『ブラームス:ピアノ五重奏曲へ短調/ピアノ四重奏曲第3番ハ短調』の発売記念
1) 録音を振り返って。 − 田部京子
2) カルミナ四重奏団よりメッセージ
録音を振り返って。 − 田部京子
--- 田部さんとカルミナ四重奏団の出会いは、15年前(1998年)まで遡るんですね。
カルミナ四重奏団との国内ツアーで、ブラームスのピアノ五重奏曲とシューベルトの「ます」五重奏曲を演奏したのが、初共演です。そのとき、初対面にもかかわらず、あまりの相性の良さに、お互いに本当に驚いて、別れるときには、「いつかきっと録音をしようね!」と声を掛け合ったのです。しかしながら、その後は、なかなか共演のチャンスが訪れず、10年の月日が流れました。
--- そして、突如決まった2回目の共演が、レコードアカデミー賞を受賞した名盤、「ます」のレコーディング。
曲自体の性格も相まってのことと思いますが、再会と共演の喜びに満ち満ちていました。でも、10年もブランクがあった訳ですから、一緒に演奏をしてみるまでは一抹の不安があったのも事実です。いざ、チューリッヒのスタジオで一緒に音を出してみると、あの感動的な相性の良さは、全く変わっていませんでした!初共演での感覚がそのまま甦ってきて、驚きと嬉しさでいっぱいでした。
--- モニタールームでも、音そのものに喜びが溢れているという感じを強く受けました。
それに比べると、今回のブラームスの室内楽は、気持ちの持ちようが随分違う感じがします。 そうですね。お互いに、音楽を共有出来る喜びの更に先にあるもの、アンサンブルとしてもう一段高みを目指そう、という志を共有していたなと、思います。芸術的完成度をトコトン突き詰めた作品をつくろう、という意気込みを強く強く感じたレコーディング・セッションでした。もちろん、曲の性質の違いというのも大きいと思いますが、それを超えた心意気のようなものがあったのは、間違いありません。
--- 録音の現場では、アーティストが目指している演奏(方向性/完成度)を、スタッフ全員を含めて共有する事が大切なのですが、今回のセッションは、とんでもない「ハイレベル!」。
上手くいった、いうレベルのテイクでは全く満足せず、「まだ上がある、まだまだ上がある・・・・」という気持ちでテイクを重ね続ける、そんな4日間でしたね。
その、目標、理想とする部分を共有できていた・・・・、というか、前回よりも更に高いところをお互いが見つめていた、そういう録音でした。そんな話は誰も口にしてはいませんでしたけどね。散々テイクを重ねた後で、彼らが「もう1回やりたい!」と言ったとき、私は「え、まだやるの?」とは全然思わなかったですし、逆に、私が「もう1回弾きたい」とリクエストした時にも、彼らは「もちろんwelcome !」と喜んで言ってくれました。より良いものを、より高いものを、という想いが、5人の中で共通していましたね。
--- チェロのシュテファンが、ピアノ四重奏曲第3番の第3楽章の有名なメロディーを、何度も何度もテイクを重ねる様子など、本当に印象的でした。
私がもし、チェリストであれば、限りなくテイクを重ねたくなる気持ちもよくわかります。あの場面は、いかに彼に気持ちよく弾いてもらえるか、を徹底的に追求しました。神経質に彼に合わせていくのではなく、ピアノが極々自然と寄り添い溶け合っているのが理想で、そのレベルに達しているまではOKを出したくなかったのです。
--- なるほど、ここまでの「高み」を共有できているからこそ、「相思相愛」になれるんですね。
改めて考えてみると不思議な気がします。実は、初共演の年以降、録音・実演含めて、共演の回数は片手で足りるくらいしかないんです。彼らからは「キョウコは、私たちにとってベストのピアノ・パートナーだ」と言われますが、私も彼らに同じような感覚を抱いているのですからね。我々の音楽の親密度合いからすると、本当に意外なくらい共演の回数は少ないのです。
--- その、「相性の良さ」って、具体的にはどんな感覚なのですか? エレガントさが一番の魅力の田部さんと、鋭く切り込んだ表現が特徴のカルミナ四重奏団は、ある意味、全然似ていない・・・
そうですね、実は全然似ていないかもしれません(笑)。でも、ヴィオラのウェンディが言った「キョウコはバターのようだ」というのは、言いえて妙ですね。
弦楽四重奏単独だと、どうしても神経質にギスギスなりがちなところが、私のピアノが入ることで「まろやかに溶け合って、よい味になる」のだそうです。
非常に濃い表情だけれど、決してベタベタしないスタイリッシュなカルミナ四重奏団。彼らが音楽の「線」の要素を奏でる中に、ピアノが「点」を打っていけるのも心地よいのかもしれません。互いに「無いもの」を補完しあっている部分もあるのでしょうね。逆に、鋭く切り込むピアノと、エレガントな弦楽だったら、こんなには調和しなかったかもしれません。そう考えてみても、私たちの出会いは、本当に奇跡的です。
--- 私が、強く印象に残っているのは、レコーディング直前のリハーサルのことです。初めて合わせる曲なのに、皆さん、ほとんどアイ・コンタクトを取っていないですね!
見ていないですね。というよりも、アイ・コンタクトはほとんど必要ないくらいです。「合わせること」に積極的にならなくても、音楽の呼吸感を共有しているので気配で十分合います。見るのは、一番最初のスタートくらいです(笑)。合わせる必要が無くて、それぞれが自由に音楽に没頭しつつ溶け合うと、言葉にできないほど気持ちがいいのです。音楽のエネルギーが共振・共鳴すると、皆がそれに反応して、さらに大きなエネルギーとなり、本当に特別な瞬間を味わえるのです。
--- クライマックスに向かって、ぐいぐいとテンポを前に運んでいく様子は、合わせているというより、「結果合っている」感じですね。
そうなんです。その辺が初共演の時から感じていた相性の良さなのかもしれません。エンジンの掛け方、向かい方の感じが本当にしっくり一致していて、労せずして「ぴったり」合います。これは、良い悪いではなく、理屈を超えた、あくまでも感じ方なので、これが異なると一体感を感じにくいものです。
カルミナ四重奏団とは、この感覚をぴったり共有できる点が、とても貴重な「相性」なのでしょうね。展開部のクライマックスに向かっての部分などは、横を窺いながら、さあ足並みそろえましょう、では絶対に音楽的エネルギーは生まれません。自分の中から自然に湧き出てくるものを互いがストレスを感じることなく100%表現出来れば、その結果、音楽のエネルギーは2倍どころか、5倍、10倍となって感じられるのです。CDとコンサートで、その喜びを皆さんと共有できたらと思います。
--- まさに、そのような瞬間を、カルミナ四重奏団との新しいブラームスの室内楽共演盤に、そこかしこで感じる事ができました。「まるで常設の五重奏団のような」というキャッチフレーズに偽り無しの見事なアルバムの完成です。是非お聴きください。(担当ディレクター)
このたび、カルミナ四重奏団&ピアニスト田部京子、我がDENONのチームが、ブラームス:ピアノ五重奏曲op.34と、ピアノ四重奏曲Op.60をカップリングした最新録音を完成させました。
このブラームスのピアノ五重奏曲は、カルミナ四重奏団と田部京子が初共演した曲で、もう10年以上も前のことになります。私達は、このピアノ五重奏曲の共演を通じて相互に音楽を深めて、私たちの(音楽の)共通語を見出したのです。
一方で、四重奏曲Op.60は、このジャンルにおける私たちの新レパートリーです。この曲は、以前から私達がとても深い情熱と愛情を注いでいた作品であったのですが、この度、キョウコとの共演でレコーディングするという夢が実現しました。これらの2作品はクラシック音楽の傑作であります。私たちは、普段は「名曲」を取り上げないのですが、このブラームスの作品は、私達の心にぴたりと寄り添っているのです。
おそらく、この音楽がとても記念碑的であるので、カルミナ四重奏団&田部京子、録音に携わったDENONのエンジニアなど全スタッフが、通常のプロジェクトのどれよりも多くの時間と情熱を費やしました。この制作プロセスは、私に「スローフード」という言葉を想起させます。それは、今や文明国のいたるところに登場する食文化の「ファーストフード」に対する言葉です。
「スローフード」というのは、必要な限り多くの時間をかけて、食産物の成長過程や調理法など、良質の食造りに情熱をかけて楽しむことです。ある意味で、このブラームスの録音は、私たちからの「スローフード」の一品なのであって、制作プロセスのいたるところに、大変な愛情や気配りを注いで完成されたものとも言えるでしょう。
田部京子、DENONとともに、この作品の録音を実現出来たことは、カルミナ四重奏団にとっても名誉です。何年も前の、私たちの初めてのリハーサルから今回の録音までの道筋全ての軌跡は、大きな喜びと充実感に溢れるものでした。
この入魂の「スローフード」が、リスナーの皆さんに堪能いただける美味なる一皿になることを切望しています。
ウェンディ・ チャンプニー
カルミナ四重奏団、ヴィオラ奏者
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The Carmina Quartet, together with the pianist Kyoko Tabe and our team at DENON, have just wrapped up our most recent recording: Brahms' piano quintet, opus 34, paired with with his third piano quartet, opus 60. The Brahms quintet was the first work that the Carmina Quartet performed together with Kyoko Tabe, more than a decade ago, both in Japan and in Europe; we have matured together and found our common language with this quintet. The opus 60 quartet, on the other hand, is our newest repertoire for this genre; this is a work we have always loved with a passion, and with this recording, we have realized our dream to play this quartet with Kyoko Tabe. These are two masterpieces of classical music; we don't generally pick favorites, but Brahms lies very close to our heart. Probably because this music is so monumental, all of the parties involved - the Carmina Quartet, Kyoko Tabe, and the engineers at DENON - invested more time and energy in this project than in any of our common projects to date. This working process reminds me of the term "slow food", which has recently emerged as a counterpart to the ubiquitous "fast food" that has become so pervasive in developed cultures everywhere. "Slow food" implies taking as much time as necessary - and enjoying the time that is spent - in growing, preparing, and consuming excellent food. In a way, this Brahms recording is our “slow food" offering: it has been prepared with great love and attention at every step of the production process. Making this recording with Kyoko Tabe and DENON has been an honor for the Carmina Quartet; every step of the way, from our first rehearsal years ago, has been a pleasure. We hope very much that our public will find this food for the soul nourishing and “delicious".
Wendy Champney
Carmina Quartet
(2013/6/4掲載)