人は、自分の時間やお金、または感情や労力を費やすと、その対価を求めてしまう生き物だと思う。その対価を少しでも早く、多く、手に入れることを現代では「効率がいい」と呼ぶのかもしれない。しかしこの日、厚木市文化会館に特別な温もりが溢れていたのは、NakamuraEmiがこれまでたくさんの人に与えてきた無償の愛が、時間をかけてさらに大きなものになって返ってきていたからだった。
9月6日(土)、厚木市文化会館 大ホールにて、『NakamuraEmi 10TH ANNIVERSARY LIVE in 厚木市文化会館 ~ ただいま & いらっしゃいませ ~』が開催された。厚木市はNakamuraEmiの地元であり、現在も暮らしている街。そこでNakamuraEmiにとって初のホールワンマンであり、10周年イヤーの始まりを告げる記念ライブが行われた。
会場内のロビーには、“スケボーマン”のモデルの1人である「てつや先輩」が作る味噌や麹を取り扱う「いかりみそ」、NakamuraEmiのお気に入りのショップであり“MICHIKUSA”の歌詞に登場する「ILLGATE」、NakmuraEmiが愛用するハンモックベッドを販売する「HiHi LABO」など、厚木の人たちが関わるお店が並んだ。舞台装飾を手がけたのは、厚木を拠点に活動する「remark」。ビンテージの木材をあらゆる価値に作り変える「remark」のスペシャリストである「ヒデさん」はNakamuraEmiの古くからの知人で、ファンクラブにも入っているという。そうしてたくさんの愛の循環によって、厚木市文化会館が特別に彩られていた。
個人的で抽象的な感覚を書いてしまうが、会場に入った瞬間から、まだ音も鳴っていないのに、胸と目頭がグッと震えていた。仕事柄、日々たくさんのライブに足を運び、それぞれの場所で感動をもらっているが、会場に着いた途端にこんな感覚を味わうことはなかなかない。少し大袈裟に聞こえてしまうかもしれないが「ここに悪い人はいない」とまで思わせるくらい、愛と温もりと安心を感じさせる空気が会場中に充満していたのだ。
開演の時間になると、まずはカワムラヒロシ(Gt)、伊澤一葉(Pf)、まきやまはる菜(Ba)、柏倉隆史(Dr)の豪華プレイヤーたちがステージに上がった。すでに贅沢に思うほどの豊潤な音を4人で重ねて、カワムラの「1、2!」の合図で“YAMABIKO”に入ると、NakamuraEmiが登場。“YAMABIKO”の歌詞には彼女が厚木で出会った人たちがたくさん出てくるが、これ以降も、厚木の景色や人が浮かんでくる楽曲が並ぶ、この日限りのセットリストが繰り広げられた。
1曲目が終わると大歓声が上がる中、「厚木市文化会館へようこそ、NakamuraEmiです」と挨拶を挟んで、そのまま“Don’t”へ。お客さんのクラップは、手練れたちの演奏を上回るくらいの音量と迫力だ。曲が終わったあとの歓声のボリュームもすごい。冒頭から、今日ここに集まった人たちのNakamuraEmiの音楽への愛と興奮が渦巻いていた。
空気が一変したのは、“大人の言うことを聞け”のあと、青色に照らされたステージで伊澤の繊細なタッチによるピアノの音色から始まった“雨のように泣いてやれ”。歌詞通り、雨のように泣いた涙をNakamuraEmiの美しい歌声が拭ってくれる数分間だった。
曲が終わって改めて挨拶をすると、しばらく拍手が鳴り止まない。「おかえり!」という言葉も飛び交う。それに「泣かせる気!?」とお茶目に返す、NakamuraEmi。
日産自動車で働いているときに今の事務所のマネージャーから声をかけられ、上司に相談したら「ダメだったら戻ってこい」という言葉とともに背中を押してくれたというエピソードを話してから、働きながら音楽をやっていた日々を歌った“使命”。そのあとは、東京という都会や音楽業界の中心で戦う中では涙を流す日もあったことを綴る“東京タワー”。これら2曲を、厚木というホームがあったからこそ音楽の道へ飛び込む挑戦ができて、人生の厳しい出来事も乗り越えられたと語るように演奏してからは、大切な人たちがテーマになっている楽曲を続けた。
まずは「てつや先輩」や同級生の仲間たちの決意を見て作った“スケボーマン”、初めて厚木市内で一人暮らしをしたときのおむかいのご夫婦に優しくしてもらったことがきっかけで生まれた“おむかい”。「今日、こんなに素晴らしいメンバーと、こんなにたくさんの人が集まってくれて、親孝行になっているのかなと感じさせてもらっています」という言葉から、オーシャンドラムを抱えながら歌った“いつかお母さんになれたら”では彼女の両親が浮かび上がり、“一円なり”には小学生の頃に通っていたそろばん教室の先生や「カナちゃん」が登場する。こうして音楽を始めてから今日まで、NakamuraEmiが人からもらった感情を詰め込んだ曲を連ねたあと、厚木市のシティプロモーションオフィシャルソングとして書き下ろした“MICHIKUSA”へとたどり着いた。まさに“使命”からいろんな景色と出会いを巡り、今日幸せな気持ちでここに帰ってこられたストーリーを、そのまま描き上げるような曲順だ。
厚木市プロモーションソングのあとは、三重県桑名市の「桑名マイスター」であるMummy-D(RHYMESTER)から桑名市の魅力を発信する「魅力みつけびと」に任命されたことがきっかけで生まれた“祭(feat.Mummy-D)”。曲の途中で、ゲスト・Mummy-Dが「What’s up、厚木!」の挨拶とともに登場した。NakamuraEmiは、Mummy-Dのことを「私が厚木で曲を聴いて人生が変わったお方」「曲を聴いて自分の音楽のやり方、生き方を変えていったから、今がある。私を出産してくれた方」と紹介。そして、NakamuraEmiにとって人生が変わるきっかけになったRHYMESTERの“ONCE AGAIN”をともに歌うという特別なステージを展開した。彼女がRHYMESTERから「音楽よりも自分を磨け」というメッセージを受け取って、そこから生き方が変わったことを、オリジナルの16小節に乗せて歌った。
会場がヒートアップしているところをさらにクラップで煽り、オーディエンスのリズムに乗って歌い始めたのは“梅田の夜”。続けて“かかってこいよ”で、温度もテンションも高い状態をもう一段階引き上げる。会場中が笑顔で「かかってこいよ!」と自分自身にシャウトする景色は、多幸感に溢れていた。
一旦クールダウンするかのようにカワムラのギターと2人だけで聴かせた“めしあがれ”のあとは、“メジャーデビュー”。曲の途中で伊澤、まきやま、柏倉がステージに再度登場して演奏に加わった流れは、「音楽業界」や「メジャーデビュー」にビビって牙を剥いていた自分から愛する仲間が増えていった、人生の流れを表現しているようでもあった。
“メジャーデビュー”を歌ったあと、来年1月にメジャーデビュー10周年を迎えることを改めて告げると、2つのニュースを発表した。1つ目は、来年1月31日、KT Zepp Yokohamaにて、NakamuraEmiの対バン企画シリーズ「背負い投げ」第4弾を開催すること。ゲストはなんと、UVERworldだ。2つ目は、9月7日(日)に新曲“デイジー”を配信リリースすること。ここで披露した“デイジー”には、応援してくれる人たちへの感謝と、一人ひとりの人生への祝福が込められている。
いよいよラスト。「今日はありがとうございました」と挨拶をすると、温かい拍手が鳴り止まない。締め括りは「みんなの応援歌になったら幸せです」という想いで、改めて「厚木の人たちでできた曲」である“YAMABIKO”。しかもスペシャルバージョンで、途中からMummy-Dもジョイン。「1バース書いてきました」というMummy-Dは、「Emiちゃん!」のシャウトからオーディエンスに「おめでとう!」と声を上げさせてくれる場面を作ってくれた。最後は、うしろの幕が上がり舞台裏が剥き出しの状態に。それを見て、「これから自分も素っ裸で、素直に生きていこうと思います」という言葉を残した。
アンコールでは、マイクやアンプを通さずにカワムラのアコースティックギターと生歌だけで、客席を1階から2階まで渡り歩きながら、ファンからもらう手紙に「大丈夫だ」と思わせてもらっていることを伝える「ファンレター」を歌い届けた。その小柄な身体から生み出す、マイクを使わずとも広い会場中に響き渡る歌声は圧巻だ。
“MICHIKUSA”は、今年2月1日に市制70周年を迎えた厚木市のシティプロモーションオフィシャルソングだが、そこではこう歌われる――《だからここに帰ってくるんだ身体中ほどけていくんだ》。NakamuraEmiの音楽を愛する人なら存分に共感してくれると思うが、その感覚はまさに、私たちがNakamuraEmiの歌を聴いているときにもらうものだ。NakamuraEmiが「身体中ほどける」感覚を得る街で、全国から集まった人たちは「身体中ほどける」NakamuraEmiの音楽を堪能した。それを証明するかのように、幕が閉じると、この日一番大きくて温かい拍手が鳴り響いた。
テキスト:矢島由佳子
Photo:古賀恒雄
『NakamuraEmi 10TH ANNIVERSARY LIVE in 厚木市文化会館
~ ただいま & いらっしゃいませ ~』@厚木市文化会館 大ホール セットリスト
01.YAMABIKO
02.Don’t
03.大人の言うことを聞け
04.雨のように泣いてやれ
05.使命
06.東京タワー
07.スケボーマン
08.おむかい
09.いつかお母さんになれたら
10.一円なり
11.MICHIKUSA
12.祭 (feat. Mummy-D)
13.ONCE AGAIN with Mummy-D
14.梅田の夜
15.かかってこいよ
16.めしあがれ
17.メジャーデビュー
18.デイジー
19.YAMABIKO with Mummy-D
ENCORE
01.ファンレター
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