日本を代表するソウル / ゴスペルシンガーとして50年以上に渡り活躍し、『ありがとう』『HORO』『People』といった時代を超える名盤で今なお多くのリスナーやアーティストに愛され続けている小坂忠。2022年4月に惜しくも他界した小坂忠の未発表音源や晩年の貴重なライブ映像が収録された『THE LAST SESSION〜with Chu's Friends』がリリースされる。本作は、小坂が遺した貴重な未発表音源やライブ音源を収録したCD、2021年に渋谷のB.Y.Gでコロナ対策のため約20名の観客を前に豪華メンバーとともに行われた「OTONA SESSIONS 3 at B.Y.G」のライブパフォーマンス、秋津福音教会で行われたインタビューを収録したDVDで構成されている。
ここではその中身を検証しながら、稀代のシンガー・ソングライターとして73 年の生涯をまっとうした小坂忠の足跡を探ってみたい。
CDの1曲目を飾るのは、70年代から活躍したミュージシャン、佐藤博のプライベートスタジオSARAで録音され、20年の時を経て収録された未発表音源の「F.W.Y」(作詞:加川良、作曲・編曲:佐藤博)。佐藤が加川良のアルバム『アウト・オブ・マインド』に参加したのは1974年、それが縁で佐藤は1975年に鈴木茂とハックルバックに加入。以降はティン・パン・アレーでも活動し、ファースト&ラストツアーに参加。1977年には小坂のアルバム『モーニング』に参加し、楽曲を提供している。2001年には小坂忠&FRIENDSとしてFM802主催の「MEET THE WORLD BEAT 2001」、2002年にも小坂のライブ『Love People Concert in Tokyo』に出演。「F.W.Y」はその頃に制作されたことになる。ポップフィールドで活動を再開した小坂が旧友と親交を温めながら、新たな音楽に意欲的に取り組んでいたことが分かる貴重な音源であり、小坂の深い歌声と2012年に他界した佐藤の演奏がこうして日の目を浴びたことは何より喜ばしい。
愛娘Asiahと歌唱した「音楽を信じる We believe in music」(作詞:山上路夫 作曲・編曲:村井邦彦)は、アルファミュージックの創設者である村井邦彦の古希を記念し、2015年9月28日、東京Bunkamuraオーチャードホールで開催された「ALFA MUSIC LIVE」のライブ録音。アルファの社是でもある「We believe in music」を心の底から真摯に歌い上げる小坂とAsiahの歌唱が素晴らしい。ピアノの村井邦彦、ドラムの村上"ポンタ"秀一とともにギターに大村真司(父・大村憲司)、ドラムに林一樹(父・林立夫)という2世たちも演奏に参加し、次世代に引き継ぐ足跡を残している。
小坂が弾き語りで訥々と歌うボブ・ディランの「Forever Young」も味わい深い。2016年にデビュー50周年を迎えた小坂はFM COCOLOの「THE MUSIC OF NOTE」で3ヶ月DJを担当。その時の番組タイトル「小坂忠の Forever Young」にちなみ、オープニングテーマとして自主的にレコーディングされたのが本作。こういうところにも心を砕くのが小坂忠という人なのだ。
「Peter Barakanʼs Live Magic! 2019」で披露された「Many Rivers to Cross」は、このフェスティバルの監修を務めるピーター・バラカンが小坂に是非、歌ってほしいとリクエストしたレゲエ・シンガー、ジミー・クリフの名曲。国内外の実力派アーティストを招聘し、大人の音楽マニアが集うフェスらしく、小坂がMCで曲名を告げると大きな歓声が沸き起こる。十代でジャマイカから渡英したジミー・クリフが苦難を乗り越えようと綴ったリリックを噛みしめるように歌い、聴かせる説得力は小坂ならではと言っていいだろう。ライブならではの熱い空気と小坂忠Magic Band 2019の卓越したプレイ、荘厳なオルガン、桑名晴子のソウルフルなコーラスとともにゴスペルに肉薄する秀逸なカバーとなっている。
小坂忠と鈴木茂のユニット=茂忠として2020年に発表された「まだ夢の途中」(作詞・作曲:小坂忠 編曲:鈴木茂)は、NHKラジオ深夜便の2〜3月『深夜便のうた』としてNHKラジオでオンエアされ好評を博した曲。茂忠は小坂が大病を患った後の2019年からライブ活動を始め、小坂、鈴木の曲を中心にカバーなども披露。熱心なファンならこの二人にセンチメンタル・シティ・ロマンスの中野督夫を加えてゆるやかに結成された「完熟トリオ」を思い出してしまうかもしれない。「まだ夢の途中」のリリース時に小坂が寄せたコメントが今さらながら胸に染みる。「リスナーの皆さんが持っておられるそれぞれの夢があると思います。ここまで来られたね、お疲れさん。でも終わりじゃないよ、明日があるんだから。とつづきは語りかけるのです」
Asiahが父への想いを込めた「Just Like You」(作詞:Asiah 作曲:佐橋佳幸)は小坂の亡くなった後の2023年6月18日の父の日に配信リリースされ、本作に収録された。幼い頃から両親の元で音楽に開眼、自身もゴスペル、R&Bシンガーとなり、教会のワーシップチームのメンバーとしても活動と続けているAsiah。〈このまま一緒に 夢の続きを〉と歌う彼女に温かく寄り添う極上のメロディーをつけたのは小坂とは2000年のTin Pan以来の付き合いとなる佐橋佳幸。林立夫、小原礼、Dr.kyOnといった馴染みのメンバーに加え、フォージョーハーフからペダルスチールで駒沢裕城も参加。これらのミュージシャンは今年7月7日に開催された「小坂忠メモリアルコンサート 一夜限りのTHE LAST SESSION〜with Chu's Friends」にも名を連ね、コンサートのラストもこの曲で締めくくった。
ボーナストラックとして小坂の1st『ありがとう』(1971年)の人気曲「どろんこまつり」(作詞・作曲:細野晴臣)のレアなライブ音源も収録された。1976年10月10日、横浜本牧米軍フットボール場で開催された「AMERICAN POP FESTIVAL VOL.3」の小坂忠&ウルトラ時代の音源だ。1976年の小坂は、アルファからトリオレコードの 「ショーボート」レーベルに移籍し、ハワイ録音の『CHEW KOSAKA SINGS』をリリース。小坂のハウスバンドのウルトラは、前年の『HORO』のツアーで知己を得た鈴木茂のハックルバックのメンバーだったドラムの林敏明を中心に結成され、TV番組『気まぐれ天使』のサウンドトラックアルバムやCM音楽などを制作している。翌1977年には『モーニング』で再び細野晴臣らティン・パン・アレーと組み、『HORO』の続編にも近い音楽性を開拓していくことになるのだから、1976年はクリスチャンになった小坂自身にとっても過渡期であったに違いない。そんな時代にも初期の代表曲を新たなバンドアレンジで歌い続ける小坂のシンガーとしての魅力をあらためて味わうことができる逸品だ。
今回のDVDに収録されたライブパフォーマンスは2021年10月1日、東京・渋谷にあるB.Y.Gにて収録された。コロナ渦によりライブがままならない状況が続いていた時期にSPACE SHOWERが主宰し、有料ライブ配信された2マンライブ企画 「OTONA SESSIONS」の第3弾「OTONA SESSIONS 3 at B.Y.G」からの映像となる。配信は小坂とLOVE PSYCHEDELICとの2マンによるステージであったが、DVDは小坂忠 with OTONA SESSIONS BANDによる7曲を収録。バンドメンバーは、林立夫、佐橋佳幸、Dr.kyOnというお馴染みの顔に加え、ベースにレピッシュで知られるtatsuが参加。
ライブは1977年の『モーニング』収録の「早起きの青い街」から始まる。南佳孝の作詞・作曲によるシティポップの匂いが漂うハートウォーミングなナンバーは、石立鉄男主演のドラマ『気まぐれ天使』のテーマ曲でもあり、この曲でファンになった世代も多い。続く「Hot or Cold」は『People』から。ソウルフルな小坂の歌声とアルバムにも参加した林、佐橋の息の合ったプレイがジワジワとライブ会場を温めてゆく。2013年に自社レーベルミクタムから発表されたアルバム『NOBODY KNOWS』収録の「向きを変えて」は、世界中を覆ったパンデミックによる様々な軋みに対しての彼なりの熱いメッセージを感じさせると同時に、グルーヴフルなOTONA SESSIONS BANDの演奏を堪能できる。
「僕の人生もこの歌のようにどこへ行くか分からなかったけれど、やっとここに戻ってきました」。1969年に誕生し、はっぴいえんどやはちみつぱいが活動拠点としていた渋谷B.Y.Gは小坂にとっても思い出深い店。数々の日本のロック史が刻まれた店の小さなステージで「ほうろう」を歌い、リリース当時の全国ツアーの昔話をする小坂のリラックスした表情がいい。「機関車」は何度聴いても心が動かされる名曲だが、この日のOTONA SESSIONS BANDによるアレンジは小坂忠の今、その時の歌を余すことなく伝えている。時を超えて響くとはこういう歌のことをいうのだと思う。この年の小坂は癌の転移による手術、リハビリで体調は万全とはいえなかっただろうが、「I Believe in You」(『People』収録)で〈倒れたら何度でも 立ち上がればいい〉と力強く歌う姿は病の影など微塵も感じさせない。
腕の立つメンバーのご機嫌なソロ回しもこのライブ映像の見どころだ。フォージョーハーフからの付き合いの林、2000年のTIN PANのライブで初めて小坂と接し、『People』に参加、『Connected』をプロデュースした佐橋佳幸、晩年にライブで共演したDr.kyOnやtatsuと、小坂が繋いだ縁がこうして2021年に奇跡のような音楽を紡いだ。
ラストは小坂が様々な場所で歌ってきたルイ・アームストロングのカバー「What a Wonderful World」。教会、被災地、施設や刑務所などでも歌い続けてきた小坂が、4度目の緊急事態宣言が明けた2021年10月1日にこの曲を届けた意味は大きい。これが小坂忠最後のライブとなった。
特別映像として収録された小坂忠のラスト・インタビュー映像は音楽への飽くなき探求を間際まで持ち続けていた彼の姿と肉声を確かめることができる。シンガーとして、牧師として、表現者として生きた小坂忠が放つ「音楽には力がある」という掛け値のない言葉を、彼の音楽を愛した仲間とともに紡いだ『THE LAST SESSION〜with Chu's Friends』でぜひ、堪能していただきたい。
TEXT 佐野郷子