本田美奈子.インフォメーション
今回の作品の制作現場には、一切関わらないと、最初から決めていました。 美奈子さんと仕事をした3年間は、あまりにも濃く、ともに命をかけるような思いで臨み、彼女は本当に逝ってしまった。 彼女が遺したボイスレコーダーの歌は、自分を削って、人を勇気づけるために歌うという、使命にも近い覚悟が結晶した、命の叫びでした。 いつかは、それを、相応しい音で包み、世に残したいという願いはあったものの、どうしてもイメージが結びませんでした。 私が作品をプロデュースするときは、どんな人が、どんな風に聴いてくれるか、そしてどう感じて、もしかしたらその人の何かの糧になるかも知れない、そんなシーンを描いて、全てをそこにフォーカスしていきます。 でも、このアカペラの歌には、客観的な視点が、どうしても持てませんでした。 あれから10年、たぶんこの機会を逃したら、その時はずっと訪れない気がしました。 心を決めて、信頼出来る、私より20歳下のディレクターに全てを委ねました。 そして生まれた世界。 ひとつも無駄な音がない、極限までシンプルに研ぎ澄まされたピアノ。 歌声に込められた魂を感じ、音楽をつけるというより、そっと暖かい手を添えるとでもいうような音。エゴを捨てて、自分を全く空しくしなければ、こんな音楽はできません。 決していい録音状態とは言えない声が、命の結晶として輝いていました。 美奈子さんとは、5年後にはこんな歌を歌えたらいいねとか、10年後にはこんな歌手になっていたいねと、よく話し合ったものです。 それはかなわなかったけれど、このような希有な作品が、10年後に生まれたことは、彼女の思いの強さと純粋さの賜物です。 それが、当時一緒に世界を作ってくれたエンジニアやアートディレクターはもちろん、彼女を直接は知らないスタッフをも動かしたのだと思います。 改めて、彼女の偉大さを感じさせてくれるこの作品が、多くの方の心の糧となることを、願っています。 エグゼクティヴ・プロデューサー 岡野博行(日本コロムビア) |