今回の新アルバム、"翼―イン・メモリアム武満Vol.2"は、福田さん自らのプロデュースで制作されました。2006年の"ロッシニアーナ"(COGQ-5)に続いて「セルフ・プロデュース第2弾」アルバムということになりますね。
2000年を超えてから、ヨーロッパをはじめ国際的な演奏活動が忙しくなってくる中で、幾つかの出会いがありました。クラシックギターの演奏家の友人の中には録音エンジニアになっていた人もいたのです。つまり、ギターのことをよく解っていて、かつエンジニアリングの能力がある人が何人かいることを知ったんですね。まず最初に、ダヴィデ・フィッコというイタリア人のエンジニアを中心にしてセルフ・プロデュースをやってみようというアイディアがあり、これは2006年発売の"ロッシニアーナ"というアルバムに結実しました。それと平行して、スウェーデンの音楽祭で知り合ったのが、イエンス・シリエンというエンジニアです。彼は、もともとプロのギタリストで若い頃にはソロリサイタルで相当難しい曲も弾きこなした人物なのですが、彼の創る「音」を幾つか聴かせてもらい、ギターの本当のよい音を知っている信頼できる人だとわかったんです。個人的にもとっても気が合う人物で、彼と一緒に仕事をしようということになったのです。
スウェーデンとは以前から関係が深かったのですか?
「フクダさんにタケミツの音楽を習いたい」とスウェーデンから来日した留学生との縁でスウェーデンの音楽祭に出たのがきっかけです。スウェーデンは、イェラン・セルシェルを輩出したように、ギターが盛んでレベルも大変高い国なんですよ。
録音そのものは2006年の夏に行ったのですが、2007年には"アランフェス協奏曲"という大きなプロジェクトがあったので、更に1年ずらして今年のメインのプロジェクトとしたわけです。
最終のマスターテープの非常に鮮度高く濁りのないサウンドを聴いて、最高水準の仕上がりを実感することができました。
スウェーデンくらい緯度が高いと音の速度が全然違って感じますね。ものすごいピアノ(弱音)からものすごいフォルテまで出せるというのがすごいメリットでした。そのことだけでも、ストックホルムに行く値打ちがあったと感じました。また、イエンスが本当によく譜面が読めてサウンドのことも音楽的なことも何の問題もなく全部任せておける。今回も一次編集の後、最終編集の時には相当に磨き上げてくれてびっくりしましたね。
加えて大変驚いたのは、異様なまでの静けさです。録音専用スタジオでも、なかなかこのレベルの静けさは実現が難しいものですが、なにか秘密があるのですか?
録音したストックホルムの近くのギレスタという教会は、「静けさ」ということでは抜群の条件で、特に夜中になると本当に全く音がしない「完全な無音状態」が作れる、これは音の小さな楽器であるギターにはこれ以上ないメリットです。特に、武満さんの音楽には静けさが命ですからね。そして最高なのは、教会の横に建っているコテージを借りてそこで寝泊りしながら、好きな時間に起きてきて調子のいいときに録音する・・・プレイヤーもエンジニアも疲れないし指のコンディションも保てる、という最高の贅沢ができたのです。
もちろん昼も録音はしましたが、なんと言っても本当にしんとした夜の空気の中で録音できるというのは、時間の制約がある普通の会場とは全然違ったことを表現できるのです。このような数々のメリットを生かした録音を是非やりたいと思ってチャレンジしてみたということです。この静けさのためにお金を払ったようなところもあるわけです。
ただ、昼間に周囲で芝刈りが始まるとその音が全部聴こえてしまうので、その都度お願いして芝刈りを止めてもらいました。また、夕方のカラスの鳴き声にはどうにも勝てませんでした(笑)。
なるほど。録音スタジオや音楽ホールでは避けられない空調騒音ですが、空調が不要なら騒音も出ない訳ですからね。まさに逆転の発想!素晴らしいサウンドの秘密をようやく理解できました。こんな環境、是非日本にも欲しいですが、難しいでしょうねぇ・・・。
ところで、コテージに寝泊りということは、いわゆる「缶詰状態」ということですか?
一番近いレストランまで10キロ以上あるんです。2キロくらい離れたところのスーパーで3日分くらいの食材を買い込んで、毎日3食私が食事を作っていました。それも和食を作ろうが洋食を作ろうが勝手ですし。ギターデュオの曲で共演したウルグズノフさんが夫婦で来ていたので、僕と、エンジニアのイエンスさんの合計4人で暮らしていたわけです。今年の夏は、松尾俊介くんとフェルナンデスとイエンスの男4人生活を計画しています。デュオの録音をします。
録音に使った楽器は、ブーシェですね。
そうです。実はこの録音は、長く使ってきたブーシェを知人に譲った後だったのですが、第1集とサウンドを揃えるために、収録の時には彼から借りて弾いたのです。大変リッチなサウンドの楽器ですが、コンディションの維持が難しくて大変扱いにくいのもまた事実です。このブーシェのサウンドを理想的に録音して残しておきたいというのも、この企画の隠れた目的のひとつでしたね。
さて、今回のアルバムは武満アルバムだと思ってみてみると、そのほかの作曲家も沢山収録されていますね。このあたりのアルバム・コンセプトについて解説してください。
まずは、デンオンから出した第1集に漏れていた武満さんのギター作品を網羅したいと思いました。武満さんの生前には演奏されなかった遺作「森の中で」と、やはり武満さんの死後出版されたブソッティの誕生日ための小品(これはブソッティの誕生パーティーのためになぐり書きみたいに書いて渡したものだそうです)ですね。加えて、今回私が編曲した「不良少年」と、録音の少ない武満さん編曲による「ラスト・ワルツ」、これで第1、第2集で殆どすべての武満さんのギター独奏作品が揃う形です。(唯一漏れるのが「ヒロシマという名の少年」(ギター2重奏)で、これは私とフェルナンデスとのデュオのCDに収録されています)
そして、武満さん以外の曲がここに加わるのですね
まずは、北爪道夫さんの「青い宇宙の庭II」という曲、これはハクジュホールの第1回ギターフェスティバル(2006年)の委嘱作品で、録音の2週間くらい前に曲が出来上がってきたんですね。録音が先で、初演が後だったのです。第1作(「青い宇宙の庭I」)と同じ音の素材を使っているので、21年間のインターバルがあるとはいえこの2曲を連続して演奏する意味があるのです。けれど、どちらかというと1作目の方が武満さんっぽい。北爪さんとは僕がパリに留学中に20代前半で知り合った作曲家ですが、印象主義的な作風は今回のアルバムに入れても全く違和感がないです。武満さんは、ギター作品では音の持続に関しては「楽器の鳴り」に任せるやり方でトレモロやピチカートといった特殊な技法は全く使わなかったのですが、それに対して北爪さんはヴィラ=ロボスのエチュードからギターの奏法の研究をして、武満さんとは違う、ギターのシンフォニックでダイナミックな面を表現した作品ですので是非収録したいと思ったのです。
そして、ブローウェル作曲の「ハープと影」。これはこのアルバムの「目玉」のひとつですね。
第1集に収録した「悲歌−イン・メモリアム・タケミツ」は、1996年のブローウェルの素晴らしい作品で、いまや世界中のギタリスト達があの曲を弾くようになり、結果として武満さんとブローウェルの絆が良く知られるようになったわけです。今回の「ハープと影」という曲も、武満さんへのオマージュとして作曲されたもので、「悲歌」に続くギター界の遺産となる素晴らしい作品です。今年の5月に私がドイツのコブレンツで世界初演したブローウェルのギター協奏曲「コンチェルト・ダ・レクイエム」を下敷きとして作曲されたもので、「悲歌」よりも遥かに能動的で、非常にインパクトの強い音楽です。間違いなく「悲歌」の次に続くギターの「ヒット・ナンバー」になるでしょうね。こうして新作が次々と発表されるジャンルは、クラシックの中ではギターくらいですよね。音楽祭でも世界初演曲が紹介されるケースが大変多いですし、これは例えばヴァイオリンやピアノでは考えられないことではないですか?
そして、もうひとつの目玉が、福田さん自身の編曲による武満作品ですね。
今回、もうひとつ僕がどうしてもやりたかったことが、武満さんの「ソングス」の編曲です。僕は、長い間、武満さんの合唱のための「ソングス」のファンだったのですが、この無伴奏の混声合唱の楽譜を見て驚いたのが、殆どの合唱のハーモニー(和声の並び方)がピアノよりもむしろギターの音の配置になっているということなのです。4声体がギターで殆どそのまま弾ける。武満さんがギターを手にして作曲したのかもしれないと想像したりします。「これはギターで出来る」と確信を持つようになって色々アイディアを暖めていたところで、たまたま大萩康司君のために編曲をして欲しいという話があったのです。2曲が5日間くらいであっという間に出来てしまいました。武満さんには有名な「ギターのための12の歌」というポピュラー音楽の編曲があるわけですが、あれと同じような武満さんが自然に書いたように聴こえるような一種の模写のようなものを目指しました。とはいうものの、武満さんの編曲は、メロディーはそのままに殆ど和声の力で進行してゆくものが多いのですが、僕はもう少し伴奏などに動きのあるやり方で武満さんのやらなかった事にチャレンジしてみました。特にギター2重奏になるといろんな可能性が出てくるので面白い編曲になったのではないかと思います。
どうもありがとうございました。
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