笠置シヅ子とブギウギの時代

令和5(2023)年秋放送予定の「NHK連続テレビ小説『ブギウギ』」の
ヒロインのモデルとなった
歌手・笠置シヅ子は、昭和9(1934)年にレコードデビュー。
以降、昭和31(1956)年に歌手を引退するまでの約20年間に、
多くの楽曲をコロムビアに遺しました。
この特設サイトでは、笠置シヅ子や「東京ブギウギ」など
笠置シヅ子の多くのヒット曲を生み出した作曲家・服部良一など、
ブギウギとその時代の魅力を発信していきます。

更新情報

2023/05/12
インフォメーション 幻の音源「北海ブギウギ」発見!! SP盤発売以来、75年の時を越えて復刻初CD化&初配信! アルバム『笠置シヅ子の世界 ~東京ブギウギ~』、7/19発売!!
2023/05/12
インフォメーション オフィシャルYouTubeチャンネル「笠置シヅ子とブギウギの時代」オープン!! 第一弾動画を公開!!
2023/05/12
コラム “ブギ・ブームのはしり「東京ブギウギ」”を更新しました。
2023/05/12
特設ホームページがオープンしました!!

おすすめメロディー

  • ♪ 東京ブギウギ

    笠置シヅ子の代表曲。昭和22(1947)年12月発売。
    美空ひばりがデビュー前にこの曲の物まねで有名になった。
    この音源は昭和49(1974)年に、オリジナルの音源に楽器を足して制作されたステレオバージョン。

インフォメーション

「ブギの女王」笠置シヅ子 幻の音源「北海ブギウギ」発見!!

  • SP盤発売以来、75年の時を越えて復刻初CD化&初配信!
    アルバム『笠置シヅ子の世界 ~東京ブギウギ~』、2023/7/19発売!!

    2023年10月よりスタートするNHK連続テレビ小説『ブギウギ』の主人公のモデルとなっている「ブギの女王」笠置シヅ子。
    朝ドラ発表以来、笠置シヅ子やその代表曲「東京ブギウギ」「買物ブギー」などの作者である音楽家・服部良一にすでに大きな注目が集まっています。戦前からジャズをはじめとした舶来音楽を取り入れ日本独自の歌謡曲へ発展させてきた服部良一と、たぐいまれなパフォーマンスでその世界観を鮮やかに表現した笠置シヅ子。
    そこで今回、日本コロムビアではあらためて笠置シヅ子の作品群を入念に整理しました。笠置シヅ子の作品は1940年のデビュー曲の「ラッパと娘」から最後の作品とされている「たよりにしてまっせ」まで、笠置シヅ子の楽曲は現存している資料の中では全57曲とされています。その中で特にタイトルに「ブギ」が付く作品は全16曲。「東京ブギウギ」「買物ブギー」「ジャングル・ブギー」「ヘイヘイブギー」などのヒット曲のほかにご当地ブギともいえる「大阪ブギウギ」「名古屋ブギー」「博多ブギウギ」などが存在します。
    ただし、この中で北海道を舞台にした「北海ブギウギ」だけが現在までCD化がなされていませんでした。
    「北海ブギウギ」は北海道蓄音器商組合創立十五周年記念として1948年に5枚目のブギとして発売されました。1989年のCD『ブギの女王』のリリースの際、コロムビアには音源が残されていないことが分かり、SP盤を探しましたが見つからず、笠置シヅ子のブギの中では唯一CD化できていませんでした。
    今回の再整理の際、なるべく良質な音源で聞いてもらえるように音楽史研究家でSP盤に造詣の深い郡修彦氏(東京都在住)に音源監修をお願いしました。そこで郡氏のネットワークを通じて、今回新たにSP盤愛好家の方々のうち、「北海ブギウギ」のレコード盤をお持ちの方が見つかりお借りすることが出来ました。
    以前、前述のCD『ブギの女王』の解説書に「調達不可能にて未収録」と記載したことから、愛好家の興味を惹いたものと思われ、また世代交代とネット時代により情報交換と入手方法が容易になったことも今回の発見の要因となっています。
    今回、そのSP盤の音源を使用してマスタリングし、SP盤発売以来、初CD化初配信として「北海ブギウギ」を再度、75年ぶりに発売することになりました。
    「北海ブギウギ」を収録したアルバム『笠置シヅ子の世界 ~東京ブギウギ~』は2023/7/19(水)に2枚組CDにて発売&初配信となります。

    2023/7/19発売
    CDアルバム『笠置シヅ子の世界 ~東京ブギウギ~』
    COCP-42055-6 ¥3,300 (税抜価格 ¥3,000)

    収録曲詳細はこちら

オフィシャルYouTubeチャンネル「笠置シヅ子とブギウギの時代」オープン!!

  • 第一弾動画「【特報】『笠置シヅ子とブギウギの時代』開幕」を公開!!

    オフィシャルYouTubeチャンネル「笠置シヅ子とブギウギの時代」がオープン、動画第一弾を公開しました!!
    ぜひチャンネル登録をお願いします!

    オフィシャルYouTubeチャンネルはこちら

オフィシャルプレイリスト「笠置シヅ子とブギウギの時代」公開!!

関連作品のご紹介

笠置シヅ子関連作品


服部良一関連作品


笠置シヅ子プロフィール

◇ 本名:亀井静子
◇ 生年月日:大正3(1914)年8月25日
◇ 出身地:香川県大川郡相生村(旧:引田町・現:東かがわ市)

昭和2(1927)年、大阪松竹楽劇部(OSK日本歌劇団の前身)に入り、三笠静子の芸名で初舞台を踏む。
その後、芸名を笠置シズ子と改め、作曲家・服部良一と組んでジャズ歌手として売り出すも、戦時中ゆえ、当局の指導によりたびたびの公演中止を余儀なくされる。
昭和22(1947)年に発売した「東京ブギウギ」が大ヒット。“ブギの女王”と呼ばれたが、昭和30(1955)年に録音、翌昭和31(1956)年1月に発売した「たよりにしてまっせ」を最後に歌手を引退。
その後は芸名を笠置シヅ子と改めて晩年まで芝居やテレビドラマなどで活躍した。
昭和60(1985)年3月30日、70歳で死去。

  • ステージで踊り歌う

  • おなじみの表情で

  • 服部良一と

  • 徳川夢声・柳家三亀松と

  • 堺駿二と

コラム

ブギ・ブームのはしり「東京ブギウギ」

笠置シヅ子(当時はシズ子)が歌った「東京ブギウギ」は昭和22(1947)年12月に発売されました。

この曲は、服部良一が作曲したことでも知られていますが、ある日、服部良一が電車で耳にしたレール音と、つり革のゆれる音に8拍子のブギのリズムを連想させ、一気にメロディを書き上げたといいます。

笠置シヅ子は戦前から「ラッパと娘」(昭和14(1939)年)などを歌い、芸能界の第一線で活躍していましたが、激しく踊りながら歌うステージが当局の目に留まり、戦中は多くの活躍の場を奪われました。

しかし終戦の年・昭和20(1945)年11月、日本劇場が再開すると同時に芸能活動を再開させ、昭和22(1947)年には「踊る漫画祭・浦島再び龍宮へ行く」の劇中で「東京ブギウギ」を歌うことになりました。これが大きな反響を呼んだために慌てて吹込を行い、同年12月に東宝映画「春の饗宴」の主題歌としてレコードを発売するや、またたくうちに大ヒット。翌昭和23(1948)年、やはり日劇で「東京ブギウギ」を公演した頃には、全国にブギ・ブームが沸き起こり、笠置シヅ子は“ブギの女王”の名をほしいままにしました。

「東京ブギウギ」の大ヒット以降、「ヘイヘイブギー」(昭和23(1948)年)、「ブギウギ娘」(昭和24(1949)年)、「買物ブギー」(昭和25(1950)年)などのヒット曲を次々と世に送り出しました。また、このブギ・ブームの中で、市丸の「三味線ブギウギ」(昭和24(1949)年)など、ブギのヒット曲も多く生まれました。

他の歌手がブギを歌う中で、笠置シヅ子の巧みな歌唱力にますます注目が集まり、“ブギの女王”としての地位は盤石のように思われましたが、昭和30(1955)年に「たよりにしてまっせ」を発売して以来、私たちの前で歌うことはありませんでした。

後年、歌手を引退した理由を問われた際、昔と同じように動きながら歌えなければ笠置シヅ子じゃない。自分の一番いい時代を自分の手で汚す必要は無いから…と語ったといいます。

その望み通り、私たちの心には今も“ブギの女王”笠置シヅ子が生き続けています。

(文・板西唱三)

笠置シヅ子ゆかりの人々

  • 服部良一 はっとり りょういち

    服部良一

    明治40(1907)年10月1日~平成5(1993)年1月30日

    作曲家、日本ポップスの先駆者。大阪市生まれ。
    大正15(1926)年、19歳の時に大阪フィルハーモニック・オーケストラに入団。
    昭和11(1936)年、29歳の時に日本コロムビアの専属作家となる。
    入社第1回作品は淡谷のり子の「おしゃれ娘」。昭和12(1937)年にはジャズ・コーラス「山寺の和尚さん」を作曲し、その後「雨のブルース」「別れのブルース」「蘇州夜曲」「一杯のコーヒーから」「湖畔の宿」などの大ヒットを連発。
    しかし太平洋戦争の勃発で服部のジャズの音楽性が排除され、終戦を上海でむかえて昭和20(1945)年12月に帰国。
    昭和23(1948年)には笠置シヅ子「東京ブギウギ」、灰田勝彦「東京の屋根の下」が、翌昭和24(1949)年には藤山一郎、奈良光枝「青い山脈」が大ヒット。それぞれ国民的なスタンダード・ソングとなる。
    その後は作曲の傍ら、日本作曲家協会会長を務めるなど、長く活躍。平成5(1993)年1月30日に85歳で死去。国民栄誉賞を受賞した。

    笠置シヅ子の唯一無二のパートナー。「東京ブギウギ」「買物ブギー」などのヒット曲を多数提供。
    昭和25(1950)年には米国ツアー“ブギ海を渡る”でともに渡米し、ハワイ、カリフォルニア、ニューヨークで公演を行った。作詩名の村雨まさをは服部のペンネームである。

  • 淡谷のり子 あわや のりこ

    淡谷のり子

    明治40(1907)年8月12日~平成11(1999)年9月22日

    歌手。青森市出身。
    昭和5(1930)年にレコードデビュー、昭和6(1931)年に日本コロムビアへ移籍し、古賀政男作曲「私此頃憂鬱よ」をヒットさせる。
    昭和12(1937)年には「別れのブルース」を大ヒットさせたが、コロムビアではシャンソン・ラテン等の日本語歌唱の先駆者として多くの吹込を行った。
    戦後はテイチク、ビクター等に在籍し、晩年まで長く活躍。その毒舌でも注目を集めた。平成11(1999)年9月22日に92歳で死去。

    笠置シヅ子とは戦前から戦後の時代、同じコロムビア専属歌手として交流を深めた。