Official interview
氷川きよし
「ほど酔い酒」
オフィシャルインタビュー
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氷川きよし、2026年の幕開けに「演歌」を選んだ必然。
不寛容な時代を解きほぐす
“ゆるし”の処方箋
2024年にシーンに復活し、2025年は全国ツアーやフェスへの出演、「24時間テレビ」でチャリティー・パートナーを務め、ラジオ番組もスタートし、「紅白歌合戦」で締めくくり、まさに八面六臂の活躍だった氷川きよし。そんな一年を振り返ってもらうと「ひと言で言えば、楽しかったです。25年やってきて、以前は用意されたレールの上を歩むのが当たり前だと思っていたけど、今は自分でレールを敷いて、自分で運転している感覚。もちろん、すぐには結果が出ないかもしれない。でも、まずは10年を目安に頑張ってみようという心地よい緊張感があるんです」。その言葉には、マンネリという言葉とは無縁の、瑞々しい負けん気が宿っている。氷川きよし+KIINA.としてやりたい音楽を自由に奏で、表現者として進化していく姿は、ファンはもちろん多くの人の注目を集めた。
2025年6月には「ゲゲゲの鬼太郎 私の愛した歴代ゲゲゲ」のエンディングテーマ、小室哲哉プロデュースの「Party of Monsters」でリスナーを驚かせ、 9月には作詞家生活55年を迎える松本隆が作詞を、GLAYのTAKUROが作曲を手掛けた「白睡蓮」をリリースし、J-POPシーンを牽引した偉大なクリエイター達とのコラボは大きな話題になった。そしてジャンルの境界を軽やかに飛び越え、ポップスという鏡に自身の魂を投影した4年ぶりのオリジナルアルバム『KIINA.』をリリース。“その次”が注目を集める中、2026年の幕開けに選んだのは意外にも、そして必然的にも「演歌」だった。
なぜ今再び演歌なのか——その理由は、極めてシンプルで温かい。「演歌を待っている人がいるから」 。ステージから見えるファンの歓喜、そして自身の歌声を求める切実な想いに触れる中で、再び確信した。自分には、演歌という様式美を通してしか伝えられない「希望」があるのだと。だが、そこにあるのは、単なる原点回帰ではない。師匠・水森英夫氏とのタッグで生み出された今作は、「令和の演歌」と呼ぶにふさわしい、現代社会への鋭いアンチテーゼと深い慈愛に満ちている。
「2025年もコンサートで全国を回って、その時演歌を待ってくださっている方が本当に多いんだなと実感したんです。だったら中途半端ではなく王道の演歌を届けたい、でも今までと同じではダメ、今の時代に響く“令和の演歌”でなければならないと思ったんです」。
今作の歌詞を手がけたのは、初顔合わせとなる岸快生氏だ。楽曲の核となるのは、サビの<許しましょう 許しましょう 大目に見ましょう>というフレーズ。この言葉には、ネット社会における不寛容さへの、氷川きよしなりの危惧が込められている。
「今の世の中、特にネットを見ていると、誰かのちょっとしたミスを徹底的に叩いたり、嫉妬や憎しみが渦巻いていたりするじゃないですか。自分とは違うものを排除しようとする。でも完璧な人間なんていない。お互いを尊重して、膝を突き合わせて話をすれば、分かり合えることもあるはず。この<許しましょう 許しましょう 大目に見ましょう>という言葉は、そんなギスギスした時代に対する自分なりのメッセージなんです。岸先生とお会いした時、そのお人柄に触れて『あ、この歌詞はこの方だから書けたんだな』と心から納得しました」。
メロディは、内弟子時代から氷川を知る師匠・水森英夫氏。水森氏は氷川の成長を「低音が良くなった」と評し、今作ではあえてキーを少し下げた設定にした。「水森先生には、18歳の頃からお世話になっていて、東京のお父さんです。今も先生にお会いすると背筋がピシッとなります。先生に『いい声になった』と言っていただけたのは自信になりました。サビでは<許しましょう>の“ゆ”の字を振付で書くんです。カラオケでも、肩の力を抜いて“ほどよく”楽しんでいただきたい一曲になりました」。
一方、カップリング曲『玄海魂』では、氷川自身が作詞・作曲(補作曲・水森英夫)を手がけ、自身のアイデンティティを映し出している。「40代最後の年、そして50歳という大きな節目を前にして、どうしても故郷・福岡への恩返しがしたかった。博多祝い唄の『祝い目出度』の一節を取り入れたのは、あの土地の男の心意気を表現したかったから。それと母からかけられていた<心優しい人になれ>という言葉を歌詞に入れました。両親は今も福岡に住んでいて、どんなことがあっても地元を離れたくないって。その気持ち、今ならよくわかるんです。自分を育ててくれた海、風、そして親の愛。それを歌い継ぐことが、今の私の原動力になっています」。
カップリングにはもう一曲、年末の『紅白歌合戦』で披露した美空ひばりの「愛燦燦」のカバーが収録されている。偉大な先輩の、聴き継がれ、歌い継がれてきたこの作品をカバーする時、氷川の脳裏にはかつてリスペクトする先達から贈られた言葉が浮かんだという。「谷村新司さんに『君は人の人生を変える使命があるんだから、頑張りなさい』と言っていただけて、『愛燦燦』を歌う時もそうですけど、自分の歌が誰かの『明日への活力』になるのなら、私は演歌もポップスも、全力で振り切ってやっていきたい。同じことはやりたくないし、なんでも中途半端はつまらないですから。見ている人が目が点になるくらい、刺激的な存在であり続けたい」と、来るべき50歳に向け、決意を新たにした。
2026年氷川は明治座を皮切りに4都市を回る劇場公演からスタートし、再び自身の敷いたレールの上を走り出す。ハードなスケジュールを見据え、自身の変化についても率直に語る。「正直、体力が落ちたのはきついですよ(笑)。夜も弱くなったし、回復力も以前のようにはいかない。だからこそ、しっかり睡眠をとって、お酒もほどほどにして、てきめんに声に出る不摂生はしない。そうやって自分を律して、いい声を届けるのが私の仕事ですから」。刺激的な存在であり続けたいという自分の在るべき姿と同時に、全ては歌のため、お客さんのためにと、年頭に兜の緒を締め直した。
今後についてはオール演歌のアルバム制作へも意欲を見せる。ジャンルという境界線を消し去り、氷川きよしは、どこまでも氷川きよしであり続け、同時にKIINA.としての自由な翼を広げ続ける。その双翼が重なり合う場所に響くのは、争いではなく「寛容」の調べ、「ほど酔い酒」だ。この曲を口ずさむ時私たちは気づかされる。この複雑な世界を生き抜くために必要なのは、正論のぶつかり合いではなく、ほどよい緩やかさなのだと。この「許し」の歌が、凍てついた現代人の心を“ほどよく”解きほぐしていく。

