタイルだった。
その中で「初見大会」メンバーが口々に「チョット違う」と言っていた弦楽四重奏団が「スメタナ・クァルテット」だった。
レコードを聴くと、確かに「スメタナ」は他の弦楽四重奏団とは一線を画していた。
音楽に対して高い意識を持つ4人が“対等に発言している”「感じ」がしたのだ。

スメタナ・クァルテットを聴く

私自身でスメタナ・クァルテットのレコードを最初に買ったのは、1971年にスプラフォンから発売されていたシューベルトの「死と乙女」とドヴォルザークの「アメリカ」がカップリングされているモノラル録音だった。
どちらも綿密にして生気あふれる演奏だったが、何か全体のサウンドが違う気がしていたら、後にシューベルトのヴィオラはシュカンパ氏の前任者リベンスキー氏だったことがわかり、その頃からヴィオラの、というよりもシュカンパ氏のヴィオラは気になる存在となっていた。
高校3年生(1972年)の春、授業が午前中で終わる日に東北本線に乗って仙台市に行き、初めて生のスメタナ・クァルテットを聴いた。 ベートーヴェンの「セリオーソ」、ドヴォルザークの「アメリカ」、ヤナーチェクの「内緒の手紙」というプログラムだった。
「セリオーソ」冒頭のユニゾンを聴いて、音量そのものはそれほど大きくはないと感じたが、その後はだんだんホールそのものが鳴り出す感じで、一人一人の音楽的な雄弁さと、ここ一番の時に集合する見事なアンサンブルに大いに感動して帰路についたことを覚えている。

【1974年のスメタナ・クァルテット】第3回(2015年3月)

1973年に私は東海大学工学部電気工学科に入学して、神奈川県秦野市に下宿暮らしをすることになった。
男子学生9人がそれぞれ四畳半の部屋に住み、夕食のみ希望者に有料で支給される、所謂「賄い付き」の下宿だった。
そこの住人に数学科大学院1年のAさんがいた。彼はアマチュア無線をする先輩だったが、どうもクラシック音楽を聴くのも好きらしく、私が下宿にヴァイオリンを持ち込んだこともあり、瞬く間に親しくなった。

彼は私にとって酒を教えてくれた最初の人だった。Aさんのお父さんは新潟県長岡市で清酒会社に勤める人で、Aさんからは「酒は楽しく自分のペースで飲め」と教わった。
そのAさんと時間が合えば、下宿から歩いて片道30分はかかる酒屋に行って一番安い日本酒の一升瓶を買って、さきイカなどの乾き物だけではなく、ほんの少し贅沢をしてイカの塩辛等を買って下宿に戻り、大抵はレコードを聴ける装置がある私の部屋で酒盛りが始まった。
酒盛りの時に聴くのはいくつかあったが、必ず聴くのはスメタナ・クァルテットの「死と乙女」と「アメリカ」がカップリングされたモノラルレコードだった。
四つの声部が全て聞こえ、その上絶妙なバランスを聴かせてくれるレコードを聴きながら日本酒を飲んでいるうちに、Aさんはどんどんスメタナ・クァルテットのファンになっていった。

私が東海大の2年生だった(1974年)10月、ついにAさんと、スメタナ・クァルテットが当時本気で取り組みだしたベートーヴェン後期のプログラムを聴くために、電車で片道2時間弱かかるホールに2日間通った。
曲は10月30日(水)が作品130/133(元々「大フーガ」は作品130のフィナーレとして書かれたが、あまりにも壮大になってしまったため、ベートーヴェン自身が別のフィナーレを書いて差し替え、「大フーガ」は独立した曲にした。しかし1974年当時ぐらいから、やはりオリジナルの形で130のフィナーレは「大フーガ」が相応しいと言われ始め、スメタナ・クァルテットはその考えに基づいて演奏した)と作品135。
翌10月31日(木)は作品127と131だった。

ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲を生で聴くのは勿論初めてだったし、レコードですら全てを聴いていたわけではなかった。
スメタナ・クァルテットの演奏はそれまでのウィーンやドイツの弦楽四重奏団が奏でるベートーヴェンとはずいぶん違っていた。
ウィーンやドイツの演奏家たちは、ある意味、伝統を継承することを幹に考えて演奏していたように感じていたが、 スメタナ・クァルテットはベートーヴェンの書いた音符を、自分たちなりに咀嚼して、そこから得た栄養分やエネルギーを聴衆に伝えているよう思えたのだった。133の「大フーガ」、凄かった。
休憩は15分だったが、とうていその間に自分の興奮をリセットすることなどできなかった。
後半の135緩徐楽章は正に美しかったし、フィナーレはすこぶる切なかった。
明日もまたこの興奮があるのだろうかと、大きな期待と不安を持ちながらAさんとほとんど無言で2時間かかる電車で下宿に戻ったことを覚えている。

翌日は後半の作品131で完全にノックアウトされた。
この曲は楽章の切れ目のない曲で7つの楽章から成る。
緩徐楽章でスメタナ・クァルテットは人間が「祈る」という行為を許された動物である事を教えてくれたし、フィナーレでは人は勇気を持って生きることこそ、この世に生まれてきた「意義」であることを聴衆に突きつけた。
この2日間は私にとって弦楽四重奏というものの存在意義を初めてわからせてもらった日になった。

因みにこの年のスメタナ・クァルテット来日公演日程は10月7日から11月29日までの間に38回の公演が持たれている。
またその時のプログラム(冊子)をみると、1945年から1972年までに、自国のチェコを含めての演奏回数は1083回とある。
まさに第二次世界大戦後のチェコの文化大使だったわけだ。

【1976年のスメタナ・クァルテット】第4回(2015年4月)

この年は、連載第3回の74年の時とは違い、工学部の学生でありながら、音楽大学の受験を翌年に控えた受験生だった。日本では、何か重大な事柄が目前に迫ってくると「他のことは我慢して、自分の目指すものだけに目標を定めて一心不乱に頑張る」という考え方が多いので、1977年の3月に音大受験を控えた者が前の年の秋に「演奏会を楽しむ」などというのは「どこかたるんでいる、と言われるかも知れない」と思いながらも、どうしても聴いておかなければ、という演奏会があった。

それは、当時日本でスメタナ・クァルテットを招聘していた音楽事務所が、自分のところでマネジメントするチェコスロバキアの音楽家を集中的に呼んで「チェコスロバキア音楽祭」という催しを企画し、その中のひとつとしてスメタナ・クァルテットが、当時チェコでも国宝級のピアニストと言われていたヤン・パネンカ氏と共演する演奏会だった。

この年のスメタナ・クァルテットの公演日程は9月13日から10月31日までの間に24回の公演があり、その中の10月16日東京と、10月21日大阪が「チェコスロバキア音楽祭」の演目だった。
東京は東京文化会館大ホール(2300人)、大阪は大阪フェスティバルホール(2700人)という弦楽四重奏としては破格に大きなホールでの演奏会だった。

東京のプログラムはスメタナの第2番、ヤナーチェクの第2番「内緒の手紙」、そしてプログラム後半はドヴォルザークのピアノ五重奏曲作品81だった。この時スメタナの弦楽四重奏曲第2番ニ短調という曲をライヴでは初めて聴いた。
第1番「我が生涯より」は悲劇的な終わり方はするものの、世界的に有名な曲のひとつに数えられる(スメタナ・クァルテットが各地で演奏した為ともいえる)名曲だが、スメタナ自身耳鳴りの発作のわずかな合間に書き上げた第2番は第1番とは打って変わって絶望の淵にある曲だ。自分の生死を懸けて曲を残そうとする作曲家スメタナの壮絶な思いが乗り移ったような、崖っぷちに自分たちを追い込むような演奏を、スメタナ・クァルテットは展開した。ヤナーチェクはスメタナ・クァルテットにしか出せない「軽くて、渋くて、陰りがあるのに、必ずどこかにキラキラしたものが見える」独特の香りの漂うものだった。

休憩の後は、いよいよパネンカ氏とのドヴォルザークだ。
パネンカ氏が一人で弾き始める繊細で軽みのあるピアノに乗って、チェロのコホウト氏が奏でる第一主題は素朴で味わい深く、それを聴いただけで(当時写真でしか見たことのない)プラハの川縁を歩いているような想像をかき立ててくれるものだった。一転して切なく焦燥感漂う第二主題は、シュカンパ氏のヴィオラで演奏され、そこからは5人全てがそれぞれの表情を重ねることで、これ以上一つ一つのピースを小さくできないぐらい繊細で、かつエネルギーに満ちた音楽が進んでいった。

第2楽章のヴィオラのソロ。この時に「私の理想とするヴィオラの音色は決められた」と言っても過言ではない。中間部のカノンでのヴィオラの(一番音域の高い)A線の音色も決定的だった。
第3楽章のピアノの高音の美しいこと!
そして第4楽章は祭りで踊り明かすような躍動感!!
ピアノというある意味でフルオーケストラと対抗できるモンスターのような楽器と、弦楽四重奏という繊細きわまりない部分を持つ団体が、かくも融和し、透明感を持った演奏が可能である事をまざまざと見せつけられ、受験生である事よりも、21歳の青年として「生きる指標」をもらったように感じて帰路に着いたことを昨日のことのように覚えている。

当然、2000人を越える大きな会場も、彼らの明解で柔軟なバランス感覚を持った演奏によって、何らその大きさを空しく感じさせることのない演奏会になった。

【音大生の時に聴いたスメタナ・クァルテット】第5回(2015年5月)

東京芸術大学に1977年春に入学した。
一つ目の大学で人生設計を大きく変更して、「自分はどんなに辛いことがあっても音楽と一緒なら生きていける」と思って入った音楽大学、最初の数ヶ月で思わぬ現実に直面した。
小さい時から親がかりで楽器を習わされてきた弦楽器の学生の中には、既に音楽と関わることにくたびれてしまった学生が少なからずいることに気づいたのだ。
私のようにアマチュアとしての「悦び」や「感動」のみで10代を生きてきた人間にとって「音楽大学」というひとつの楽器の修練に明け暮れてきた学生たちの中に身を置く経験は、いろいろな意味で興味深い経験になったと思っている。
さて、そんな音大生2年の時(1978年)にまた、スメタナ・クァルテットが来日した。

音大に学生として在籍している期間というのは、音楽家の人生の中で最も勝手な発言の許される時期と言え、1978年当時、私は正にその真っただ中にいた。
活躍中の音楽家達に対するコメントも辛辣、というか無責任だった。
そんな中、スメタナ・クァルテットを聴きに行くと周りの学生に話したら、「スメタナ・クァルテットはムードミュージックだ」「スメタナ・クァルテットの音程はそれぞれの瞬間で合わせすぎるから、それぞれのパートの輪郭が聞こえてこない」など、私が10代の殆どを共に生きてきたスメタナ・クァルテットに対してもネガティヴな言葉が聞こえてきた。
私は現役で入学する大学生より4年遅れて入ったこともあり、また22歳から専門教育を受け始めた負い目の様なものもあり、なるべく周りの仲間からの意見は尊重するように心がけていたが、これには正直参ってしまった。
そこで、彼らの言うところの「いい弦楽四重奏団」というものを少しずつ聴いてみたが、今から思えば、その時既にレコードでしか聴けない、過去の弦楽四重奏団が多かったように思われる。

1978年11月1日から12月6日までのスメタナ・クァルテットの来日公演は20回あり、 その時に新宿の厚生年金会館で聴いたシューベルト「死と乙女」はだんだん円熟を感じさせる、正に「王者」の風格漂うものだった

【1988年さよなら公演】第6回最終回(2015年6月) New!

前項の音大学生時代にいろいろな情報を聞きながらあれこれ考えさせられた。
私は当時クァルテット弾きになりたいと思っていたが、どうもヴァイオリンやチェロの仲間達はコンクールに参加することに忙しく、弦楽四重奏曲の練習をするのが難しいことに気がついた。
そこで、自分もソロの勉強もした方がいいと考え、1980年にミュンヘン国際コンクールに参加した。
良い結果が得られたわけではなかったが、いくつか、今日に繋がるきっかけがあった。

たとえば、ヨーロッパで勉強していた日本人の演奏を聴いて、日本人のDNAはやはり根強く残って、ヨーロッパ人の様な演奏が無意識にできるようになるわけではない事を感じたし、留学後しばらくヨーロッパに残っている日本人の話を聞くと、どこかで、できれば日本に帰国する事を望んでいることを感じた。
私は既に2つ目の大学も4年生になり、そろそろ親にやっかいになることはやめよう、と決心させてくれたのは、このミュンヘンコンクールだったように思われる。

芸大卒業後、東京フィルハーモニー交響楽団に入団。
このオーケストラは日本でも有数に忙しいオーケストラで、演奏会を聴きに行く時間は殆どなかった。

その後1986年からはNHK交響楽団に移籍、このオーケストラはスケジュールが明解に整理されているので、演奏会に足を運ぶことが可能になった。
そんな時、スメタナ・クァルテットが1988年秋に日本で「さよなら公演」をする、と聞いた。

既に結婚して2人目の子供も生まれた年に「自分の青春を振り返る」意味も込めて聴きに行くことにした。
この年スメタナ・クァルテットは9月23日から11月1日のかけて19回の演奏会を行った。その最終日を開館2周年のサントリーホール大ホール(2000人)で聴いた。
プログラムはハイドンの第83番変ロ長調作品103、ヤナーチェクの第1番「クロイツェル・ソナタ」、スメタナの第1番ホ短調「わが生涯より」というものだ。

2階最前列に座ったやや高齢なご婦人は終始泣きっぱなしだった。
私自身も18歳の時に初めて生の演奏を聴いてからの事が走馬燈のように思い出される演奏だった。
コホウト氏は右手が、シュカンパ氏は左手が辛そうだったが、4人の発する音は繊細にして鋭く、私の全ての細胞にしみこんできた。

ヤナーチェクの東欧的「光と影」、スメタナ冒頭のヴィオラソロの切なさ、第2楽章のポルカのリズム、第3楽章のコホウト氏のピツィカートが醸し出す音楽の流れ、第4楽章の飲めや歌えの宴と突然の不幸の襲来。
「この演奏を聴きながら自分は10代20代を過ごしてきたのだ!」という幸せがふつふつと湧いてきた。
そして「スメタナ・クァルテットを聴きながら生きてきた自分の青春は間違っていなかった」と確信したのだった。
アンコールのドヴォルザーク「アメリカ」の第2楽章は2000人満員の聴き手に静かに「さよなら」を伝える絵はがきのようだった。

スメタナ・クァルテットは約30年間日本に通い続けて、弦楽四重奏という音楽の分野を伝え続けてくれた。
それまでの第1ヴァイオリン主導型のではなく、4人が対等な発言力を持った弦楽四重奏というものを世界に示し続けてくれた。

そんな弦楽四重奏団の一員を経験したくて1992年に仲間とMorgaua Quartet(モルゴーア・クァルテット)という弦楽四重奏団を結成し、23年経った今も継続している。
オーケストラを弾きながら尊敬する仲間と弦楽四重奏を続ける、ヴィオラ奏者としては最高の音楽家人生を送らせてもらっている。 これもスメタナ・クァルテットに出会えたから、と感謝している。(了)

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小野 富士 Hisashi ONO

1981年、東京芸術大学音楽学部器楽科ヴィオラ専攻卒業。
東京フィルハーモニー交響楽団副首席ヴィオラ奏者を経て、1987年10月から2015年2月までNHK交響楽団次席ヴィオラ奏者。1992年、“モルゴーア・クァルテット”結成に参画。2006年9月、第一生命ホールで「モルゴーア・クァルテット・ショスタコーヴィチ生誕100年記念演奏会」を開催。ショスタコーヴィチの誕生日9月25日を挟んだわずか3日間で、弦楽四重奏曲全15曲を演奏し話題を呼んだ。2012年6月、2014年5月に日本コロムビアからリリースした全曲荒井英治編曲のプログレッシヴ・ロックアルバム《21世紀の精神正常者たち》《原子心母の危機》が爆発的な反響を呼んでいる。
モルゴーア・クァルテット・メンバーとして1998年1月、第10回“村松賞”、2011年5月、2010年度「アリオン賞」受賞。ヴィオラ演奏の他、多数のオーケストラのトレーナーをつとめ、情熱とユーモアにあふれる指導には定評があり、福島市民オーケストラ(音楽監督)、東京ジュニアオーケストラ・ソサエティ(音楽監督)、光が丘管弦楽団などの公演を指揮している。

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Profile

MORGAUA QUARTET

MORGAUA QUARTET(モルゴーア・クァルテット)は、ショスタコーヴィチの残した15曲の弦楽四重奏曲を演奏するため、1992年秋に結成された 弦楽四重奏団。翌 '93年6月に第1回定期演奏会を開始。
'98年1月、第10回「村松賞」受賞。
2001年1月の第14回定期演奏会でショスタコーヴィチの残した弦楽四重奏曲全15曲を完奏。

同年4月、第2ヴァイオリンを青木高志から戸澤哲夫に交代。
'03年6月の第19回定期演奏会でベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲を完奏。
' 01年11月からは「トリトン・アーツ・ネットワーク」との共催公演で《モルゴーア・クァルテットショスタコーヴィチ・シリーズ》を5回に亘って行ない、'03年12月に2度目の完奏。
'05年4月、マイスター・ミュージックから《ボロディン : 弦楽四重奏曲集》を発売。
'06年6月第25回定期演奏会でバルトークの弦楽四重奏曲全6曲を完奏。
同'06年9月には「トリトン・アーツ・ネットワーク」との共催でショスタコーヴィチ生誕100周年記念弦楽四重奏曲全曲演奏会を行ない、僅か3日間で全15曲を演奏し話題を呼んだ。
'08年11月、東京フィルハーモニー交響楽団 第761回サントリー定期シリーズにマルティヌー作曲「弦楽四重奏と管弦楽のための協奏曲」のソリストとして招聘され、弦楽四重奏団としての高いクオリティを評価された。
'09年1月の第30回定期演奏会でベートーヴェン中期弦楽四重奏曲を完奏。
'11年5月、2010年度「アリオン賞」受賞。
'12年6月、結成20周年記念ガラコンサート「20th Anniversary Morgaua Quartet GALA」を福島、東京、大阪で開催し、日本コロムビアからリリースした、全曲荒井英治編曲のプログレッシヴ・ロック・アルバム《21世紀の精神正常者たち》の発売と共にボーダーレスな弦楽四重奏団としての高い評価を受ける。
モルゴーア・クァルテットの斬新なプログラムと曲の核心に迫る演奏は常に話題と熱狂を呼んでる。
「モルゴーア」はエスペラント語(morgaŭa=明日の)に原意を持つ。

荒井英治(第1ヴォイオリン、東京フィルハーモニー交響楽団ソロ・コンサートマスター)
戸澤哲夫(第2ヴォイオリン、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団コンサートマスター)
小野富士(ヴィオラ、NHK 交響楽団次席奏者)
藤森亮一(チェロ、NHK 交響楽団首席奏者)

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