日本最高峰の弦楽四重奏団がプログレ名曲群を熱奏
16年に逝去したEL&Pのシンセ神 K.エマーソンに捧げる
「トリビュートロジー」リリース。
日本を代表する弦楽四重奏団がプログレ往年の名曲に本気で取り組む――プログレに強い愛情を注ぐ、ヴァイオリニスト荒井英治に牽引され、プログレの弦楽四重奏カバーに取り組んでいるモルゴーア・クァルテット(荒井英治:第1ヴァイオリン、戸澤哲夫:第2ヴァイオリン、小野富士:ヴィオラ、藤森亮一:チェロ)。
これまで「21世紀の精神正常者たち」(2011)「原子心母の危機」(2014)をリリースして、キング・クリムゾン、エマーソン・レイク・アンド・パーマー(EL&P)、ピンク・フロイド、イエス、ジェネシスなどのプログレ曲をカバーしてきたこのクァルテットが、アルバム第3弾をリリースする。
今回のアルバムは 2016年3月10日に急逝したELPの創設メンバー、キース・エマーソンと直接交流のあったメンバーにより追悼の想いを込めて企画されたもの。
キース・エマーソンは生前このクァルテットのパフォーマンスに惜しみない賛辞を送り、交流を深めていた。
実は2016年春にはエマーソンの来日コンサートが予定されており、そこでモルゴーア・クァルテットもゲスト参加をし、エマーソンのモルゴーアのための新編曲「After All of This」で共演する予定だった。
エマーソンの急逝直後、この「After All of This」をモルゴーア・クァルテットは急遽レコーディングし、エマーソンの葬儀でその音源が流されたという。
今回のアルバムは、葬儀で流れたその音源を中心に、ELPの大作「タルカス」や「悪の経典」などELP、キース・エマーソンの楽曲ですべて構成。
クァルテットがこの偉 大なるシンセ神に思いを捧げる追悼盤。
上・下写真:レコーディング風景より。
メンバー・スタッフ間では「タルカス君」という呼称で親しまれる立体像が睥睨する中でレコーディングは厳かに進行した。
- アフター・オール・オブ・ディス
After All Of This Keith Emaerson
- タルカス (タルカス)
Turkus (Tarkus) Keith Emaerson / Gleg Lake
- スティル...ユー・ターン・ミー・オン(恐怖の頭脳改革)
Still...You Turn Me On (Brain Salad Surgery)/ Gleg Lake
- トリロジ- (トリロジー) *
Trilogy (Trilogy) Keith Emaerson / Gleg Lake
- ザ・シェリフ (トリロジー)
The Sheriff (Trilogy) Keith Emaerson / Gleg Lake
- 悪の教典#9 第 1 印象パ-ト 1 (恐怖の頭脳改革) **
Karn Evil 9: 1st Impression-Part 1 (Brain Salad Surgery) Keith Emaerson / Gleg Lake
- 悪の教典#9 第 1 印象パ-ト 2 (恐怖の頭脳改革)
Karn Evil 9: 1st Impression-Part 2 (Brain Salad Surgery) Keith Emaerson / Gleg Lake
- 《悪の教典#9 第 3 印象》への間奏曲 (《石をとれ》より抜粋)
Interlude to Karn Evil 9: 3rd Impression ~excerpt from”Take A Pebble” Keith Emaerson / Eizi Arai
- 悪の教典#9 第 3 印象 (恐怖の頭脳改革)
Karn Evil 9: 3rd Impression (Brain Salad Surgery) Keith Emaerson / Gleg Lake / Peter Sinfield
試聴はこちら
* アルバム《原子心母の危機》より再収録
**アルバム《21 世紀の精神正常者たち》より再収録
モルゴーア・クァルテット
荒井英治(1st Violin)
(日本センチュリー交響楽団首席客演コンサートマスター)
戸澤哲夫(2nd Violin)
(東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団コンサートマスター)
小野富士(Viola)
(NHK 交響楽団ヴィオラ奏者)
藤森亮一(Violincello)
(NHK 交響楽団首席チェロ奏者)
編曲:荒井英治 (except Tr.1) 、 Kjetil Bjerkestrand(Tr.1)
録音:2016年3月28日(Tr.1)/2016年10月16日&23日、11月7日、12月26日(Tr.2-9)
プライム・サウンド・スタジオ・フォーム
■ハイレゾ(高音質)でも配信中!!
Message from 荒井英治
Emerson,Lake&palmer・・・
彼らは音楽の聖と俗の間を自由に行き来した。
人間の俗悪な面と優美で高尚な魂を手中に収めていた。そう、まさにミュージシャンであったのだ。そしてなんとストイックであったことだろうか!そこには媚びもまやかしも一切なかったゆえに、わたしたちはいとも簡単に打ちのめされたのだ。
EL&Pとはひとつのジャンルだった。
残念ながらキース・エマーソンやグレッグ・レイクのようなアーチストはもう二度と出現しないだろう。
編曲作業をしている間、いつもキースが傍らに立っていることを感じていた。録音している間にはタルカス神に見守られていた。
モルゴーアには、弦楽四重奏でありながら、弦楽四重奏を超えることへのチャレンジであったかもしれない。
しかしそれだからこそ、ロックであり、ロックを超える「創造」をみせてくれた彼らEL&Pのスピリットに幾らかでも応えられたかもしれない、と思っている。
Dear Keith & Greg・・やっと完成しました。
他の誰よりもまず、あなたがたに真っ先に聴いてもらいたいアルバムです。
・・・ありがとう!
荒井英治
解説
松山晋也
闘う弦楽四重奏団モルゴーア・クァルテット、およそ3年ぶりのニュー・アルバムが完成した。『トリビュートロジー』というタイトル、そしてジャケットを見ればわかるとおり、今回は丸々EL&P(エマーソン、レイク&パーマー)に対するトリビュート・ワークである。
モルゴーアは、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲の演奏を主目的に1992年に結成されたクァルテットだが、少年時代からプログレッシヴ・ロック・マニアだった第一ヴァイオリン奏者、荒井英治の主導/編曲の下でプログレ系楽曲のカヴァも積極的におこない、ロック系リスナーからも熱く支持されるようになった。吉松隆「アトム・ハーツ・クラブ・クァルテット」と並んでレッド・ツェッペリン、イエス、キング・クリムゾンの曲を独自に編曲、演奏した1998年のアルバム『Destruction~Rock meets Strings』で注目された後、プログレに真正面から取り組んだ2枚のアルバム『21世紀の精神正常者たち』(2012)、『原子心母の危機 Atom Heart Mother Is On The Edge』(2014)を発表してきた。そして今回登場したのが、ここにある『トリビュートロジー』というわけだ。
『21世紀の精神正常者たち』ではキング・クリムゾン、ジェネシス、イエス、ピンク・フロイド、EL&P、メタリカの曲を、『原子心母の危機』ではキング・クリムゾン、ピンク・フロイド、ジェネシス、EL&P、キース・エマーソンの曲を取り上げていたが、今回は前述どおり、EL&Pオンリーである。当初は従来の路線、つまり70年代英国のプログレ系名曲をいろいろカヴァするつもりだったが、キース・エマーソンの突然の死(2016年3月10日)をきっかけに、キース/EL&Pへのトリビュート作品へと急遽予定を変更したのだという。荒井はこう説明する(以下、荒井の発言は先日おこなったインタヴューより)。
「元々、2016年3月にキース・エマーソン・バンドとモルゴーア・クァルテットの共演コンサートが予定されており、そこではキースの近年の楽曲〈アフター・オール・オブ・ディス〉も演奏することになってました。訃報を受け取った我々は急遽、彼の葬儀で流すためにその曲を録音したんですが、その録音現場で、1年後にキースのトリビュート・アルバムを作ろうと決めたんです」
少年時代からEL&P作品を熱心に聴いてきた荒井だが、実際にキース・エマーソンと対面したのは2013年3月だった。その時荒井は、東日本大震災にショックを受けてキースが書いたピアノ小品「ザ・ランド・オブ・ライジング・サン」を弦楽四重奏用に編曲してみてはどうだろうか、とキースから提案されたという。それをきっかけに、『21世紀の精神正常者たち』に続くモルゴーアの新作のコンセプトを「平和」(あるいは「鎮魂」「安寧」)にしようと荒井は決めた。結果できたのが、「ザ・ランド・オブ・ライジング・サン」で静かに幕を閉じる『原子心母の危機』というわけである。
かように、キース・エマーソンとの縁は、モルゴーア/荒井にとっても重要かつ特別なわけで、今回の新作がEL&Pへのトリビュート・ワークになったのも当然の帰結だったと言える。しかも、つい先日の2016年12月7日には、グレッグ・レイクまで亡くなってしまった。不幸なことだが、結果的に本作はキースへの追悼盤であると同時にレイクへの追悼盤にもなったわけである。ちなみに録音は、「アフター・オール・オブ・ディス」だけは2016年3月で、他は同年10月から12月にかけておこなわれた。
収録曲の説明の前に、EL&Pに関して簡単におさらいしておこう。キーボード奏者キース・エマーソン(1944-2016)、ベイス/ギター/ヴォーカル担当のグレッグ・レイク(1947-2016)、ドラムスのカール・パーマー(1950-)という3人の英国人音楽家によって、エマーソン、レイク&パーマーが結成されたのは1970年4月のこと。キースは60年代後半に自身のキーボードを中心とするアート・ロック・ユニット、ザ・ナイスを率いていたが、それを発展させる形で新たなグループの結成を思い立ち、当時キング・クリムゾンにいたレイクに声をかけた。そこに加わったのが、クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウンやアトミック・ルースターの若き天才ドラマーとして注目されつつあったパーマーだ。プログレ界のいわゆる“スーパー・グループ”として登場したEL&Pは、1970年11月に『エマーソン、レイク&パーマー(Emerson, Lake & Palmer)』でアルバム・デビュー。その後2nd『タルカス(Tarkus)』(1971)、3rd『展覧会の絵(Pictures At An Exhibition)』(1971)、4th『トリロジー(Trilogy)』(1972)、5th『恐怖の頭脳改革(Brain Salad Surgery)』(1973)と傑作を連発し、バンク・ムーヴメント以降に『Love Beach』(1978)、『In Concert』(1979)を出して1980年に解散。90年代には再結成され、アルバムも発表するなど断続的に活動は続いたが、再び解散。今世紀に入ってから3人が一緒にステージに立ったのは、2010年に一度きりだった。この間3人は、ソロ/別プロジェクトでたくさんの作品を発表してきたが、やはりEL&Pの作品、特に初期のアルバム群でこそ3人の才能と魅力は十全に発揮されたと言っていい。荒井の編曲によるモルゴーアのこの新作でカヴァされているのも、もちろん初期傑作群の収録曲ばかりである(「アフター・オール・オブ・ディス」は除く)。数ある70年代プログレ・グループの中でもEL&Pの作品はモルゴーアと最も相性がいいと思われるが、その点に関して荒井はこう語る。
「技巧的=器楽的かつ現代音楽、といっても前衛ではないあたりのイディオムが濃厚で、変拍子にしろリズム・モティーフにしろハーモニー感覚にしろ、“ロック”ということを強く意識することなく親密性を感じます。バルトークやドビュッシーを弾いているような感覚すら時にはあります」。
- 01.「アフター・オール・オブ・ディス」
前述どおり、キースの葬儀でも流された彼の近年の作品。
元々は、キース・エマーソン・バンドとミュンヘン放送交響楽団の共演アルバム『Three Fates Project』(2012)の中に収められていた楽曲で、キースはモルゴーアとの共演のために弦楽四重奏用の楽譜(編曲はノルウェイの作曲家/ピアニスト Kjetil Bjerkestrand )も既に準備していた。
キースのパートナー(日本人)からその楽譜を受け取ったモルゴーアは、葬儀間近の早朝の1時間で録音したという。
「ロッカーではなくひとりの音楽家として、自己の内省の結果もたらされたある種の達観の境地が垣間見られる気がしてます」と荒井は語る。
- 02.「タルカス」
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EL&Pの評価を決定づけたアルバム『タルカス』のA面全体を占めていたこの表題組曲こそが、日本での近年の“クラシック×プログレ”ブームの発火点であった。
現代音楽系作曲家の吉松隆がオケ用に編曲したアルバム『タルカス~クラシック meets ロック』(2010)が大評判になったことがモルゴーアの『21世紀の精神正常者たち』誕生を後押ししたのは間違いない。
この大曲に対する荒井自身の思い入れも並々ならぬものがある。「〈吉松隆版タルカス〉に対抗する〈モルゴーア版タルカス〉をという気持ちを以前からずっと持ち続けていました。
EL&Pは3人ですが、4人=16本の弦でロック・バンドは可能か、の挑戦でもあったと思います。
ピアノもドラムスもヴォーカルさえも剥奪されてEL&Pにどこまで肉薄できるかの際どい賭けでもありました。演奏は困難を極め、4人とも無理強いの連続、しかもセッションのたびにアレンジを変えていきました。執念そのものです。
なぜならこの弦楽四重奏版はキースとの男の約束(私の一方的な…)だったからです。
楽曲としてほんとによく構成されており、組曲よりむしろ交響詩と言ってもいい。反戦の力強いメッセージもしっかり受けとるべきだと思います」
- 04.「トリロジー」
05.「ザ・シェリフ」
この2曲は『トリロジー』から。アルバム・タイトル曲「トリロジー」は『原子心母の危機』で既に録音しており、ここではその音源がそのまま流用されている。
「〈トリロジー〉は真ん中の5拍子のオスティナート、特にシンセの音に痺れていた」と以前語っていたように、3分30秒あたりからの急速な展開部分にショスタコーヴィチ大好きなモルゴーアならではの技とセンスが特によく出ている。
もし2016年のキースとの共演が実現していたら、きっとこの曲も演目に上がっていたはずだ。あと、プログレ・ファンには言うまでもないことだが、本作のタイトルとジャケット・デザインは『トリロジー』を元ネタにしている。
EL&Pはクラシック作品以外にも、ホンキートンクやブギウギ、ジャズなどの流用/素材化の巧みさでも定評があったが、ホンキートンク調の小品「ザ・シェリフ」もそうした代表例だ。
荒井は彼らのこういった「ユーモアやハズし感覚」も好きなのだという。
「この曲は中間部にキースらしいヒネリがあるし、終盤には活劇風のチェイスもあって、最高にセンスが光っていると思うんです」。
- 03.「スティル...ユー・ターン・ミー・オン」
06.「悪の教典#9 第1印象パ-ト1」
07.「悪の教典#9 第1印象パ-ト2」
08.「《悪の教典#9 第3印象》への間奏曲―(《石をとれ》より抜粋)」
09.「悪の教典#9 第3印象」
以上5曲は、『恐怖の頭脳改革』から。EL&Pが自ら設立したマンティコア・レーベルのアルバム第1弾として発表された『恐怖の頭脳改革』は、中身の濃密さからH.R.ギーガーが描いた迫力満点のジャケットに至るまで、まさに彼らの代表作と呼ぶにふさわしい傑作で、ファンの間ではずっと『タルカス』と並ぶ人気を誇ってきた。勇壮なオープニング曲「聖地エルサレム」から後半の「悪の教典#9」組曲まで、全体にヴィクトリア朝大英帝国の栄華が薫る一方、様々な様式がバロッキーに入り組んだ高度な音楽技法や展開の鮮やかさ、疾走感といった点でEL&Pらしさが全開している。キースが初めてポリフォニック・モーグ・シンセサイザーを全面的に導入したのも本作だった。
LPのA面3曲目に入っていた小曲「スティル...ユー・ターン・ミー・オン」はグレッグ・レイクの作品で、オリジナル版では本人がギターの弾き語りをしていた。
レイクによる抒情性溢れるヴォーカル曲はEL&Pの大きな魅力の一つであり、ファンも多い。モルゴーアのここでのカヴァは原曲よりもだいぶスロウ・テンポで、全体を通してサティの「ジムノペディ第2番」が援用されている。素晴らしいアイデアだ。
「これはキースの死を悼み、彼に静かに呼び掛けるグレッグ…というシチュエーションのつもりでしたが、2016年12月のグレッグの死によって、彼をも追悼する意味合いが重なる結果になりました。まさにこの曲はグレッグ死去の後、今作セッションの最後に録った曲です」。
残り4曲は、『恐怖の頭脳改革』の核である組曲「悪の教典#9(Karn Evil 9)」だ。原曲はLPのA面最後の5曲目からB面全体にわたる大作(約30分)で、後年のCD化によって一気に続けて聴けるようになった。
言うまでもなくモルゴーアは既に『21世紀の精神正常者たち』で「悪の教典#9 第1印象パ-ト1」だけは録音しており、本作06.はその音源をそのまま流用しているが、今回は更に07.「同パ-ト2」も加わったため、CDと同じく2曲途切れなく聴ける。
08.だけは変則的で、「悪の教典#9 第2印象」の代わりに独自の楽曲が演奏されている。
原曲がピアノとパーカッションを軸にした半即興的な曲なので、こういう対処をしたのだろう。
これは、デビュー・アルバム『エマーソン、レイク&パーマー』の中でグレッグ・レイクが自作曲を歌った「石をとれ(Take A Pebble)」(特に中間部におけるキースのピアノによるインスト・パート)を元に荒井が編曲したもので、バッハの曲のフレーズが絡められているあたりには特に、バッハ好きだったキースに対する荒井の哀惜の情が溢れている。
そして、とりわけハイテンションで疾走する後半部分が圧巻の09.「悪の教典#9 第3印象」。
「09.の編曲作業は、もうここまでくるとなんでもアリという気持ちになり、楽しい境地に達した感があります。ラスト1分半は自分でもヤバイ!と実感してました」と荒井。
ちなみに今回モルゴーアがカヴァ曲候補としてリストアップしていたのは、他に「未開人」「聖地エルサレム」「ホウダウン」、ザ・ナイス「ロンド '69」など。
また、今後やりたいと思っているのはイエス「錯乱の扉」、ピンク・フロイド「エコーズ」、ソフト・マシーン「フェイスリフト」、フォーカス「ハンブルガー・コンチェルト」、PFM「原始への回帰」等々だという。期待したい。