NakamuraEmi

NakamuraEmi
『PATCHWORK LIFE』
OFFICIAL INTERVIEW

「このアルバムが最後になっても、後悔はない」
NakamuraEmiが『PATCHWORK LIFE』で歌った“生と死”

みんなからもらったツギハギで10年を迎えることができましたという想いから、『PATCHWORK LIFE』というタイトルにしました。

―8thアルバム『PACHWORK LIFE』は、これまで歌ってこなかったことまで書いた、NakamuraEmiさんの胸の内にしまっていた大切な気持ちが表れた作品だと思います。ご実家が葬儀屋であることも歌詞に出てくることはなかったし、亡くなったお父様については、“東京タワー”に《40歳近くにもなって「お父さん助けて」って》という一行が出てくるだけで、それについて曲の中で深く触れたり、こういうインタビューの場で語ったりすることもなかったですよね。世の中には「死」を描くことで「今」や「生命」を輝かせるという表現手法があるけれど、Emiさんは常に「どう生きるのか」ということを歌っている中でも、その手法は取ってこなかったと思うんです。特にお父様が亡くなったときのことを書いた“エステみてぇだな”は……初めて聴いたとき、満員電車の中で泣かされましたし、何回聴いてもそのたびに涙が溢れます。

カワムラヒロシ 俺も泣いたもん。泣くよね、あれは。ミックスしていても最後まで聴けなかった。ずっと、そういうことを書きたいとは言っていたけど、やっぱり本人のタイミングというものがあるから。詞を書き溜めているノートにもそういう言葉の断片があったけど、毎回「まだタイミングじゃないか」みたいに思っていたら……最も予測してないトラックに乗っけてきたから、衝撃だった。

NakamuraEmi カワムラさんがワンコーラスのトラックを5曲分ほど送ってくれて、その中の3曲が“幕開け”、“呼吸”、“エステみてぇだな”になりました。

―なぜ今、「お父さんのことを歌おう」と思えたんですか?

NakamuraEmi お父さんの曲を作りたいんだけど、とにかく悲しくて辛くて、この7年間は触れられなかったんです。でも去年、地元・厚木でのワンマン(『NakamuraEmi 10TH ANNIVERSARY LIVE in 厚木市文化会館 ~ ただいま & いらっしゃいませ ~』)を、家族・親戚、お父さんの死に一緒に向き合ってくれた親友、今までの職場の人とか、いろんな人に観てもらって、あんなに幸せな時間を作ってもらったら、もう隠すものはないなっていう感じがして。そのあと今年1月にUVERworldさんとの2マンがあって、それが自分にとっては大きな壁だったんですけど、その1日を乗り越えたあとに「今なら書けるかも」と思って。UVERさんとお客さんにパワーをもらって、今じゃなきゃもう書けないかもな、10周年でこうやって背中を押されるときじゃないと無理かもと思って、2月に“エステみてぇだな”を書きました。

カワムラヒロシ “デイジー”を作ったからというのもあるのかな? 応援してくれるお客さんや一緒に歩いてきてくれた人のことを歌い切ったから、みたいな。

NakamuraEmi めっちゃある。“MICHIKUSA”で地元のことを歌い切って、“デイジー”でお客さんのことを歌い切って、“UBU”で自分の10年の葛藤を出し切ったから、そのあとに残ったひとつの大きなテーマが「生きていく」や「死んでいく」ということで、それがぶわっと出たらこんな作品になりました。

―ご自身の心の痛みや喪失と向き合い続けて、やっと言葉にできる状態になれた、という部分も大きかったですか?

NakamuraEmi 今でもそのことに関しては、「泣け」って言われたら一瞬で泣けちゃうほど、7年経ってもこんなにリアルなんだなっていうくらい残っているんですけど……みんなも、いろんな経験をされているじゃない?経験したくないけど必ずやってくるその日というのがあって、死に関してはそれぞれの感覚で思うことがあるし、誰かに相談しづらいテーマだとも思うから、そういうときに話し相手になれるような曲にできたらいいなと思っていました。

―“エステみてぇだな”には、《私の声は出なくなった》、《あなたがいなくなって 曲が書けなくなった》という歌詞が書かれていますけど、7年前の当時はそういう状態だったと知って驚きました。ライブでもこういうインタビューの場でも、NakamuraEmiとして表に出るときは、そんな素振りをまったく見せなかったですよね。

カワムラヒロシ “ばけもの”のレコーディングしているときも辛い時期で、もうね、すごかった。この人、よく歌えるなと思った。実際、歌えなかったしね。一旦寝ろって言って、2時間寝たらようやく声が出るっていう感じだったよね。

NakamuraEmi そう。余命1か月ですって言われたあとに“ばけもの”をレコーディングしなきゃいけなくて、歌いながらわけわかんなくなっちゃって。そのときは本当に、みんなに迷惑かけながらだったんですけど。

カワムラヒロシ 全然迷惑はかかってない。よくやったなっていう感じだった。

NakamuraEmi 『NIPPONNO ONNAWO UTAU VOL.6』(2019年)のリリース日のすぐあとに亡くなっているんですけど、あまり寝ずに看病していたから自分も体調が悪くなっちゃって、その日から喉がやられちゃって。曲も、お父さんのことを書いてしまいたいんだけど、書ける状況じゃなさすぎて。『NIPPONNO ONNAWO UTAU BEST2』(2020年)のリリースは決まっていて、しかもベスト曲が揃っている中で確固たる1曲を作らなきゃいけなくて、でもお父さんのことが心の中を埋め尽くしているのにそれ以外のことを曲にしようとするから、何曲あげても「これで行こう」というものにはならなくて。それで「どうしよう」と思っていたときに東京タワーへ行ってできたのが、“東京タワー”だったんですよね。

―2019年3月から6月まで、『NIPPONNO ONNAWO UTAU VOL.6』のリリースツアーとして24本もライブを回っていましたけど、そのときも本当は大変だったんですか?

NakamuraEmi 喉に結節ができていて、病院の先生にいろんな薬を出してもらったり、本番中にいろんなもの注入したりしながら、なんとかやり切ってました。それを終えて、11月に手術が決まっていたんだけど、すごく不思議なもので……手術する予定の前日に安藤裕子ちゃんとの2マンライブがあって、そこで今お世話になっているボイストレーニングの先生に出会ったんですけど、「今の声なら結節が消えているかも」って言われて。次の日に病院で診てもらったら、「手術はキャンセルできる」「これならボイストレーニングに通って歌い方を変えれば治せる」ってなって。

カワムラヒロシ そこからめっちゃ歌上手くなったしね。昔できなかったような歌唱法とか、伸びやかに声を出すことができるようになった。

NakamuraEmi その先生に出会って、歌うのが楽しくなりました。

―……まさに『PATCHWORK LIFE』ですね。悲しい出来事も嬉しい出来事も、いろんなものがツギハギでつながりながら、人生ができあがっていく。

NakamuraEmi 本当ですね。今まであった悲しかったこと、悔しかったこと、嬉しかったことが全部1枚のはぎれになっていて、それが全部つながって、人もつながって、このアルバムが生まれたし、歌を歌える心と体にさせてもらっているなって感じたんですよね。みんなからもらったツギハギで10年を迎えることができましたという想いから、『PATCHWORK LIFE』というタイトルにしました。このアルバムが最後になったとしても、マジで後悔がないと言えるものになったことが本当に嬉しいです。みんなにとっても、「今日、嫌な日だったな」と思っても「あの日があったから今日がハッピーなんだ」と思えることがあるかもしれないから、頑張っていこうぜっていう、相棒みたいなアルバムになったらめっちゃ幸せです。

カワムラヒロシ 寄りで見ると破れていても、ひとつの形になれば「意外と味があっていいんじゃない?」というふうに見える、というかね。「破れててもいいじゃない」みたいな意味も、このアルバムタイトルにはあるよね。

―お父様が亡くなったときのことを綴った曲に“エステみてぇだな”というタイトルをつけることもそうですし、“呼吸”の《大事な人のところに お迎えなんて来ようもんなら 鼻で笑ってやる まだはえぇから空へ帰れって》とかも、今のEmiさんはさらにワードセンスが輝いているなと思いました。暗く重たくなりそうなところに、少しだけユーモアを入れる感覚というか。

NakamuraEmi 嬉しい。特に“呼吸”のその部分は、死と向き合っているときに「こんなことを言ったらバチが当たるかな」みたいに思うことを、私が代わりに言っちゃう感覚でした。実際、私も「なんでこんなにいい人がこんなに大きな病気にならなきゃいけないんだろう」みたいに思っちゃう時期があったし。でも「本当に書いていいんだろうか?」って迷いました。何回も書き直した歌詞だったなあ。カワムラさんが作ってくれたトラックが回転している感じで、そこに「終わりを迎えなきゃいけないけど、それでもまだ続いていく人生が周りにはあって」というテーマがリンクして書くことができました。このトラックが助けてくれましたね。

―“PATCHWORK LIFE”の、泣いた次の日のことを表現するのに《ウミガメみたいに腫れた瞼》と言っているのも、ウミガメ!?って二度見しましたもん。すべての小節を真面目に書かなきゃいけないと肩肘張っていたようなところから、力みが抜けた今だからこういう言葉の表現が生まれて、“呼吸”や“エステみてぇだな”みたいな死について触れる曲も書けたのかなと思いました。

NakamuraEmi 確かに。そういうところは、今まで出会った人たちに広げてもらった部分だなと思います。今年の2月あたりから制作が始まったんだけど、そのあいだにRHYMESTERさん、THA BLUE HERBさん、竹原ピストルさん、鎮座DOPENESSさん、スチャダラパーさんとかとご一緒させていただいて、ひとつ砕けた部分があることでふわっと入っていけたりするんだなと学ぶところがあって。真面目すぎると受け入れにくいところをユーモアが救ってくれるんだな、こんなふうにできたらいいな、という想いがありました。

―死のことを歌った曲があったうえで、ご自身で「満を持して私にもやっと『結婚式で流せる曲』ができた気がします」とコメントされている“RIBBON”の《君より長生きするよ 君を一人ここに残したら 泣いてばかりになるだろう》という一節がまた効いてくるんですよね。失ってしまう辛さを経験したからこそ、この究極の愛の言葉が出てきたんだなと思って。サウンドも、オルガンが響くチャーチーで神聖な要素もありながら、今までにないくらい壮大なポップスに仕上がっていて、最高の愛の歌だなと思いました。

NakamuraEmi なかなかなかったですよね。これは本当に「ポップ」。実はポップって、歌い方もアレンジも、一番難しいなと思っていて。カワムラさんがアレンジでバグパイプを出してきたときに、ポップなんだけどちょっと民族感を感じるというか、人の呼吸感がちゃんと見えるものになって、すごいなと思いました。《君より長生きするよ〜》のところは最初全然違う歌詞だったんだけど、この歌詞になったときに、ここでも死というものを意識してしまうんだなって自分で思いました。これがある意味、愛の形なんだろうなとも思ったし。

道草するのはとても大事なんだなって。
私もそういう面白い大人の一員になれたらいいなと思います。

―カワムラさんがプロデューサーという立ち位置から見て、今作では、作り方や表現方法においてどんな変化がありましたか?『NIPPONNO ONNAWO UTAU BEST2』を出した直後にコロナ禍に入って、人とスタジオに入ることが難しくなったこともあってカワムラさんのプログラミングスキルが向上し、同時にEmiさんも、もともとは特に歌詞において自分の世界を自分で守りたい気持ちがあったところを「カワムラさんが入ってきても大丈夫」という心持ちになって共作が増え始めた、というのが『Momi』(2021年)の制作途中からでしたよね。その方向性のまま、外のレコーディングスタジオではなくカワムラさんのプライベートスタジオで仕上げる曲が増えつつも、Mummy-Dさん、さらささん、XinUさん、MASSAN×BASHIRYさんなどのフィーチャリングを取り入れたのが次の『KICKS』(2024年)でした。そして今作は全曲、すべての音をふたりだけで作り上げられています。

カワムラヒロシ 「こういう曲があるといいよね」みたいなことは普段の会話の中でEmiちゃんとたくさん話していて、Emiちゃんが今どういうものを作りたがっているかが大体なんとなくわかるから、プロデューサーとして意識したのは、そのトリガーとなるものを作ること。あとは「鏡になる」と言うのかな。人って、誰かと会話することで、自分が今何をしたいのかに気づくことがあるじゃないですか。だから自分がEmiちゃんと会話をすることで、Emiちゃん自身が「私、今これが歌いたいのかも」って気づくみたいな、自分で自分の姿が見えてくるような鏡になることを意識しました。前作くらいから、自分のプロデューサーとしての役割はそっちなのかなと思っています。

NakamuraEmi 「曲を作る」みたいな脳みそになると重たくなっちゃうところがあるので、普段の会話から「Emiちゃん、最近それが気になってたんだね」って言ってもらったり、曲になる何かを私に発見させるヒントを投げてもらったりしたのがよかったなと思います。私が気になる音とかも全部カワムラさんに共有していたから、テーマとかを決めることなく5曲のトラックを送ってくれて、それによって自由度の高い制作ができました。

カワムラヒロシ これまで生楽器の録音をやりまくってきてノウハウが溜まっているから、今作はそれを活かして、僕らが影響を受けてきた90年代、2000年代のヒップホップ、ジャジーヒップホップ、ロックを今作ったらどうなるかということを随所に散りばめました。そのときの音っぽく作るというよりかは、たとえばEmiちゃんが好きなヒップホップにおいて大事な文脈であるサンプリングという手法を、今どう取り入れるのかということを考えるのが面白くて。たとえばNujabesさんの音を今表現するとしたらどうやって作るかという話もしたし、2000年代にはできなかったであろう低域の作り方を意識したりもしたし。録音技術やソフト音源の音質含めて、そういうことが自分たちでトライしやすい環境になったなと思います。

NakamuraEmi カワムラさんの中で、コンマ何秒の単位で「ここで鳴ってほしい」というのが明確にあって、その位置で鳴らす意味も全部説明できるから、誰かに演奏をお願いして生録音でやるのも素晴らしいんだけど、今回のアルバムは自分たちでやるのがいいのかもというところに辿り着きましたよね。

カワムラヒロシ 今回はその作り方がよかった。ひょっとしたら今後また「生バンドで鳴らしたい」という曲が出てくるかもしれないし、そうなったら生で録るけどね。

―アルバムって、私は1曲目の1小節目の音がすごく大事だと思っているんですけど、『PATCHWORK LIFE』は1曲目“幕開け”の冒頭から音が気持ちいいなと思いました。音に磨きがかかったのは、カワムラさんの打ち込み、レコーディング、ミックスの腕と、テクノロジーの向上によるものが大きいですか?

NakamuraEmi 本当、それがもう第一。

カワムラヒロシ あとは今回、マスタリングをデンマーク人のBirk Bにお願いしたこと。多分、日本人で一緒にやっている人はいないと思う。ひたすら探して、「この人だ!」って見つけて、「あなたのこの作品のマスタリングが好きで、この曲をやってみてもらいたいんですけど」みたいな感じでメールしたところからつながりました。よくEDMをマスタリングしているエンジニアで、掛け合わせたら面白いだろうなと思って。今回は「死」がテーマにあるけど、曲調は「生」を感じるものだから、ダンスミュージックまではいかないけど、そういうグルーヴを作るのがBirk Bなら上手いだろうなと。言葉がわかるとそっちに寄っちゃうだろうから、日本語がわからない人がいいというのもありました。歌を抜いても成立するようにトラックを作っているんですけど、今回は特にインストがめっちゃいいと思います。

―近年、Emiさんの中で音楽活動に対する姿勢とか、「どこを目指すのか」という目線に変化があったのかなと感じていたんですよね。“デイジー”の《ここにいる君を いつかあの大きな場所へ 連れていけるのか いけないのか いかなくてもいいのか 考えるようになった》という一行は、包み隠さない言葉でドキッともしました。“エステみてぇだな”のライナーノーツには「『絵美は音楽をやっていけ』というメッセージを、私の父は最後の最後の瞬間まで伝え続けてくれました」という言葉がありますが、7年前の出来事をきっかけに、音楽に対する意識や覚悟の変化が生まれたところもあったのでしょうか。

NakamuraEmi うん、まさにそうかも。家族会議で「死に目に会えなくてもいいよ」と話していたんだけど、実際にライブの10分前にお母さんから電話がかかってきてこういうことになるというのは、「歌う覚悟を決めなさいよ」ってお父さんが命を持って言ってくれている気がして。あそこで覚悟が決まったというのはすごくあるかも。

カワムラヒロシ 当日の後ろ姿をめっちゃ覚えてる。照明が向こうからバーンって当たっててさ。多分お父さんがもう亡くなっているんだろうなって、こっちもわかるじゃん?どうするんだろうと思ったけど、あのときの神々しさはすごかったよ。敵わないなと思った。この人は、多分ずっとこういうふうに歌っていく人なんだなって思った。

NakamuraEmi そこからコロナがきて音楽業界も変わったし、それまではデビューしてウワーッと走ってきた感じだったけど、どうやって音楽と生活をともにしていくのかを考えるようになって、この5、6年でもう一回土台を作り直していく作業をさせてもらったなという感じがします。デビューした頃って、よくわかってなくて「とにかくライブをする」という感じだったけど、改めて落ち着いて考えてみると、1個1個のイベントには誰かが絡んでいて、企画側の想いがあって、1枠にNakamuraEmiを呼んでお客さんを集めようとしてくれているんだと思うと、誘ってくれること自体がめちゃくちゃ嬉しくて。だから今は、ライブに誘われたらなるべく引き受けたいなと思うんですよね。

―『PATCHWORK LIFE』を聴いて思ったことは、ものすごくシンプルなんですけど……NakamuraEmiというアーティスト、Emiさんという人間がいてくれてよかったということでした。年齢やライフステージによって、人生の中に訪れる悲しみやしんどさの種類は変わると思うんですけど、常にEmiさんが一歩前を歩きながら歌い続けてくれて、その時々の言葉にならない感情を歌ってくれたり引っ張ってくれたりするんだなという安心感がすごいです。

NakamuraEmi その言葉だけで一生、生きていけそう。嬉しい言葉。

カワムラヒロシ 逃げずにちゃんと歌うよね。このあいだTOSHI-LOWさんも「こいつは歌うことから逃げてない」みたいなことを言っていたけど、確かにずっとブレずにちゃんと書き続けているなって思う。

―これだけやっていたらテクニックでいい歌詞を書くこともできるはずだけど、Emiさんからは、そこだけに頼らない凄味を感じます。

NakamuraEmi そうやって書くとカワムラさんにすぐバレる……(笑)。それこそ“幕開け”も第一段階は全然違う歌詞だったのに、「Emiちゃん、これは違うね」って言われて書き換えました。そのあとにこの歌詞ができて、これをライブのオープニングで歌っていると、どんどん落ち着くような、味方みたいな曲になったからよかったなって思います。最近、長くやっているミュージシャンの先輩たちがなぜ残っているのかがわかってきて、表現は超自由だけど、すっごく優しかったりぶっ飛んでいたりするなと思って。しかもこの人たちは、あちこちを回ってきた人たちだよなって思うと、道草するのはとても大事なんだなって。私もそういう面白い大人の一員になれたらいいなと思います。

INTERVIEW & TEXT:矢島由佳子

NakamuraEmi メジャー8thアルバム『PATCHWORK LIFE』
2026.10.07 Release
CDCD COCP-42742
¥3,800(税抜価格 ¥3,455)
2026.10.07 Release
LPLP COJA-9612
¥5,500(税抜価格 ¥5,000)
収録曲はこちら 購入リンクこちら 配信リンクこちら

NakamuraEmi特設サイト

↑