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連載内容

『絵はがきの時代』(青土社)の著者、細馬宏通さんのオペラ絵はがき連載。
細馬さんの所有するオペラ絵はがきコレクションをもとに、絵はがきの時代=図像交換の時代であり、さらにオペラ絵はがきがオペラをアイコンとして交換するメディアであったことを明らかにします。 初演当時の絵はがきから透かし見える時代精神!

プロフィール

写真:渋谷博

細馬宏通

1960年西宮市生まれ。滋賀県立大学人間文化学部教授。専門は会話とジェスチャーの分析、 19世紀以降の視聴覚メディア研究。著書に『絵はがきの時代』『浅草十二階』(いずれも青土社)など。バンド「かえる目」で作詞・作曲とボーカルを担当。
好きな音楽:中学生時代はブーレーズ指揮のドビュッシーとラベル、高校時代は荒井由実と矢野顕子、いまは物音から鼻歌まで。 好きな食べ物:ご飯と干物。

日本コロムビア

オペラ・コラム道場

交換されるオペラ:オペラ絵はがきの時代/細馬宏通

第1回 郵便とオペラは関係するか

わたしは、絵はがきの蒐集家ではあるが、オペラに関してはしろうとである。それも、筋金入りのドシロウトである(ドシロウトに筋金も何もないものだが)。生のオペラを観たことがない。映像で通して観た作品も片手で足りる。口ずさめるアリアもレチタティーヴォもない。三大テノールの名前も分からない。ああ分からない分からない。

そんな輩が、なぜこんなところで文章を書いているかといえば、たまたまわたしがイタリア・オペラの古い絵はがきを何枚か持っているのを、旧知の仲であるクリエイティヴ・コアの服部氏が知ってしまったからなのだ。興が乗ると突然、頭の中で鳴っている曲に合わせて指揮を始めてしまうという愉快な性癖を持つ服部氏は、「20世紀初頭のイタリア・オペラの絵はがきはなかなかデザインがいいんですよ」というわたしのヨタ話を聞いて、いいですねえ、それで文章書きましょうよ、と、バルトークの弦楽四重奏曲第四番を口ずさみながら変拍子を振り始めた。つい、二つ返事で引き受けたものの、先に書いたように、当方はオペラに関してまるで門外漢。というわけで、このところ、取り寄せたDENONの「スタンダード・オペラ20」を観ながら少しずつ楽しんでいるところなのである。

《フィガロの結婚》より

見始めると、おもしろいことに、郵便とオペラというのは、それなりに関係があることが分かってきた。まず筋書きの中に手紙がしばしば登場する。<手紙の二重唱>のある《フィガロの結婚》はもちろんのこと、《セヴィリアの理髪師》しかり、《椿姫》しかり、さまざまなオペラ作品で、登場人物は机に向かって手紙を書き、あるいは届いた手紙をばさりと広げて、節をつけて朗々と読み上げる。こうした所作は、現在の感覚からするといかにも大げさで、オペラのためにわざわざ作った身振りのように映るが、当時の事情を考えるならば、さほど現実離れしているわけではない。読書の歴史をひもとけばわかるように、文章を黙読するというのは現在のように一般的ではなく、かつてはむしろ、音読するということが一般的だった。昔の小説を読むと、知人から来た手紙をサロンに集った人々の前で読み上げるというくだりが出てくることもある。

といった具合に、この音読の問題を始め、オペラの「手紙」場面にはどうやら、郵便史を刺激するさまざまな風俗的手がかりが埋め込まれていそうである。

さらには、オペラをはじめとするクラシック音楽のシステムは、印刷技術という問題と深く関わっているらしい。印刷メディアと音楽の関係については、最近、大崎滋生『音楽史の形成とメディア』(平凡社)を読んで大いに啓発された。大崎氏のこの本では、楽譜出版の歴史が当時のカタログ資料をもとに詳細に記されているだけでなく、楽譜という記録から音楽史が語られていくことと、テキストという記録から歴史が語れていくこととの持つ共通の問題が丁寧に語られて、読みながら思わず膝を打った。郵便もまた、印刷技術の発達に合わせてその形態を変化させてきた。ならば、印刷技術を介して、郵便と音楽との間にはじつは浅からぬ関係が見つかるのではないか。

オペラと印刷ならともかく、さらに郵便だなんて、無理矢理こじつけた三題噺ではないのか、と思われるかもしれない。いやいや、そうとも限らない。たとえば、わたしの手元にあるイタリア・オペラの絵はがきの多くは、リコルディ社から発行されている。と、こう書けば、オペラ通の方なら、ピンと来られるのではないだろうか。

絵はがきが世界的に流行したのは、19世紀末から20世紀初頭にかけて、石版印刷の発達によって、廉価な大量カラー印刷が可能になった時代である。それはちょうど、フランスでのワーグナー評価が高まった時期であり、プッチーニがイタリアで活躍した時代でもある。プッチーニを後ろ盾していたリコルディ社は、絵はがきの流行に呼応して、彼の作品をはじめ上演中のオペラの各場面を、当時の最新技術であった多色石版印刷を用い、画面にはアール・ヌーヴォーのデザインをほどこし、セットものの絵はがきにして売り出した。当時のオペラファンは、オペラ座絵はがきに歌曲の一節を書き付け、あるいは当日観たオペラの感想を絵はがきに書きつけて送った。こうした試みは、遅くとも1900年には始まっている。

このように、手元の絵はがきと郵便の知識を頼りにあれこれ考えを進めていけば、郵便というテキスト、郵便という視覚装置とオペラについて、わたしなりになにか言えそうな気がしてきたのである。オペラの郵便論というのは、あまり聞いたことがない。もしかしたらオペラファンの方にも何か耳新しいことがあるのではないだろうか。

というわけで、この連載では、手元にある絵はがきの図像を織り交ぜながら、郵便とオペラの関係について少しずつ考えながら、皆様のご機嫌を伺おうという次第なのである。とはいえ、オペラしろうとの考えることであるから、至らぬところや思い違いも多々あるかもしれない。読者諸氏のご指導ご鞭撻を乞う次第である。

まずはさっそく、読者諸氏にお尋ねしたいことがひとつ。
わたしの手元に一枚の絵はがきがある。

パリのオペラ座絵はがきで、絵の下には、差出人の書いた楽曲の一節が記されている。もしでたらめの五線譜でないとすれば、何かのオペラの一節と考えられるのだが、あいにく当方の知識が乏しいため、何の作品なのかさっぱり思いつかない。「これなら、あのオペラのあのアリアでは・・・」と思いつかれた方は、「声の広場」までご一報いただければ幸い。

第1回・了

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