近来稀に見る曲者アーティスト、と言っていいだろう。ポセイドン・石川のことである。誰が呼んだか、北陸の最終兵器。最近ではシティーポップ芸人なんて呼称も定着しているようだが、口が悪い人たちの間では、リーズナブルなヤマタツなんて呼び名もあるようだ。
どれもこの曲者らしいフレーズだと思う反面、どれも外れているようにも思えたりもする。そんな彼のメジャー・デビュー・アルバム『ポセイドン・タイム』のレコ発ライヴ<ポセイドン・石川ワンマン〜ポセイドン祭り〜>がさる2月7日、渋谷DUO MUSIC EXCHANGEで行われた。
Twitterにアップした山下達郎風味のカヴァー動画が評判を呼び、昨年あたりからテレビのネタ番組にも多数出演、ここにきて加速度的に知名度を上げている彼のことを、いまだに芸人なのかミュージシャンなのか、論議する声は止むことがない。世間はいったいどういう目でポセイドン・石川を見ているのか。正直言ってこの日会場に集まった客層からは判断しがたいものがあった。というのも、意外なほどに幅広い年齢層が集まっていたからだ。筋金入りの音楽マニアらしき御仁もいれば、最近アナログ・レコードを集め始めたシティーポップ・リスナー風情の若者、お笑いライヴに足しげく通っていそうな方も。でもどういう見られ方をしているのかは、ひょっとしたらポセイドン本人が一番わかっていないのではないか。
ライヴのオープニングは、いきものがかり“ありがとう”のカヴァー。彼を絶賛した水野良樹への感謝の気持ちを伝えるかのようなパフォーマンスに続いて、DA PUMPの“U.S.A.”など序盤から大ネタを畳みかけていく。曲が終わるごとに<ライドオ〜ン>という決めポーズを挟み込んだり、曲の途中で客席に下りていって握手を求める姿は、やはりその辺のミュージシャンらしからぬものがある。MCで「ミュージシャンとしてやってきたつもりが、去年の夏あたりからリハーサルをネタ合わせと呼ぶようになって……」と自嘲気味に話していた彼だが、とにかくいちいち挙動不審な感じが可笑しくてならない。“ポップス・メドレー”では、クイーン“Bohemian Rhapsody”のカヴァーなどもサービス。フレディ・マーキュリーとは違った粘着質で迫り、会場を沸かせた。そして前半のクライマックスとなったのは、あの人の定番曲“クリスマス・イブ”のカヴァー。土着性の強さでは引けを取らないとことんドメスティックなヴォーカルを聴いていたら、ミステリアス・アイド・ソウルというフレーズがぼんやり浮かんできた。ところで今日初お披露目だというショルダー・キーボード。彼がそれを肩にかけると、また何とも言えない可笑しみが漂い始めるのだが、なぜ彼がそれを必要としたのかは最後までわからなかった。
前段で客層が幅広いと書いたが、実際のところ、筆者のように、彼のオリジナル曲に感銘を受けてファンになり、ライヴに足を運んでいる人はやはり多かったように思う。それは、ポセイドンと同じくニット帽を着用したバック・バンドが呼ばれ、一気にグルーヴィー・タイムへと突入したときに判明するわけだが、凝った構成を持つ楽曲が演奏されるごとに会場は熱気を帯び、彼が纏っていた曲者っぽさがシュワシュワ消えていくのがわかった。プログレ、フュージョン好きが透けて見える変拍子インスト“4”など、鮮やかな鍵盤捌きに聴き惚れずにいられなかったし、色鮮やかな街物語を描き出す“あんたがたどこさ”やトッド・ラングレン風のアカペラをフィーチャーした“リンゴ追分”で垣間見られるアレンジ能力の高さにも改めて唸らされたもの。“シャチに目をつけられて”や“℃-bon”といった名曲の誉れ高いオリジナル曲を聴けばわかるのだが、ルーツはジャズ。いわば正体は、ジョーイ・ドシックなどと並び称されるようなジャジーなシンガー・ソングライターなのである。ただ、彼のクネクネしたアクションと同じく音楽性が軟体質的というか良い意味で掴みどころがなく、正体不明感が際立ってしまう。
アンコールにおいて圧倒的にカッコいい“東京シャワー”を披露したあと、イタチの最後っ屁のごとく“USA”をかまし、観客を煙に巻く様子を眺めながら、この混沌とした感じこそ彼の持ち味なのだろうと考えていた。さてこれからいったい彼の芸はどう変化していくのだろうか。ともあれ、ポセイドンのアドヴェンチャーは本格的に始まったばかり。じっくりと見届けたい。
※photo by tawara