―まず、タイトル『KICKS』の由来を聞かせてください。『NIPPONNO ONNAWO UTAU』シリーズ、その後『Momi』という柔らかいワードがきて……次は『KICKS』ということが意外でした。
NakamuraEmi この2、3年、いろんな人とツーマンライブをしたり、コラボレーションに初挑戦したり、カワムラさんと一緒に曲作りをしたり……本当に、新しいことにたくさん挑戦したストーリーが詰まったアルバムになったので、「前へ蹴り出す」という意味がまずあって。もうひとつ、『KICKS』には「スニーカー」という意味もあるんですよね。もともとストリートのファッションやマインドが好きだったんですけど、40歳を超えて改めてすごくいいなと思って、アーティスト写真もストリート感を出したいなと思ったんです。タイトルを決めるときにいろんな候補を出して、それこそ『Momi』からのつながりのものも色々あったんですけど……。
カワムラヒロシ 前作の『Momi』(=籾、真珠を意味する)からの流れでいうと、次は「芽生え」とかになるのが自然じゃないですか。でもいざ曲ができると、そんなにオーガニック押しじゃなくて。横乗り系のスポーツで技を仕掛けるために蹴り出す部分のことも「キック」と言うし、ちょっと攻めた感じが出るから、「あ、これや!」ってなりました。
―勝手ながら、今回のアルバムにキャッチフレーズをつけさせてもらうとしたら……。
NakamuraEmi おお、素敵!
カワムラヒロシ 聞きたい!
―「変わらないために変わり続ける」。
NakamuraEmi いい~!
カワムラヒロシ いい言葉!
―よくある言葉ですけど、それが今作にはぴったりな気がしたんですよね。Emiさんの歌の美しさ、言葉の強さはそのまま、遠い世界のことではなく身近なことを生々しく歌う姿勢も変わらず、でも自分たちや世の中のモード変化に合わせながらEmiさんの歌がより今を生きる人たちに届くように変化している。そういったことを感じました。
カワムラヒロシ 素晴らしい、言い得て妙。
NakamuraEmi そういうことはずっと私たちの中でもありますよね。
カワムラヒロシ 本当に。裏テーマはそこかも。使う言葉とかは少しずつ変わってきているけれど、NakamuraEmiというアーティストが発信するものの軸は変わってない。デビューの頃から言いたいことはずっと一貫していて、それがいろんな言葉遣いで出ているんだと思います。そもそも彼女の音楽は、常日頃から思っていることをそのまま曲にしているという世界観なわけで。「忘れていく当たり前のを思い出させてくれる」ということが、彼女の得意とするところでありNakamuraEmiというアーティストのメッセージ。そこがぶれないように、ということは思ってました。
―つい忘れてしまうような当たり前に大切なことをEmiさんにはこれまでも今作でもたくさん気づかせてもらいましたが、今回感じた変化のひとつは、デビューからの数年間はEmiさん自身が「理想の自分になれるように」と自分を鼓舞するために歌ってきた中で、今作では、自分を鼓舞しつつも、みんなを労ってくれるような雰囲気が大きくなっていることで。Emiさんが中心にいる柔らかい優しい空間に招いてもらう、みたいな感じがアルバム全体にあるように感じました。
カワムラヒロシ その感じ、すごくわかります。昔は、聴いて「ヨッシャ」みたいな、目を覚ますというか。
NakamuraEmi たしかに。フェスとかに出ると、自分のことを知らない方の反応や、携帯をいじって私の曲を聴いてないような方を見ながら歌っているからこそ、「こういう方にも届く言葉って何なんだろう」「どんな言葉だったら伝わるかな」ということを考えられるようになったことが大きくて。あとは今、母性も余ってるし(笑)。あり余ってる母性が曲に出ているのかもしれないですね。いろんな人と喧嘩したいわけじゃなくて、いろんな人とちゃんといい時間を過ごせたらいいなと思う部分が、歌詞になっているのかもしれないです。
―歌詞の具体的な書き方でいうと、1曲目“火をつけろ”から言葉を音として扱っているような、Emiさんの音楽の中では新鮮に感じる箇所もあれば、“一円なり”の《一円なり》《ねがいましては》みたいに、これまで通りのEmiさんらしく、他の曲では聴いたことないような言葉が躊躇なく取り入れられていて、「こんな言葉をこんなにいい声で歌い上げるなんて!」と感動するところもあって。
NakamuraEmi 一番大きな変化は、初めてカワムラさんと歌詞や曲を制作したことで、信頼関係がなかったら完成しなかったですね。ひとつの想いを伝えるための言葉の手段がいっぱいある中で、どれをチョイスするのか――私のチョイスはこっちなんだけど、「こういうふうにしたらもっと広く届くんじゃない?」とカワムラさんが言ったときに「そうなのかも!」と素直に思えたこと。それが信頼関係だなと。歌詞の世界に人を入れるなんて自分では想像していなかったので、それはすごい変化だと思っています。
カワムラヒロシ それこそ「信頼」というテーマについては、“火をつけろ”で歌っていたりするじゃない? ぶつかることも大事で、でも信頼がないとぶつかりきれないよね、という。このアルバムの裏テーマは「信頼」という言葉が支えているのかも。今そう思った。
―自信ができたからコラボにも踏み込めたとおっしゃってましたけど(映像リンク)、「信頼」の手前で、「自信」も今作を語るうえで大事なキーワードかもしれないですね。人間って自信がないと自分の立場や評価を守ることに必死になっちゃって、人の意見を拒絶してしまったりすると思うんです。
NakamuraEmi ああ、そうかも。「入ってこないで」感が出ちゃいますよね。
カワムラヒロシ そうそう、「虚勢を張る」みたいになっちゃうというか。本当に強い人って、そうじゃなかったりするもんね。
―そういった変化がサウンドにもつながっていると思うんですけど、そもそも制作スタイルをガラッと変えられたんですよね。最初に録った“一目惚れ”(2022年3月にシングルとしてリリース)とコラボ曲以外は「ZOMBIE HOUSE」でレコーディングされていますが……「ZOMBIE HOUSE」って何ですか?(笑)
カワムラヒロシ 「ZOMBIE HOUSE」というのは(笑)……要は、僕はサーフィンをするのでもともと都内に住みながら海沿いに作業場を持っていて、そこを行き来していたんですけど、コロナになってから都内の拠点を引き払って海沿いのほうをスタジオ化してやろうということを『Momi』くらいから試験的にやり始めたんです。そこが、ゾンビが出そうなくらい古いんですよ(笑)。古民家って言ったらいいのかな?
NakamuraEmi よく言えば、そうです(笑)。
―他のプレイヤーも入れずに、カワムラさんがギターだけでなくベースやピアノなども弾いて打ち込みまで行って、ZOMBIE HOUSEでレコーディングを完結させる、というふうに制作スタイルを変えられていますよね。そうすることで「熱のぶつかりあい」「生音の掛け算」だけでない、多様なサウンドの表現が生まれたのが『KICKS』であると思います。
NakamuraEmi もともと何も持ってなかったから、カワムラさんがいろんなことを調べて勉強しながら、マイク周り含めてレコーディング機材をたくさん購入して録れるように整えてくださって。録るたびにいろんなことがうまくなっていくので、エンジニアの奥田(泰次)さんにも「今回の録り音、めっちゃよくなりましたね~!」とか言ってもらったりしながら。
カワムラヒロシ こんなことになるなんて想像してませんでしたけどね。奥田さんに、「どうやってるんですか?」「これ、何の機材ですか?」とか聞きながら、自分でレコーディングできる状態を整えました。奥田さんはいろんなことを楽しんでトライするクリエイティブな人だから、すごく影響を受けたよね。あとやっぱりコロナで、音楽業界のテクノロジーや機材も一気に変わったことが大きかったです。そもそもミュージシャンの理想をいえば、自分が一番くつろげる空間で録ることじゃないですか。でも、すごくお金があって自分の家にスタジオを作れる、という人ばかりではない。そこが、ここ5年くらいで一気に機材の進化も含めて手軽になったというか。あと、いろんなところで録った音を混ぜて作るというスタイルにすごく興味があって。そうすることで「いろんな出汁が入る」みたいに、奥行きが出るんですよね。ひとつのスタジオで録ったもので完結する音もすごくいいんだけど、NakamuraEmiの音楽にはいろんな場所で録った音がミックスされていると、それぞれの空気の音が混ざり合っていいなと思って。
―作り方を変えた要因とはきっと色々絡み合ってるものだと思うので、一個ずつ紐解かせてもらいたいなと思ったんですけど、「振り向いてくれなかった人にも言葉を届けるために」「テクノロジーの変化」「自分たちがくつろいで録れる環境を手に入れた」といったこと以外に何かありますか?
カワムラヒロシ あとはEmiちゃんの歌の表現力が変わってきていること。もともとパンチのある歌を歌っていたけれど、ゆったりしたものも表現できるようになってきて、表現力の幅が広がってるからこそスタジオだけで歌を詰めるのがもったいないなと思い始めていたところがありました。みんなの前で歌うとなると、知ってる人であっても緊張するじゃないですか。しかもスタジオって日常生活で送る場所とは響き方が違うから、よそ行きの歌になる。パワーが必要な歌とかはそういうもののほうがよかったりするんだけど、普段住んでるような空間で、こうやってしゃべっている響きの延長で歌を録ることができたらいいよね、みたいな話をしたよね。
NakamuraEmi 最初は「これでいいのかな?」と思うくらい、本当に「このまま歌う」みたいな感じでした。それまでは「何時から歌うから、今のうちにご飯食べてね」とか、みんなに気を遣ってもらいながらやってたけど、めちゃくちゃリラックスした状態でできて。ここだから味わえる歌が録れましたね。
カワムラヒロシ 俺も「波乗りしてくるわ」って言って、サーフィンしてから録る、みたいな。そうしたら毒を抜いたフラットな状態になれるんですよね。岐阜にも録れる環境を作ったんですけど、そこは土砂降りだと雨の音が入っちゃうから「今日は雨降るからやめよう」「明日のこの時間なら多分空気も乾燥してくるだろうからいいかも」とか。やっぱりスタジオに行くとなると、車に乗って行くし、「ヨシ」って切り替わるというか。そういうプロジェクトの曲のときはそっちのほうがいいんだけど。今まではそれしかできなかったところに選択肢が増えました。
NakamuraEmi デビューさせてもらってから立派なスタジオでいろんなエンジニアさんとやらせてもらって、それは決して簡単にできることではなくて。ずっと一番いい環境でやらせてもらったからこそ、自分たちでどこまでいい形で表現できるのかを探ることができました。「これだったら自分たちでも意外とできるかもしれない」みたいに感じることもあれば、「これはスタジオじゃないと」ということもわかったし。
カワムラヒロシ そうそう、スタジオの価値がわかったよね。「だからこれだけお金をかけてこういう建物を建てるのか」みたいな。
NakamuraEmi エンジニアさんのすごさもね。
―エンジニアさんの腕やスタジオの価値を、どういったところで実感しますか?
NakamuraEmi やっぱり私たちは、みんなで「せーの」で録ることがすごく好きで。ライブ感のまま録りたいときとか、みんなの熱を感じながら歌いたいときは、きちんとブースがあって、カワムラさんもギターだけを弾ける状態で、集中してやらせてもらえる状況が、やっぱり贅沢だなと思います。
カワムラヒロシ やっぱりスタジオは反響の仕方とかが違うから、非日常の響きになるよね。“雪模様 (feat. さらさ & 伊澤一葉)”は、スタジオで同時に録ったほうがいい緊張感が生まれるかなと思ってそうしました。“Hello Hello (feat. XinU)-NakamuraEmi & MASSAN×BASHIRY”もそうだね。この曲はマイクリレーみたいな雰囲気がほしかった。やっぱり、同時にやるからこそ生まれるものってあって。音を1個1個積み上げていく場合だとみんな化粧したくなるから、諦めるしかない状況で出たもののほうがすごくリアリティがある。もちろん緻密に作ったほうがいい曲もあるんだけど、Nakamuraさんの音楽って、基本的にそうじゃないもののほうがいいから。そういう意味では歌も直さないし、パンチイン(レコーディングしたあとに一部分だけ差し替えること)も極力しないし。逆に、意識してビタビタにピッチがあってるときがあって、そういうときは「何してんの!こんな歌い方しちゃってさ!」と思って採用しないこともあります(笑)。
―ボイトレ的には「100点」と言われるようなものをあえて外して、人間くささを残しているということですよね。それがNakamuraEmiというアーティストの表現に必要だからこそ。
カワムラヒロシ そうそう。多分みんな、ビタビタにあってる歌をEmiちゃんには求めてない。恐ろしくラインにハマってる歌というのはトレーニングしてできるものだから、実は人間的には不自然で。もちろんそれが合う音楽もあるんだけど。
NakamuraEmi 音程よりもニュアンスを大事にしながら録っているということですね。
―全部、つながってるんですね。自信がついたこと、他者が入る余地ができたこと、気を遣わない自然体な状態で歌を録れたこと、ファイティングポーズだけじゃない表現になったこと、リスナーも「この部屋に招かれたい」と感じる雰囲気が出ていること、普段着っぽいストリートファッションを纏いたくなったこと……マインドの変化も環境の変化も全部つながるべくしてつながって、今回の音楽ができあがっているということですよね。
カワムラヒロシ すごい、たしかにつながってる。
NakamuraEmi その通りだね、まとまったね。やじーとしゃべってると頭の中がまとまってくる。このアルバムが今客観的に自分でわかったわ。「信頼」と「鎧を脱げた」ということだったんだね。
―『KICKS』に「前へ蹴り出す」「技を仕掛ける」という意味を込めているということは、これからさらに進んでいくということですよね。
NakamuraEmi その通りですね。ここからまた頑張ろうという感じですね。
―Emiさんの中で今叶えたい野望みたいなことはありますか?
NakamuraEmi 日本だけと言わず、世界の人にも自分の名前と音楽を知ってもらえるようになりたいです。こんなに大事な曲ができたし、支えてくれる仲間もいっぱいできたから、全部を持って世界に出ていけるようになりたいって思えるようになりました。
―Emiさんから「世界」というワードが出るのは、初めてですよね。
カワムラヒロシ 初めてだよね。俺も今「お、公の場で言ったじゃん」と思った。とっても嬉しい。でもそれはすごく大事だと思う。
NakamuraEmi 日本人で生まれたからこそ、この音楽で日本語と日本の魂みたいなものを届けられたらなと思います。
―6月からはツアー『NakamuraEmi KICKS Release Tour 2024』が始まります。どんなライブにしたいですか?
NakamuraEmi 最初はアコースティックで、2人でしか出せないリアルなものをいっぱい出して、そして後半3公演はバンド編成で最高のメンバーとともに、この曲のすべてをみんなにダイレクトに見ていただけるようにと思っておりますので、ぜひお待ちしております!
カワムラヒロシ 今回の裏テーマに、「ライブと音源を別々で楽しめるように」ということを設けていたんですよね。音源は音源で、ライブはライブでしか楽しめないものになるように考えているので、来てくれないと困ります!