[この一枚 No.78]〜ラ・ストラヴァガンツァ・ケルン(有田正広:独奏)/J.S. バッハ:管弦楽組曲全集〜

この一枚

某音楽雑誌に「最新版 名曲・名盤500(1)」という特集が組まれていた。第1回目はバッハからベルリオーズ迄の名曲について10名の音楽評論家が推薦する3枚の名盤を集計し、順位が付けられている。パラパラとページをめくると日本コロムビアのアリアーレ・シリーズの演奏も取り上げられ、中には1位に選ばれた作品もあつた。改めてじっくり読み始めると、冒頭のJ.S.バッハ:管弦楽組曲で驚いた。いや、むしろ悲しくなってしまった。その訳は名盤の4位に選ばれたマンゼ指揮ラ・ストラヴァガンツァ・ケルンのCD番号がBrilliant Classics海外盤と表記されていたからだ。

今回はこのラ・ストラヴァガンツァ・ケルンについて紹介する。
1989年秋に有田正広/J.S.バッハ:フルート・ソナタ全集で始まったオリジナル楽器演奏によるアリアーレ・シリーズは欧米でも好意的に迎えられていた。当時ドイツに駐在していた録音エンジニアの高橋はヨーロッパでの録音活動の拡大に伴い、若くて優秀なドイツ人トーンマイスター2名をDENON録音チームに引き入れようとしていた。一人はデュッセルドルフの工科大学と音楽大学で学んだホルガー・ウアバッハ、もう一人はデトモルト音楽大学卒のゲルハルト・ベッツで、二人ともトーンマイスターとして録音エンジニアのみではなく、演奏家と共にCDをプロデュースしたい、と考えていた。

その頃、ウアバッハの友人でヴァイオリニストのポール・リンデナウアーは各国のオリジナル楽器演奏で知り合った仲間たちとラ・ストラヴァガンツァ・ケルンを結成し、音楽的リーダーとして英国人のアンドルー・マンゼを向い入れた。後に世界的ハープシコード奏者トレバー・ピノックの後任としてイングリッシュ・コンサートの音楽監督に就任するマンゼは当時、若手のオリジナル楽器ヴァイオリン奏者として将来を嘱望されていた。
このマンゼに率いられた、フレッシュで才気溢れるグループの演奏を聴いたウアバッハは日本コロムビアに録音企画書「ラ・ストラヴァガンツァ・ケルンによるテレマン:序曲集、18世紀英国シアター・ミュージック、ヘンデル:王宮の花火の音楽、ヴィヴァルディの《ラ・ストラヴァガンツァ》抜粋、ジェミニアーニ:魔法の森抜粋」などを提出した。
日本では誰もこのグループを知らなかったため、日本市場で売れるだろうかという不安があったが、DENONドイツ社長からの「ドイツ市場開拓とドイツ人勤労意欲向上のため、録音承認を」との強いメッセージが寄せられこともあり、録音にゴーサインがでた。

録音は承認されたが、制作費は抑えることが条件のラ・ストラヴァガンツァ・ケルンの録音はスタジオ経費削減のためドイツ放送との共同企画として始まった。ケルン郊外の現代的ビルの中にある大きな箱のようなスタジオがドイツ放送ゼンデザール、様々な音楽の録音に対応できる機能的なスタジオで、日本の放送局スタジオに比べて響きが豊かである。また、グループのマネージャー役としてリンデナウアーは各国から集まったメンバーを友人宅や安いホテルに分散して宿泊させ、経費を切り詰めた。
こうして、ウアバッハがディレクターを、ベッツが録音を担当したドイツ人スタッフ制作の第1回作品「テレマン:序曲集」はアリアーレ・シリーズとして発売された。

オリジナル楽器演奏を掲げるアリアーレ・シリーズで有田のフラウト・トラヴェルソを独奏とするJ.S.バッハの管弦楽組曲第2番、ブランデンブルク協奏曲第5番は録音すべき最重要レパートリーであったが、いずれの全曲録音にも優秀なトランペット奏者が必要で、当時は海外の演奏家の招聘を考えなくてはならず、旅費と演奏費、練習日程、録音会場など様々な録音経費の問題が高い障壁となっていた。

打開策を模索している中で、有田とラ・ストラヴァガンツァ・ケルンの共演案が浮かび上がってきた。有田一人を渡欧させ、数枚のアルバムを制作することで、1枚あたりの経費を抑えられ、同時に日本ではセールスが伸び悩んでいるラ・ストラヴァガンツァ・ケルンの知名度を上げられる、一石二鳥のアイデアであった。

1994年5月、有田とマンゼ率いるラ・ストラヴァガンツァ・ケルンとの録音はテレマン:様々な楽器のための協奏曲集から始まった。引き続き6月にはバッハ:管弦楽組曲第2番の録音が共にドイツ放送ゼンデザールで行われている。10月には残りの管弦楽組曲1番、3番、4番がゼンデザールで、そして録音会場を教会に移して2曲のオルガン独奏を含むシンフォニアが録音された。

この管弦楽組曲全集のセールス・ポイントはまず第2番での有田のフラウト・トラヴェルソ独奏であるが、第4番が通常演奏されるトランペットとティンパニを含んだ形ではなく、若きバッハがケーテン時代に作曲したと想像されるオリジナルの形で演奏されていることも挙げられる。
なぜ、この版で録音したか?マンゼはライナーノートの中で「トランペットとティンパニのパートを取り除いても、第4番がそれ自体として完全な音楽作品であることに変わりはない(中略)そしてその結果たるや驚くべきものだった。組曲はフォルティッシモの和音ではなく陰気な低音で始まる。(略)もし、失敗ということになればその責任は筆者にある。」と強い自信を覗かせている。素晴らしいアイデアと演奏だけに、もっと知られてよいアピール・ポイントである。

日本とドイツの演奏・録音スタッフの努力で完成したこのアルバムだが、その後日本コロムビアの経営母体の変化に伴い、海外での音源販売権はBrilliant Classicsに売り渡されてしまった。結果、リーズナブルな国内盤が発売されているにも関わらず、音楽評論家はムジカ・アムフィオンが演奏したブランデンブルク協奏曲とセットにされた海外盤を選び、そのまま掲載されてしまったのだろう、残念。

(久)


アルバム 2003年03月26日発売

ラ・ストラヴァガンツァ・ケルン(有田正広:第2番独奏)/J.S. バッハ:管弦楽組曲全集
※録音:1994年6月〜10月、ケルン、ドイツ放送ゼンデザール&エマヌエル教会
COCO-70504-5 ¥1,500+税

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