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[この一枚 No.68] ～カルミナ四重奏団／シマノフスキ：弦楽四重奏曲第1&2番～

1923年(大正13年)に創刊され、今年(2013年)で90周年を迎えるイギリスのクラシック専門誌グラモフォン(Gramophone)。彼らは「1923年以来クラシック音楽の世界的権威」と自負し、その辛口の批評と英語誌であること、などから世界中の音楽愛好家に愛読されている。

それゆえ、このグラモフォン誌が「この1年で最も素晴らしい音楽作品」として選定する「グラモフォン賞」の発表は「今年はどの演奏家のアルバムが選ばれるのだろうか？」と、毎年、秋の音楽シーズンの楽しみの一つであるが、以外にもその歴史は新しく、1977年が第1回である。参考までに同様にクラシック音楽作品に与えられる賞として有名なアメリカのグラミー賞は1959年、日本のレコード・アカデミー賞は1963年から始まっている。

1992年の授賞式はロンドンの中心部、ハイドパークに沿って建つ五つ星の豪華ホテル「ザ・ロチェスター」で行われたが、なぜか、私はこの会場で、式の始まる直前まで「受賞記念スピーチ」の手直しに追われていた。

1984年にスイスで結成され、来年に30周年を迎えるカルミナ弦楽四重奏団。彼らは1987年、イタリアのエミリアで開催された「パオロ・ボルチアーニ弦楽四重奏コンクール」で一位無しの二位に入賞したのだが、その結果に不満を抱いた世界的四重奏団のメンバーなどの審査員達が「彼らは第一級の四重奏団である」と証明証を発行した事で、一躍有名になり、世界中から多くのコンサート依頼が舞い込んだ。

お茶の水のカザルスホールで開かれた初来日のエンサートを聴いた日本コロムビアのディレクター、馬場はその足で「CD制作」の依頼を行った。カルミナのホームページには「1989年、私達は日本コロムビア(DENON)と長期間の録音契約を行った」と記載されている。

弦楽四重奏団のデビュ－・アルバムはハイドンかモーツァルト、シューベルト、もしくはドビュッシー、ラヴェルといった無難な曲目が普通選ばれるが、いきなり、クラシック音楽マニアでも殆どの人が知らない“シマノフスキ：弦楽四重奏曲第1番＆第2番”が提案されてきた。当時、海外のDENON－CDディーラーからは「珍しいレパートリーを録音して欲しい。そうすれば店にCDを置いて貰える」という要請はあったが、制作費を回収するには、まず日本で売れることが第一であった。
しかし、ディレクターは「無名の演奏家による無名の曲目」の録音ために熱意を持って会社側から制作承認を引き出し、録音は1991年5月、スイスで行うことに決定した。

1991年4月ウィーンでウィーン室内合奏団の2枚のアルバムを録音した後、馬場と録音エンジニアのベッツはスイスに向かい、カルミナ四重奏団のDENONデビュー、シマノフスキの録音を行った。

この作品を聴けばお解り頂けると思うが、冒頭から不思議な、世紀末的な世界が繰り広げられる。演奏も録音もまるで高級なシルクの織物のように細やかな色彩に満ち、最初は冷たく、聞き込むととても暖かい。最後にウェーベルンの甘い楽章が終わると充実した気持ちにしてくれる。カルミナのメンバー達が何故この曲をデビューアルバムに取り上げたのか、納得できる自信作である。

DENONにとってほとんど接点の無い、グラモフォンの批評家達が「極東のレコード会社が制作した、無名の四重奏団(ロンドンでの演奏会は大成功を収めていたのだが)によるこの作品をグラモフォン賞、室内楽部門」に選定してくれたことは嬉しい驚きだったし、「いかにもイギリス人らしい趣味だな」とも同時に感じた。

1992年秋、東京の本社からドイツに「グラモフォン賞の授賞式には馬場は出席できないので、受賞記念スピーチを欧州DENONの会長に行って欲しい。また君も同行してアーティストのケアと受賞記念スピーチの原稿を作って欲しい」との要請があった。

カルミナ四重奏団とは同年2月、2枚目のアルバム録音の立ち会いとしてハイデルベルク近郊のスタジオで顔を合わせてはいたが、通り一遍の挨拶を交わしただけで、人となりは殆ど知らなかった。まして受賞記念スピーチ原稿とは！
慌ててシマノフスキのCDを聞き込み、ライナーを読み、まず日本語で原稿を作り、英訳して、同僚のドイツ人二人に訂正してもらったが、最終的にはスピーチする会長のことを考慮し、簡単なものとなってしまった。
結果、名誉ある賞を初受賞することで、「苦労したが、このCD制作は間違っていなかった」という制作者の思いを雑誌関係者、批評家達に伝えられなかった、と後悔が残っている。
次回、受賞の折は是非、制作担当者が直接スピーチしていただきたい。その喜びと感謝の言葉はきっと選んでくれた選定者のみならず、列席する音楽関係者の胸を打つだろう。

(久)