[この一枚 No.41] 高橋悠治/新ウィーン楽派ピアノ作品集 他

この一枚

1971年から約10年間、高橋悠治はコロムビアにパーセル、バッハからベートーヴ ェン、シューマン、サティ、ドビュッシー、新ウィーン楽派、ストラヴィンス キー、ケージ、メシアン、クセナキス、そして現代日本作曲家に至る、大変幅広 いピアノ・レパートリーの録音を残している。

売上ではサティの3CDが圧倒しているが、他の作品もいずれ劣らず個性的である。 あえて言えば1番は以前この欄でも取り上げたケージのプリペアード・ピアノのための作品、次に今回取り上げる「新ウィーン楽派」、もしくは氷水を入れたバケツで手を冷やしながら録音を続けたという伝説の残る超難曲のクセナキスの作品だろうか。

1970年代初頭まで「新ウィーン楽派は音楽史の中で重要な位置を占めている」と言われながらも、日本では大都市で時折開催されるゲンダイオンガク・コンサートを除くと実際にその作品に触れる機会は殆どなかったし、レコードでもロバート・クラフトの全集やグールドの演奏など僅かなLPが店頭に置かれていただけであった。
そこに風穴を開けたのがカラヤン/ベルリン・フィルによる「新ウィーン楽派の管弦楽集」の発売で、そのロマン的な演奏は前述のクラフトの冷徹なそれと比べると同じ作品とは信じがたく、世界的に新ウィーン楽派が見直されるきっかけとなった。

「新ウィーン楽派でも売れる!」、カラヤンの成功という追い風の中で高橋悠治による「新ウィーン楽派のピアノ作品集」の録音が開始された。
会場は荒川区民会館(現在のサンパール荒川)。1970年代前半に建てられたこのホールは都心に近くて、ピアノの状態も比較的良く、何よりも大ホールが比較的空いていて、演奏家の日程に合わせやすかったので、当時のコロムビア・クラシック録音の拠点であった。
ここで録音された作品はスウィトナー/NHK交響楽団のモーツァルト交響曲集、都響との多くの管弦楽作品。カントロフのチャイコフスキー・ヴァイオリン協奏曲やバッハ・無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ全集、コチシュ/バルトーク・ピアノ作品集などなど、数え切れない。

高橋悠治はいつものようにTシャツとゴムゾウリ、布のバッグを肩にしょって会場に現れた。スタッフに注文をつけるでもなく、さっさと自分に与えられた仕事をこなすという職人の出で立ちだ。
このスタイルは彼の演奏にも通じていて、1つの音と他の音との繋がりが良く分析されており、聴く度に「なるほど」と思えるものになっているが、反面、巨匠と呼ばれるピアニストの深々とした音はそこには無く、ペナペナとしたメゾフォルテと鋭いフォルテシモが交錯する独特の音色となっている。
調性を離れ、12音技法を駆使したシェーンベルクやウェーベルンの作品ではこの分析スタイルの演奏が冴えている。また、最近では多くの著名ピアニストがレパートリーとしているベルクのソナタは分析的演奏として異彩を放つ位置にある。

ゲンダイオンガクは演奏だけ聴いても難解だが、目で楽譜を追いながら聴くと、作品との距離が少し縮まる、というのが長年編集に携わってきた筆者の持論である。ハインツ・ホリガーの「現代オーボエの領域」で数々の図形楽譜を追っかけながら編集したことがその持論を強くする印象深い思い出であるが、新ウィーン 楽派のピアノ曲も同様に楽譜を眺めることで、多くの驚きや発見があった。今日ではインターネット上で簡単に閲覧や購入ができるので、皆様も是非、チャンスがあれば楽譜を追いかけながら演奏を聴いて頂きたい。

このCDの最後に高橋悠治と坂本龍一によるシェーンベルクの「四手のための六つのピアノ曲」が収められている。
今日では「教授」として世界的に活躍している坂本龍一だが、コロムビアへの初録音であった。この後にソロ・アルバム「千のナイフ」を1978年4月に録音して、高橋幸広とのYMO結成に繋がっていく。また、YMOで成功を収めた直後の1982年にはダンスリーと宝塚ベガホールで「ジ・エンド・オブ・エイジア」を録音している。
77年当時は長髪で、ヨレヨレのTシャツ姿でスタジオに現れた教授だったが、YMOで大変身し、82年ダンスリーとの録音終了時には、いつも同じような服装でスタジオ内を駆け回っている筆者に「今度洋服あげようか?」と声をかけてくれた。残念ながらこの申し出は未だに実現していないが。

(久)


アルバム 2010年9月22日発売

高橋悠治/新ウィーン楽派のピアノ曲集
COCO-73171-2 ¥1,714+税

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