田部京子+カルミナ四重奏団
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田部京子とカルミナ四重奏団によるシューベルトとシューマンのピアノ五重奏曲の録音が2008年1月24日から27日の日程でスイス、チューリッヒのZKOハウス(チューリッヒ室内管弦楽団の本拠地)で行われました。
4月23日SACDハイブリッド盤での発売を記念して、長大ですが、湯気が立つようなホットなレポートをプロデューサー国崎よりお届けいたします。 -
ALBUM 2008/04/23 Release COGQ-31 ¥3,150(税込)SACD 2ch、4.0ch
シューベルト:ピアノ五重奏曲「ます」/シューマン:ピアノ五重奏曲
シューベルト:ピアノ五重奏曲イ長調D667,作品114「ます」/
シューマン:ピアノ五重奏曲変ホ長調,作品44
田部京子より、受賞コメントが届いています! こちら>>> 田部の次作CDのアイデアを練る中で・・・
この企画の誕生は2007年6月まで遡ります。田部京子の次のCDの企画を練る中で、「室内楽はどうだろう?」というアイデアが上がりました。それに対して田部の即座の一言「でしたら、是非ともカルミナ四重奏団とシューベルトの"ます"を!」が、全ての始まりでした。
田部にとっては初めての室内楽レコーディング、カルミナ四重奏団にとってもDENONレーベルへのレコーディングは2002年以来途絶えていてファンからの次作品待望の声が高まっていた時期。これは、田部ファン、カルミナ・ファンはもとより、静かに良い音楽を待ち望む室内楽ファンにも期待を持って迎えられるに違いありません。
田部とカルミナ四重奏団は1998年に初共演(日本ツアー)をし、当時、その音楽的な相性のよさに、瞬く間に特別の信頼関係で結ばれた仲だといいます。しかしながら、その後の共演の機会に恵まれてはいませんでした。10年のブランクは果たして・・・。カルミナからの嬉しい返事!
DENON側からの「ます」レコーディングの打診に、即座に嬉しい返事が返ってきました。カルミナの4人も田部との10年前の日本ツアーの様子をよく覚えていて、「是非一緒にやりましょう。スケジュールについても全面的に協力します。なんとしてもこのプロジェクトを実現させましょう!」という、これ以上ない前向きな答え。一気に企画実現の機運が高まりました。カプリングは、シューマンの五重奏曲。ピアノと弦の室内楽の名曲にカルミナ側も全く異存なし。「ます」は、第2ヴァイオリンのスザンヌ・フランクが外れる編成ですので、この曲でカルミナ四重奏団が完全に揃うことになるのです。収録地をチューリッヒに決めた後は、カルミナ側の協力で現地のホールとピアノを確保し、調律、機材スタッフ等も多くの協力者のおかげで決まり、あとは共演のその日を待ち望む日々となりました。緊急事態発生! 録音延期か!?
渡航準備も整った出発2日前、現地機材スタッフのガスタイナー氏から「家族の急病で、急遽行けなくなった。申し訳ないがキャンセルさせて欲しい」との緊急連絡!背筋が凍る思いでメールの続きを読むと「心配無用、すでに代役を立て、必要な情報は全て伝えてある」。その代役とは、DENONがかつてドイツに録音チームを駐在させていたときのスタッフの一人、ホルガー・ウァバッハ。現在はフリーランスのプロデューサー・エンジニアとして活躍している彼は、かつて田部やカルミナのDENON録音を手がけた人物。しかも、今回と同じ収録会場(ZKOハウス)でカルミナ四重奏団の録音の経験もある(独Aviレーベル)というから、驚きました。災い転じて福となす、これは案外うまくいくかもしれません!
ほっと胸をなでおろしたところに、先行してチューリッヒ到着の田部から「リハーサルは想像以上にうまくいっています。10年のブランクがあったとは信じられないくらい!」との嬉しい連絡!期待を膨らませて日本側スタッフも現地入りしました。互いの相性のよさを再確認したリハーサル
リハーサル最終日。この日は、期待の若手コントラバス奏者のイウガ氏が加わっての「ます」です。第1楽章冒頭から、テンポの感じ方といい、フレーズの受け渡しといい、もう何10年も共演を重ねてきたような、まさに室内楽の醍醐味を感じる演奏が繰り広げられていくのです。ひとことで言えば、ムードに流されない、楽譜のテクストに再度立ち返り最大限の敬意を払った演奏。この曲が、いかに「慣習的に」演奏されるケースが多いかを思い知らされる、非常に発見の多いものでありました。
言葉で言うのは簡単ですが、ほとんど打ち合わせらしい打ち合わせもないのに、かくも同じアプローチが可能とは!10年前の日本ツアーで両者の間に結ばれた特別の信頼関係とは、こんなにも強固なものであったのかと感じざるを得ませんでした。田部が即座に共演者にカルミナの名を挙げ、カルミナが企画実現への「全面協力」を表明したのも、この信頼感あってのことだったのです。
コンセプトとしてはほぼ完全な融合を見せる両者ですが、個別具体的なところでは遠慮なく演奏を止めて念入りなディスカッション。ヴィオラのウェンディ・チャンプニーが口火を切ると、チェロのシュテファン・ゲルナーが応戦(?)、ゲスト奏者(コントラバス)のイウガ氏も黙っていません。一息ついたところで、第1ヴァイオリンのマティーアス・エンデルレ(ヴィオラのウェンディの夫君)と田部が穏やかに意見を加え、最後に第2ヴァイオリンのスザンヌ・フランクがまとめる・・・そんな光景が繰り広げられ、和やかな中にも自らの音楽へのこだわりと自信を垣間見ることができたのでした。さぁ、レコーディング! まずはサウンドチェックから
さて、録音セッション初日。すでに会場を知り尽くしているウァバッハ氏の助言を得てスムーズに機材セッティングを済ませ、まずはサウンドチェックのためのテスト録音。始まってみて分かったことは、この会場(チューリッヒ室内管弦楽団の練習場)は普通のコンサートホールのような広さ・高さがなく、加えて響きのコントロールが不完全で、クリアなサウンドと豊かな響きを両立させた収録が大変難しいということ。特にカルミナは、レントゲン写真のように全ての音符を聴かせるサウンドを好むのことが分かっていたのですが、そのようなサウンドとピアノとの融合は簡単ではありません。果たして、テスト録音を聴いた彼らの第一声は「もっとブレンドした一体感のある音がいい!」。なるほど、彼らも弦楽四重奏単独のときとは全くスタンスを変えようということのようです。弊社録音エンジニア塩澤が腕によりをかけて「ブレンド・サウンド」を準備すると、「OK、始めよう!」。お昼ご飯もそこそこに本番がスタートしました。「私たち、心を入れ替えたのです!」
さて、これまでカルミナの録音は「短い範囲の録音と試聴を、満足できるまで徹底的に繰り返す」ことで有名でした。しかしながら、田部はできるだけ録音を止めないで「長く弾きたい」タイプ。この両者、音楽的には格別の親近感をもちながら、録音セッションの進め方の好みには大きな隔たりがあったのです。これがストレスになっては、いい作品への障害になりかねません。ところが、スザンヌいわく「心配要りません。私たちは'心を入れ替えた'のですから!」 日本側スタッフの半信半疑をよそに始まった「ます」の第2楽章は、長いテイクを4回、5回と重ねるうちに(合間には、前述のような細部にわたるディスカッションが毎回挟まれます)十分なテイクが揃い、終わってみれば、田部が一番やりやすい方法で進行していったのでした。これもカルミナのメンバーたちの田部への敬意と思いやりの表明であったに違いありません。
後から振り返ると、意見の相違で録音が長く中断することは遂に一度もありませんでした。「息を呑むような演奏がしたい。もっと上手くできるはず!(ウェンディ)」と思いを言葉にして伝える、それを全員で徹底的に対話する。音楽には「絶対的なリーダー」のもとで統率されるケースがありますが(オーケストラの指揮者がその代表例ですし、弦楽四重奏団でも、第1ヴァイオリンが大きな力を持つ場合が少なくありません)、この録音セッションで聴かれたのは、それとは全く逆の「合議」に基づいた音楽作り。この一見非効率なやり方は、互いの強い信頼感をベースにあるからこそ大きな成功を収めることができたのです。思えば、これこそが室内楽の醍醐味に違いありません!ほとばしる、「共演の歓び」
遅めの昼食を挟んで、次は第5楽章。活き活きと弾むリズムは、弱音部でもクライマックスでもずっと一貫していて、大変小気味よい感じ。驚いたのは、アンサンブルの多少の乱れを気にしない積極果敢な表現が(特にクライマックスの部分で)、終始貫かれたこと。これまで研ぎ澄まされた感性でぴんと張り詰めた緊張感を聴かせることが多かった両者が、このセッションでは、むしろ「共演の歓び」とでも形容するべき自由闊達な演奏を繰り広げていったのです。まさに再会の喜びが、ためらい無く表現され、互いの個性が触発しあって、普段はなかなか見ることができない、ダイレクトな感情のほとばしりが記録されたのでした。より凝縮された演奏のシューマン
全体として緊張と開放が見事にバランスされ、確固とした信念による表現と、お互いに触発しあう一期一会の即興性のような部分が高い次元で両立した、「これでこそ、カルミナと田部による室内楽!」と呼びたくなる今回のレコーディングは、後半2日間のシューマンの五重奏曲で、より凝縮された形で現れます。なるほど、本来の弦楽四重奏団のメンバーが揃うということが、こんなにもアンサンブルを引き締め、また自在にさせるものなのか!第1楽章の喜びにあふれた音楽や、第2楽章の緻密・繊細な表現の孤独なモノローグ、第4楽章で聴かれる自在さ・強いパッションは両者の資質が極めて近いところにあったからこそ、実現されたものといえましょう。録音を支えた、最高のスタッフによるプロフェッショナルで献身的な働き
さて、終わってみると、こんなにもスムーズに進行するレコーディングは無いというくらいの大成功。それを支えたのは、個人的なつながりをベースにした、最高のスタッフによるプロフェッショナルで献身的な働きがありました。
急遽代役として駆けつけてくれたウァバッハ氏は、既に奏者との個人的なリレーションをもっていましたし(ファースト・ネームで呼び合う仲)、自身のプロデューサーとしての経験から、的確な助言でセッションのスムーズな進行を助けてくれました。
調律のモンティ氏は、「こんなにピアニストの気持ちが分かってくれる調律師はめったにいない!日本に連れて帰りたいくらい(笑)」と田部が評する程の人物。田部のリクエストを実現するためならばと、鍵盤1本1本のタッチの微調整を朝7時から始めることも厭わないで、田部を感激させました。今回の録音のピアノのサウンドが格別に美しいのは、彼のサポートがあったからです。
そして、収録終了の翌日の写真撮影をお願いしたカメラマン、ランツ氏。彼は、既にカルミナのメンバーの写真集を発表している人物(このことを当地で初めて知り、日本人スタッフは仰天しました)。はじめからすっかり打ち解けた雰囲気でのフォトセッションは、録音同様に終始和やかに進められて、録音の成功をそのまま表現するような実にいい表情のジャケット写真が撮れたのでした。
会場を提供してくれた、チューリッヒ室内管弦楽団の事務局は、期間中、鍵をスタッフに預けてくれて「24時間好きに使って構わない」という大盤振る舞い。実際は、そんな深夜まで録音することはありませんでしたが、毎日の「締め切り時刻」が無いことがどんなに精神衛生上よろしかったことか!シェフ、マティーアスのサンドイッチ!
さて最後に息抜きの話題をひとつ。
録音中の食事というのは、つかの間の休息であり、次へのエネルギー補給であり、大切なコミュニケーションの場でもあります。しかし日本組にとっては、パンやパスタが続くと無性に懐かしくなる「お米」の味。田部にとって滞在5日目となった収録2日目の夜、前日に見つけた回転寿司で寿司の折り詰めを買ってホテルでスタッフとともに仲良く「スシ・パーティー」と相成りました。(赤提灯がぶら下がり、メニューにはおでんやラーメンまである怪しい寿司店でしたが、十分満足の味に一同明日への鋭気を補充!)
また、今回の録音会場は、チューリッヒの中心街からやや離れていたため、収録途中でこちらが思うような時間に(かなり遅い時間のランチになるケースがほとんど!)食事ができるレストランがほとんど無いのです。どうしたものかと思案していたところ、マティーアスが毎日いろんな種類のサンドイッチをどっさりと用意してくれたのでした。その美味しかったこと!(個人的には、チューリッヒで食べた食事のなかで一番美味しかった!)。聞けば、マティーアスは料理が大変に好きで、中でも週に1度は自ら寿司を握るのだというからびっくりです。今度の6月に来日する際には、是非築地にご招待しなくては、そして、今回の録音にちなんで富山の「ます寿司」もご賞味いただこうと思案している制作担当プロデューサーであります。(担当プロデューサー談)