[この一枚 No.73]〜有田正広 東京バッハ・モーツァルト・アンサンブル/ヴィヴァルディ:フルート協奏曲集〜

この一枚

1728年頃アムステルダムで出版されたヴィヴァルディ作曲フルート協奏曲集作品10は世界最初のフルート(横笛のための)協奏曲と呼ばれ、《海の嵐》、《夜》、《ごしきひわ》という3つの標題音楽を含むなど、その音楽の親しみやすさから、今日までフルートの名曲として広く親しまれている。

フラウト・トラヴェルソ奏者、有田は1981年、フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラの第1回公演のソリストとして招かれ、テレマン:フルートとリコーダーのための協奏曲(リコーダー;ブリュッヘン)を演奏。また翌1982年秋には、ヴィヴァルディ:フルート協奏曲集作品10(ブリュッヘンと有田が3曲ずつソロ)などを携え、ミラノやヴェネツィアなど北イタリアの6都市で公演を行っている。

話は少し遡るが、ブリュッヘンは18世紀オーケストラの立ち上げ準備に忙しい1979年、名プロデューサー、エリクソンが興したセオン・レーベルに、この曲を通常のフルート独奏版ではなく、ヴィヴァルディが音楽教師を務めていたヴェネツィアの女子孤児院(ピエタ)の音楽会のための室内協奏曲版(以降ヴェネツィア版と呼ぶ)を用い、曲によってリコーダー(縦笛)とフラウト・トラヴェルソ(横笛)を吹き分けて録音している。この流れから、1982年の18世紀オーケストラの北イタリアでの公演がどの版で行われたか、容易に推測ができる。

ブリュッヘンとの録音は叶わなかったが、このヴェネツィア版の面白さに触れた有田は、1989年のアリアーレ・シリーズの選曲にあたり、J.S.バッハ:フルト・ソナタ全集、モーツァルト:フルート四重奏曲全集、テレマン:無伴奏フルートのための12のファンタジーに続き、このヴェネツィア版のヴィヴァルディ:フルート協奏曲集を提案してきた。

1986年、日本コロムビアはこのヴィヴァルディ:フルート協奏曲集を、フランスの名フルート奏者アラン・マリオンとヤーノシュ・ローラ率いるリスト室内管弦楽団の演奏で録音していた。この録音は現代フルートと弦楽合奏という作品10の楽譜に準じた演奏だが、独奏部分ではマリオンのテクニックを誇示する様々な装飾音が加えられている。

アリアーレ・シリーズと同じ1989年に誕生した東京バッハ・モーツァルト・オーケストラを、CD録音にいつ、どのように組み込んでいくかは、レパートリー拡大の中で考えなければならない課題で、まずは有田正広指揮・独奏とオーケストラの弦楽器のピックアップ・メンバーでヴィヴァルディの録音を、とスタッフは考えていた。そこに有田から「本間正史のオーボエ、堂阪清高のファゴットを加えたヴェネツィア版でヴィヴァルディを録音したい。」という提案があった。

有田から「ヴェネツィア版とはどんなものか、また、ヴェネツィア版では曲によりリコーダーとフラウト・トラヴェルソの楽器指定があるが、作品10では全曲フラウト・トラヴェルソにするなど、ヴィヴァルディは楽器の違いをあまり意識しないと思われるので、今回は全曲フラウト・トラヴェルソで演奏したい。」との説明を受け、一同はヴェネツィア版の録音に同意した。

1990年8月お盆休みの中、宮城県中新田のバッハホールで録音は行われた。過去3作のディレクターはアリアーレ・シリーズの生みの親とも言える音楽評論家、故佐々木節夫氏が担当していたが、「僕は作るより、このCDを褒めるほうにまわりたい」と降り、コロムビアの馬場が引き継ぐ。以降、マンゼ指揮ストラヴァガンツァ・ケルンやクイケン兄弟の制作以外は、シリーズの大半を彼が担当している。

このシリーズのCDは演奏も解説も従来と一線を画す、として、第1回のバッハから解説も演奏家本人が執筆し、演奏を裏付けるものとして評判になっていた。このアルバムにもヴェネツィア版や今回の演奏についてなど有田による丁寧な解説が記されているが、このアルバムをより色彩豊かにしている重要な演奏家達、オーボエの本間、ファゴットの堂阪についての紹介が無いので、ここで簡単に触れておこう。

本間正史は、1972年桐朋学園大学を卒業後、東京都交響楽団に入団し、1976年オランダのデン・ハーグ王立音楽院に留学、帰国後、有田らと共にオリジナル楽器グループ「オトテール・アンサンブル」を組織。また、東京バッハ・モーツァルト・オーケストラの管楽器リーダーとしても活躍する。その一方で、東京都交響楽団の首席オーボエ奏者として2012年春まで在籍していた。
堂阪清高は東京芸術大学をクラリネットで卒業し、同大学院にファゴットで入学している。1970年東京都交響楽団に入団し、73年から首席奏者を務め、本間と同じ2012年春に退団している。オリジナル楽器では、70年代後半からバロック・ファゴット演奏を始め、1987年アルヒーフ・レーベル「ヘンデル:木管楽器のためのソナタ全集」で有田、本間と共演するなど、長らくバロック・ファゴットの名手として活躍している。

この二人が活躍する部分を2つほど挙げてみたい。現代楽器で演奏する第2番《夜》の情景が、ヴェネツィアの明るい街灯に照らされたサンマルコ広場の美しさだとすると、有田盤での堂阪のファゴットには、幽霊が出そうな18世紀ヴェネツィアの深い夜の闇を聴かせてくれる。また、《ごしきひわ》では本間のオーボエが弦楽器と共に群れをなす鳥の鳴き声を奏し、より情景を思い浮かべさせてくれる。
このようなヴェネツィア版のスリリングな面白さを体験すると、世界最初のフルート協奏曲作品10(出版版)がヴィヴァルディのやっつけ仕事に感じられるようになるかもしれず、ブリュッヘンや有田がなぜこの版で録音したかが理解していただけるだろう。

この3人の演奏を更に発展させたのが、1992年録音のヴィヴァルディ:木管楽器のための協奏曲集である。このアルバムでは有田と共に本間、堂阪のソリストとしての名演が聴ける。フルート協奏曲集の補完として、是非聴いて頂きたい。

(久)


アルバム 2012年6月20日発売

ヴィヴァルディ:フルート協奏曲集〈作品10〉
※録音:1990年8月14〜17日 中新田バッハ・ホール
COCO-73300 ¥1,143+税

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アルバム 2006年12月20日発売

ヴィヴァルディ:木管楽器のための協奏曲集
※録音:1992年6月、府中の森芸術劇場ウィーンホール
COCO-70836 ¥1,000+税

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