僕らは楽屋で終始笑顔だった。三人で固い握手を交わした。
「確かに出来は悪かったけれど、またライブやりたいよね」
川崎はタオルで汗を拭きながら言った。
「おう、またやろう!次こそ歴史を変えないとね」
僕は松中の方を見た。松中は照れたような顔で応えた。
「お、おう」
汗だくの衣装を脱いで、普段着に着替える。三人で客席スペースに行くと、僕らのライブのときよりも二十人ほど客が増えていた。すぐにジャイアンや和美、斉藤、松田に声をかけられ、談笑した。ジャイアンは僕の肩を叩いて言った。
「なかなか散々やったな。けど最後の二曲には、かなりのソウルがあったで」
和美は僕に笑いかけながら、一言、
「黒ちゃん、面白かったよ」
と言った。面白かったって、どういうことだろう。
「みんな、ありがとう」
斉藤は、いたく感動した様子で僕に寄って来て、握手を求めて来た。
「ほんと、最高でした」
「そ、そう?」
正直それは言い過ぎだと思ったが、僕は斉藤の気持ちが嬉しかった。しばらく喋っていると、突然後ろから肩を叩かれた。振り返ると、ナギサさんと理恵さんが並んで立っていた。
「よう」
「あ、ありがとうございます!」
「かっこ良かったよ」
理恵さんが言った。
「いや、とんでもないです」
ナギサさんはビールを片手に、ニヤニヤしていた。
「黒田くんてなかなか熱いキャラなんだね」
「いやあ、あの、あんなんですみませんでした・・・」
「おいおい、ライブをやった人間が客に対してそんなこと言ったら全部台無しになっちゃうでしょ。
開き直ってりゃいいんだよ。次頑張んなよ。でもある意味、ほんとにいい『ライブ』だったよ。
何だか俺もまたやりたくなっちゃった。やっぱり趣味でもバンドは続けようかな。
今度サークルででも一緒にやろうよ」
「ほんとですか!?」
話は尽きなかった。色々喋っているうちに、次のバンドの演奏が始まった。僕は最後のバンドまで、客席で観た。いずれもギターの音が出ないようなトラブルなんかなく、安定したパフォーマンスを披露していた。僕は素直にいいライブをしているなと思った。でも、曲のクオリティーは、負けていないとも思う。
最後のバンドの演奏の頃には客席は満員で、ライブが全て終了すると、大勢の客が雪崩のように店の出口に向かった。その流れに乗って、ジャイアンたちや和美、ナギサさん、理恵さんと次々に店の出口に向かって行った。和美に向かって僕は言った。
「じゃあ、またね」
「うん、じゃあまたね!えっと、次の部会に何時だっけ?」
「一時ね。またメールするよ」
「うん、待ってるね」
そう言うと、和美は後ろを向いて出て行った。斉藤がそれに続いた。僕は和美の後ろ姿が見えなくなるまでじっと見ていた。そんな僕の様子を見ていたジャイアンは、僕に近づいて来て言った。
「黒田、男を見せろや!」
「な、何だよ!」
ジャイアンは僕に向かって親指を突き立てて、去って行った。まったく、奴はどこまでが冗談でどこまでが本気なのか分からない。
客がほとんど出払ってしまうと、がらんとした客席はライブの華やかな雰囲気をすっかり失って、急に狭くなった気がした。店員が客席の掃除を始めた。僕らバンド三人は受付カウンターに呼ばれた。ライブの精算だ。そこには吉田さんが待っていた。
「おつかれっした!」
吉田さんは驚くほど明るい声で語りかけた。
「あ、、お疲れさまでした」
僕も一応できるだけ大きな声で返そうとしたが、蚊の泣くような声しか出なかった。ライブは自分なりに収穫はあったものの、吉田さんにだけは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。せっかく期待して誘ってくれたのに、まるで観せ物にならなかったからだ。
「今日、どうだった?」
「いやあ、すいません・・・」
「いやいや、でも、最後の方は熱かったよね。気持ちが伝わって来たよ。
その気持ちを忘れずに、これからもっと場数を重ねていけば、もっと良くなっていくんじゃないかな」
「はい・・・」
「ところで、君らは学生?まだバンドを始めて間もないんだよね」
「そうですけど」
「どうするの?これから本格的にやって行くつもり?」
三人は黙った。「本格的」という言葉が何を指すのか、他のメンバーの解釈を伺うかのように、川崎と松中は顔を見合わせた。僕は答えを出しそびれている彼らを尻目に、思い切って言った。
「はい、このバンドで食って行きたいです」
「お、おい」
川崎と松中は動揺を隠さなかった。
「おお、それは気合い入ってるねえ。自信、あるの?」
そう訊かれてまた一瞬ひるんだが、僕は一つ呼吸を置いて、こう言った。
「よく、渋谷の大きいテレビにいろんな歌手が映ってたりするのを見るんですけど、
僕の中でほんとにいいなと思える音楽って、少ないなといつも思うんですよね。
コンビニに入っても、下らない曲しかかかってない。今、巷はゴミで溢れてると、僕は思います。
そのゴミを、掃除してやりたいんです」
吉田さんはしばらく呆気にとられていた。あーあ、言っちゃったよコイツ、というような顔だった。
「そ、そりゃあ、ずいぶんな自信だねえ・・・どこからそんな自信が湧いてくるの?」
「根拠は、ないです」
吉田さんは失笑した。
「フフフ、・・・いやごめんごめん。でも、そういうの大事だよ。MCでも言っていたね。
多くの人に曲を聴かせたいって。それってなかなか大変なことだけど、これから頑張ってよ。
そうそう、次のライブなんだけどね、君らがその気なら、こっちも気合い入れて誘うよ。
そうだなあ、次は七月なんてどう?」
雑踏の中、居酒屋やコンビニのネオンライトが身長差の大きい二人を照らす。和美と斉藤は下北沢の駅に向かっていた。斉藤は和美を見下ろして言った。
「今日、どうだった?」
「最後の方はまあまあね。相変わらずギターはメチャクチャだったし・・・。まあ、一生懸命さは伝わってきたよね」
「俺的にはすげー良かったんだけど。いつかもらったMDにさ、黒田さんのデモ入ってたけど、
あの『エンドレス』って曲がかなり好きなんだよね。あれがライブで聴けたのが嬉しかった」
「そう・・・。そういえば冗談で言ってたよ。もしメジャーデビューしたら、
最初に出すCDの一曲目はあれにするんだって。でも私は『ラストショー』の方が好き。
まあ、あの真面目くんな黒ちゃんがバンドマンになるなんてまず想像できんけどね」
「なんかさあ・・・。俺らがサークルでやってるコピバンなんて結局まねごとなんだなって」
「そう?別にそんなことないんじゃない?オリジナルだろうとコピーだろうと、
演奏する人のオリジナリティーは出せると思うよ」
「そうかなあ」
二人はしばらく黙って、賑わう商店街を歩いた。居酒屋、雑貨屋、それにカフェが建ち並ぶこの通りは、車が一応通れることになってはいるが、一日中ごみごみしていて、ほとんど歩行者天国のようである。若者が多いこともあって、自由な雰囲気と活気にあふれている。それがこの街の魅力だった。駅が近づいてきた。
「ねえ、和美さん」
「『さん』付けはやめてよー。もう付き合ってるんだから」
「いや、でもずっとそう呼んでたし」
「まあいいけど」
和美は斉藤の右腕にぐっと肩を寄せて、手をつなぎ、指を絡ませた。
「俺も自分の曲作って歌いたいんだけどさ」
「うん、いつか言ってたよね」
「和美さん」
「もう、何よ」
「俺も、音楽で人を感動させることってできるかな」
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