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連載内容

「レコード芸術」などで活躍する気鋭の評論家、広瀬大介さんが、オペラに登場する日の当たりにくい脇役になりきり、そのオペラの魅力と鑑賞のツボを押さえた作品解説、対象映像の演出について語る、世にも不思議ななりきり一人称ガイド。
これぞ自己言及のパラドックス!ねじれの向こうに真実がみえる!

プロフィール

広瀬大介

1973年生。一橋大学大学院言語社会研究科・博士後期課程修了。博士(学術)。著書に『リヒャルト・シュトラウス:自画像としてのオペラ』(アルテスパブリッシング、2009年)、『レコード芸術』誌寄稿のほか、NHKラジオ出演、CDライナーノーツ、オペラDVD対訳、演奏会曲目解説などへの寄稿多数。
Twitter ID: @dhirose
最近、無味乾燥な歴史書の代表格『徳川実記』に現代語訳が登場しはじめ、うれしさを噛みしめつつも、昔苦労して読んだのは何だったのか、と一抹の寂しさも感じているところ。好きな食べ物は相変わらず甘いチョコと甘い梅酒。

日本コロムビア

オペラ・コラム道場

なりきりオペラガイド:脇役だってこれだけは言いたい/広瀬大介

第6回 《道化師》
座長は悪くないんだ! ベッペ、取り調べ刑事に必死の訴え

《道化師》とは
19世紀のイタリアの楽譜出版業は、ロッシーニやドニゼッティ、そしてヴェルディの版権を所有するリコルディ社の寡占状態だった。その後、音楽出版部門を立ち上げた後発のソンツォーニョ社が、自社で抱え込むべき有能な作曲家をスカウトすべく始まったのが、1幕もののオペラのコンクール。第2回にはマスカーニの《カヴァレリア・ルスティカーナ》(1890 年)が入選し、それを見て発憤した作曲家ルッジェーロ・レオンカヴァッロが第3回のコンクールに自作を応募。ところが、応募作は2幕ものだったために、あえなく落選してしまう(おおざっぱなイタリア人はこれだから…)。それでも、作品の素晴らしさがソンツォーニョの社長の目に留まり、めでたく初演、大成功を収める。神話や歴史的題材を主として取り上げてきたオペラで、日常生活や暴力描写を含めた生活の「真実」を映し出す「ヴェリズモ・オペラ」の代表作として、現代でも繰り返し上演されている。

1865年、8月16日。南イタリア、カラブリア州イタリアをブーツに見立てるならば、足のつま先に当たる州。つま先の先にシチリア島がある。の州都カタンザーロにある警察の一室。旅回りの一座で、座長カニオを支え続けてきた小心者ベッペ脇役にして今回の主人公。表記には「ベッペ Beppe」「ペッペ Peppe」と揺れがあります。スコアでは「ペッペPeppe」ですが、ここでは対象DVDの表記「ベッペBeppe」に従いました。は、 8月15日に、そのカニオが同州モンタルト村での公演中に犯した殺人事件の重要参考人として任意同行を求められ、化粧も落とさず着の身着のままで警察にやってきた。初老カニオは同じ警察の留置場内に収監され、誰とも面会が許されていない。カニオの美人妻ネッダ、村のイケメン青年シルヴィオは、芝居が上演されていた村の広場で即死。現在司法解剖にかけられ、死因が確認されている。メタボの同僚トニオは現在逃走しており、警察は殺人教唆の疑いで、トニオをイタリア全国に指名手配中。取調室で一人待たされ、緊張のあまり、夏だというのに体の震えが止まらないベッペ。やがて、取調室に刑事X、刑事Yがやってくる。

心優しき喜劇役者ベッペ。第2幕の劇中劇ではソロで愛の歌を歌うなど、印象的な脇役である

刑事X: まったく、今年の夏も、滅茶苦茶暑いな。おい、ベッペさんよ。おめえ、こんな蒸し風呂みたいな部屋にいるのに、何でそんながたがた震えてんだ? 別におめえを疑ってるわけじゃねえから、もっとリラックスしろよ。

ベッペ(以下B): ええ、はい、あの、ありがとうございます。

刑事Y: そんなおどおどしないでいいんですよ。ベッペさんには目撃者として犯行当夜の状況をお伺いしたいだけなんですから。どうしたんですか? もしかして風邪でもひかれましたか?

B: いや、いえ、どうぞお気になさらず。

刑事X: お気になさらずって言われても、こっちが気にするんだよ。あ、おめえ、もしかして腹へってんじゃねえのか? 

B: ええ、そういえば昨日から何も…。

刑事Y: そういうことでしたか。じゃあ、ちょっと待ってくださいね。

……20分後、取調室のドアが開き、なにやら見慣れぬアルミ製の四角い箱が運ばれてくる。蓋をたてにスライドさせると、中からこれまた見慣れぬ陶製の器が現れた。手に取ると、じんわり暖かい。

刑事X: …おめえさんよ、これでも食って落ち着けよ。そうそう、蓋をとってな、下の銀シャリと出汁の染みたカツ、半熟の卵を一気呵成にかっ込んでな・・・ってカツ丼かよ! ここはイタリアだぜ、カツ丼なんかねえよ。大体、そのカツ丼ってのは、せっかく揚げたサクサクの衣がつゆと卵で台無しじゃねえか! ジャポネーゼは何を考えてるんだ。俺には信じらんないね。俺の生まれ故郷、ミラノのカツレツを喰わせてやりたいよ。

刑事Y: ボスって、ミラノのご出身だったんですね。それで南にいらっしゃるというのは珍しい。まあ、わかりました。じゃあ、純ナポリ風マルゲリータナポリのピザ屋が、1898年、同地にやってきたウンベルト1世とマルゲリータ王妃を歓迎するため、イタリア国旗の赤(トマト)、白(モツァレラチーズ)、緑(バジル)でピザを作ってもてなしたのが始まりといわれる。あれ、この舞台は1865年だから、まだマルゲリータはないはずでは…。を用意させますね。

刑事X: おう、頼んだぜ。

刑事Yが再び取調室を出て行った。部屋には刑事Xとベッペの二人だけ。相変わらずベッペの震えは止まらない。

旅芸人一座の長カニオ。クライマックスでは狂犬と化す そして座長のカミさん、ネッダ。彼女の不倫が面倒を巻き起こすのだ

刑事X: さて、と。お仕事お仕事か。で、おめえは劇団に入って長いのか?

B: ええ。も、もう10年くらいにはなるかと。座長が、演技だけじゃなくて、読み書きも、人としての礼儀も、全部教えてくれたんです。座長は、ぼ、ぼくにとってのお父さんであり、神様であり、そして、そして…。

刑事X: わかった、わかったよ。とにかくすげえ人なんだな。そんなカニオ座長が、殺しちまったカミさんと知り合ったのはいつなんだ?

B: ネ、ネッダのことですか? あいつは、ぼ、ぼくが劇団に入ってから数年後、道端で泣きべそかいているところを座長が拾ったんです。何でも、父親は行方不明で、母親は流行病(はやりやまい)でついこの前死んじまった。ど、どうしていいかわからない、ってんで、座長が不憫に感じて、自分の劇団に引き取ったんです。あんとき、ネ、ネッダは13・4歳くらいだったはずです。ぼ、ぼくよりも年下なんです。

刑事X: おい待てよ、カニオは確か50歳くらいだったはずだよな? それでネッダと結婚したってのか?

B: そ、そうなんです。さらに数年後、ネ、ネッダと座長がそういう関係になったことを、ぼ、ぼくは、トニオさんに教えてもらうまで、長いこと知らなかった。ネッダは、と、歳を重ねるにつれて、どんどんきれいになっていきました。あいつも、座長のことを、父親みたいに、お、思っていたんじゃないかと。

刑事X: なるほどね。世間体を憚って、籍を入れてなかったのかもしれねえな。まあ、それはこっちで調べさせればわかるこった。おまえさんは、ネッダのことをどう思ってたんだ?

B: はじめは仲良く遊んでくれていたのに、そのうち、少しずつ距離を、お、置かれるようになって、ちょっと、寂しかったのは事実です。でも、劇のなかでは、こ、恋人同士という役を演ずるもんだから、そのときは、ちょ、ちょっとは…。

刑事X: ときめいた、ってわけか。

B: ええ、まあ…。

全国指名手配中のトニオ容疑者

刑事X: 顔赤くしてんじゃねえよ、今時珍しい純情な奴だな。ホントに風邪ひいてんじゃねえだろうな? で、トニオもネッダを狙ってたと?

B: はい。随分とストレートなことを言っていたみたいです。ぼ、ぼくももっと若い頃、トニオさんが「あの腰つきがたまらねえ」って言ってたのを、意味がわからないながら聞いた記憶があります。でも、ネ、ネッダは、トニオさんのことを、ことを…。

刑事X: 嫌ってたんだな。トニオってのは、メタボ野郎だったらしいな。目立つだろうから、逃げたところですぐ捕まるだろ。ん、大体のところはわかった…。

くわえ煙草をくゆらせながら、何やら調書に書き込む刑事X。ベッペは相変わらず震えながら、不安げに、部屋の周りを始終きょろきょろと見回している。そこへ、刑事Yがあつあつのマルゲリータを持って、戻ってくる。

刑事Y: さあ、お待たせしました。ベッペさん、どうぞ、食べて下さい。質問には食べながら答えてもらって構いませんよ。ボス、調書は私が書きますから、どうか質問のほうに専念して下さい。

刑事X: そうか、わりいな。どうも慣れねえことをすると、頭が痛くなっていけねえ。じゃあそろそろ、事件当日の話を聞くことにすっか。モンタルトについて、公演日はその2日後だったか。公演の当日、おめえは何をしてたんだ?

B: ほ、ほのひは、まふ、よふはらしわひをやるはら、ひんな、ひにほいよ、と、むらほひほにほえをはへ…。あひ、あひひひ…。

刑事X: なんだって? ピザをほおばりながらじゃ、ちっともわからねえよ。

刑事Y: 「その日はまず、夜から芝居をやるから、みんな見に来いと、村の人に声をかけた」と言っているのでは?

刑事X: ……お前、どうしてわかるんだ?

B: ほ、ほうれす。ああ、熱かった。舌、火傷しちゃったんで、よ、よく冷えた白ワインを一杯……。

刑事X: 調子に乗るんじゃねえ! ここは留置所だぞ。あるのは水だけだ。さあ、続けろ。

B: はい。すみません。その後、開演までにはまだ時間があるから、一杯飲みに行こう、と座長に言われて、も、モンタルトの村長一行と居酒屋に行きました。ちょうど盛り上がった頃です。と、トニオさんが血相を変えて居酒屋にやってきて、座長の耳に何かささやいたんです。そ、それまで酒を飲んでた座長の赤ら顔が、すっと青ざめて、何も言わずにその場を出て行ったんです。こ、これはなにか起きたなと。村長にお詫びをして、ぼ、ぼくもあわてて後を追っかけました。そしたら、座長が、ネ、ネッダを折檻していて…。

刑事Y: その理由は、ベッペさんも心当たりがあったわけですね。

ネッダの不倫現場。盛り上がってるところすみませんが、奥さん、トニオに見られてますよ 「衣裳を着けろ」を歌う座長。涙無しには聴けない観られない…

B: はい。ここ数日アイツが稽古を抜け出して、ど、どこかに行くのは見ていたし…。今思えば、あれは、お、男に会いに行ってたんですね。アイツ、最近酔っぱらった座長によく殴られる、ってこぼしてました。もう芝居なんかしたくない、やりたくてやってるわけじゃない、って。と、鳥になってどっかに飛んでいきたい、って…。

刑事X: 年の差婚によくありがちな展開だな。で、お前は逆上するカニオとネッダを引きはがした、と?

B: そ、その段階でもう、開演まで1時間を切ってたんです。こ、こ、ここで芝居を中止にするわけにはいかないし、とにかく今日はやるしかない。喧嘩は後にしてほしい、っていう、それだけです。でも、座長は、衣裳を着て有名なアリア《衣装を着けろ Verti la giubba》。この曲では、愛に敗れた自分の悲哀をホ短調、甘い愛の思い出を(歌詞なしで)回想する場面はホ長調、という同主調で描かれる。ホ長調、覚えていますか、《椿姫》で「永遠の愛」を奏でていたのがホ長調だったことを。おしろいを塗りながら、ほ、ホ短調の前奏が聞こえただけで泣いてました。 こんな時にまで喜劇を演じる自分が恨めしい、って。物陰から見ちゃったんです。も、もう座長が不憫で不憫で…。

刑事X: おい、そんなに泣くなよ。こっちまでしんみりしちまうじゃねえか。

刑事Y: ベッペさん、本当に座長思いなんですね。

B: と、とにかく、ぼ、ぼくは一生懸命その日の舞台を務めようと頑張りました。ぼ、ぼくの役は、よりによって、コ、コロンビーナに横恋慕するアルレッキーノです。まるでそ、その日の出来事をなぞっているようで、気分が重かった。気がついていたんです。客席のなかに一人、ぼ、ぼくのほうをねっとりとした目つきで眺める男がいるのは。ぼ、ぼくは、あのときわかってたんだ。助けようと思えば、あの男も助けられたんだ…。

刑事X: おめえ、ホントにクソまじめなんだな。感心するよ。で、舞台上に、カニオ扮するパリアッチョが登場したと。

B: 初めから、目つきがお、おかしいなとは、お、思っていたんです。こ、声色を作ってないし、いつもみたいにおどけない。どうして裏切った、って素の調子できくもんだから、お、お客は迫真の演技だって勘違いしたみたいで、感動したり、泣いてたり、と、とにかく、喜劇なのに悲劇、みたいな、異様な雰囲気になってしまったんです。

刑事X: で、ネッダはどうしたんだ?

B: はじめのうちは、劇の筋に、も、戻そうとして、一生懸命演技してました。でも、そ、そのうち「男の名前を言え」って座長に言われたあたりで堪えられなくなったみたいで、「わたしは愛に生きる!」開き直ったネッダ。シルヴィオとの恋に生きる決意を高々と歌い上げる調性は、何だかお分かりですか。そう、もうホ長調しか考えられませんよね。って。座長はそれで、完全に理性を失ってしまいました。でも、舞台上で使うナイフには刃がついていないのに、ど、どうして座長はあのナイフでネ、ネッダとあの男を刺せたんでしょう?

混乱した現場を写した写真のため分かりづらいが、トニオ容疑者がナイフを渡す決定的瞬間 カニオ座長、ネッダを刺す。うしろにベッペが

刑事Y: 芝居を見ていた村人の証言によると、その時タッデオを演じていた男が、胸元から何かを出して、パリアッチョの手に持たせた、というのですが、それがまさか…。

B: ト、トニオさんが?! そんなバカな!! そ、それじゃあ、座長はト、トニオさんにそ、唆された、ってことなんですか? だって、村の男とネ、ネッダがいい仲だってのと、ト、トニオさんとどういう関係が…。

刑事X: おい、突然焦りだしたけど、どうしたんだ? まさかおめえ、トニオとグルだったってんじゃねえだろうな? 

突然すごんだ刑事X、机の上に置いてあったスタンド式ライトを手にして、ベッペの顔を照らし出す。ますます怯えるベッペ。

B: まぶしい!! 

刑事Y: まあまあ、ボス。この人、そんなことできるタマじゃありませんよ。

刑事X: ふん、ちげえねえ。まあ、今の段階では想像するしかねえけど、順当に考えればトニオも一枚噛んでんだろうな。おめえも言ってただろ、トニオがネッダに色目を使ってた、って。多分色恋沙汰でトニオがネッダに憾みを含んでて、その腹いせに嫉妬深いカニオを唆して、殺させるように仕向けたんじゃねえのか? カニオがネッダを刺したとき、トニオは何をしてたんだ?

マドリッド王立劇場のDVDでは、トニオは客席の間を抜けて立ち去る

B: 「芝居は終わった!」 って叫んで、そ、その場からすぐに立ち去ってしまったこの最後の台詞を、カニオに言わせる演出が増えているが、楽譜上ではトニオの台詞。筆者はちゃんとトニオに語らせた方が良いと思います。んです。

刑事X: ますます怪しいな。

刑事Y: ですね。

B: 刑事さん! 座長は、ほ、本当にイイ人なんです! 芸のことでは厳しかったけど、面倒見もいいし、一座の人達を、こ、心から心配してくれました。ネ、ネッダのことでは苦しんでいたけど、それだけで人をこ、こ、ころ、ころ、殺せるような人じゃありません! そりゃ、うちの座長はコワモテですよ。、テアトロ・レアルの舞台で演じてるウラジーミル・ガルージンさんみたいな顔だと余計に怖いし。、お、往年のカルーソーさんみたいに優雅で甘い声だと、印象もだいぶ変わりますけどね…。

刑事X: は? ガルだのカルだの、なにを言ってやがんだ? 

B: そ、それはともかく、きっと、座長はと、とても苦しんでいたんです。刺してしまった後に、我に返ったときの顔が幕切れの音楽の調性は? そう、ホ短調です。さらに、《衣装を着けろ》で「笑え、パリアッチョ!」と絶唱する箇所の旋律が、全オーケストラで奏でられ、観るものの涙を誘います。そういえばこの手法、どこかで見ましたね。そう、前回《ラ・ボエーム》の幕切れで、コッリーネのアリアの一節が再利用されている、っていうあれです。、無理矢理笑っていたようで、いまでも忘れられません。 ど、どうか、わかってあげて下さい! お、お願いします!

刑事X: まあな、俺も奴が悪人じゃねえ、ってのは、長年この仕事をしてるから、ようくわかってるつもりだ。とはいえなあ、人を二人殺しちまってるからなあ…。

B: 人を二人殺すと、どうなるんですか?

刑事Y: 我が国の判例でいえば、一審で無期懲役か死刑になるのは、まず確実でしょう。情状酌量の余地は十分にあるとおもいますが、それも今後出てくる情況証拠次第でしょうね。

B: そ、そんな、座長が、し・け・い…。

泣き崩れるベッペ。それを同情と憐憫と、少しもて余し気味に見詰める刑事X、刑事Y。

刑事X: わかった、わかったよ。涙を拭きな。それで、この顛末、レオンカヴァッロなる御仁がお涙頂戴オペラにしたわけだが、ベッペ、おめえはこの芝居の見どころはどこだと思ってやがんだ?

刑事、ふたたびライトで顔を照らす。ベッペ、嗚咽にむせびながら、見どころを語る。

B: ううう…。だからまぶしいですって…。見どころですか。そ、そりゃ、僕の歌う小粋なセレナーデ「ああコロンビーナ」に決まってるじゃないですか。ううう。

刑事X: おめえ、泣いたり自慢したり、なにがなんだかわかんねえな。

B: ううう…。冗談ですよ、そ、そんな怖い顔しないで下さいよ。刑事さんもそうだけど、みんなこの作品をただの「お涙頂戴」ものだと思ってるのが、ぼくは悔しいんです。座長はネッダの裏切り、トニオの唆しによって、ど、どんどん追い詰められてしまうんです。でも、そ、そうなってしまったのは、誰のせいでもないんです。正義のヒーローも、悪役もいない、ほ、本当に人間が自分の損得だけを考えて動いた結果起こった悲劇。そんなところに、この芝居の「真実」があるんじゃないでしょうか。ぼ、ぼくが小心者で、座長を救ってあげられなかったのも、また「真実」の一部なんです。真実を描くってことは、とても残酷なんじゃないかと思うんですよ。ううう…。

刑事Y: なるほど、それが「ヴェリズモ・オペラ」の本質ってやつかもしれませんね。確かにこの話、神様も英雄もいないもんなあ。

刑事X: おいベッペ。涙で顔のおしろいが剥げてきてるぞ…。

悲しみの涙がベッペの素顔を露わにする。

B: ああ、なんてこと。優男(やさおとこ)アルレッキーノが台無しだ!

刑事X: おめえ、素顔のほうがいいツラ構えじゃねえか。ふん、真実も残酷なことばかりじゃねえな。

刑事Y: ボス、きれいにまとめましたね…。

第6回・了

このオペラが観たくなったら…

マスカーニ 《カヴァレリア・ルスティカーナ》
レオンカヴァッロ《道化師》
マドリッド王立劇場 2007

イタリアが生んだヴェリズモ・オペラ(人々の日常生活から題材を得たオペラ)の傑作二題。女の嫉妬が引き起こす悲劇を描いた《カヴァレリア》。そして男の嫉妬が悲劇を招く《道化師》。男女の違いはありながらも、いずれもリアルな感情のもつれを情熱的な旋律で描いており観る者の胸を打ってやみません。演出のジャンカルロ・デル・モナコは単なるダブル・ビル上演でなく、《道化師》の間に《カヴァレリア》を挟む形で上演することで、更なる一体化を試みました。ヴェリズモの実相を追求した新たな構想が、嫉妬が招く悲惨な結末をより鮮明に炙り出します。緩急に富むロペス・コボスの指揮にウルマーナ、ガルージンらの熱唱も必聴です。

■キャスト&スタッフ

《カヴァレリア・ルスティカーナ》
サントゥッツァ:ヴィオレータ・ウルマーナ
トゥリッドゥ:ヴィンチェンツォ・ラ・スコーラ
ローラ:ドラガナ・ユーゴヴィチ
ルチア:ヴィオリカ・コルテス
アルフィオ:マルコ・ディ・フェリーチェ

《道化師》
カニオ:ウラジーミル・ガルージン
ネッダ:マリア・バーヨ
トニオ:カルロ・グエルフィ
ベッペ:アントニオ・ガンディア
シルヴィオ:アンヘル・オデナ

演出:ジャンカルロ・デル・モナコ
指揮:ヘスス・ロペス・コボス
マドリッド王立劇場管弦楽団&合唱団(マドリッド交響楽団&合唱団)

■収録

2007年2月27日、3月2日 マドリッド王立劇場(スペイン)

■SPEC

  • [収録時間] 199分(本編150分・特典映像49分)
  • [字幕] 日本語・イタリア語
  • [映像] 16:9 カラー
  • [音声] リニアPCMステレオ
  • [ディスク仕様] 片面2層 (特典ディスク付)
  • DVD●TDBA-5046~7 ¥6,090円(税込)
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