[この一枚 No.87]〜インバル/バルト−ク:弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽〜

この一枚

1960年代、英国デッカ録音チームによるエルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団の数々のLPレコードは演奏もさることながら、その音を包み込む響きの美しさで「名演奏・名録音」とされてきた。その録音会場がヴィクトリアホールで、クラシック録音を志す者なら一度はその響きを味わいたい、自らマイクロフォンを置いて録音してみたい、と願う場所の一つである。

スイスの西側、フランス語圏の政治・経済・文化の中心地ジュネーヴにあるヴィクトリアホールは19世紀末の英国領事ダニエル・バルトンにより1894年に建てられ、当時の英国女王の名を冠に抱いて「ヴィクトリアホール」と命名された。ホールの形状はシューボックス型で、豊かな響きを持ち、ステージ背後の階段席の奥にはオルガンが備えられ、オペラ劇場のように2階のバルコニー席がステージ近くまで張り出している。また、壁面は当時のフランスの美術様式で美しく飾られており、客席数は最大で1644と言われる。

1985年に開始されたフランクフルト放送交響楽団とのマーラー交響曲全集の世界的な成功により、日本コロムビアと指揮者インバルとの関係は急速に拡大してゆく。同オーケストラとはベルリオーズ、チャイコフスキー、新ウィーン楽派、ブラームス、シューマンなどを、フランス国立管弦楽団とはラヴェル、ウィーン交響楽団とはショスタコーヴィチ、マーラーの歌曲、ベルリン放送交響楽団とはリスト、ベルリン・ドイツ交響楽団とはヤナーチェク、そしてスイス・ロマンド管弦楽団とはバルトークとR・シュトラウスなど、19世紀半ばから20世紀前半までの主要なオーケストラ作品をほぼ10年間に次々録音してゆく。
漏れたのは同時期テルデックに録音したブルックナー、ストラヴィンスキー、ドヴォルザークの他に、目星い作品は録音していないシューベルト、メンデルスゾーン、ドビュッシー、シベリウスくらいだろうか。

日本コロムビアで最初にバルトークの「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」を録音したのは1981年、モーシェ・アツモン指揮東京都交響楽団の演奏で、荒川区民会館で収録された。これが日本コロムビア=都響シリーズの最初で、以降同オーケストラとは半年に1回のペースで様々な指揮者と数々のレパートリーを録音してゆき、若杉弘指揮のR・シュトラウスのバレエ音楽、武満や黛などの現代日本音楽作品などに結実してゆく。

マニアの間では「弦チェレ」と呼ばれ、バルトークの傑作として名高いこの曲はそのタイトルのように弦楽器、打楽器の様々な奏法(例えば弦楽器のバルトーク・ピチカート、ティンパニーのグリッサンド、ピアノの打弦楽器としての扱いなど)が用いられ、音楽もあらゆる不要なものが削ぎ落とされたような厳しい表情を見せている。 そのため、過去の名盤と言われるものにはマイクロフォンを楽器に近接して置き、響きよりその奏法の生々しさを際立たせる録音が多い。
しかし、1989年、ヴィルモース、高橋のチームで行われたこの録音は厳しさと共にこのホールの美しい響きを取り入れ、音楽に厚みと深さを与えている。
翌々年春に収録されたカップリング曲「管弦楽のための協奏曲」では帰国準備で多忙な高橋に変わってウアバッハが参加しているが、ヴィルモースもこの録音がDENONへのオーケストラ録音の最後となった。

多くのインバルの録音と同じようにこの収録もコンサートとリハーサル(録音セッション)が同時に行われている。そのため、セッション中はマイクスタンドを立ててメインマイクロフォンの位置を動かせるが、夜の演奏会では目障りなマイクスタンドは撤去し、マイクは魚釣り用の細いテグスで天井から、もしくは左右のバルコニー席から吊るすことになる。残念ながらこの歴史あるホールには日本ならどこにでもある3点吊りの設備は無いため、リハーサルから演奏会までの短い時間の中で、マイクを吊るして前後左右に動かし、あらかじめマイクスタンドで決めた場所に置くことの困難さがご理解いただけるだろうか。

インバルとこのオーケストラはさらに2年後、R・シュトラウスの主要な管弦楽作品(「英雄の生涯」からめったに演奏されない「家庭交響曲」まで)を次々に録音してゆくが、この時は前述のウアバッハが制作を、同僚のベッツや友人のシュミットが録音を担ってヴィルモース・高橋チームの録音スタイルを受け継ぎ、派手すぎず、会場の美しい響きを取り込んだ落ち着いた作品に仕上げている。

(久)


アルバム 2004年12月22日発売

エリアフ・インバル指揮 スイス・ロマンド管弦楽団
バルトーク:弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽/管弦楽のための協奏曲
※録音:1991年、1989年[PCMデジタル録音]

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アルバム 2005年12月21日発売

R・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」/交響詩「ドン・ファン」
※録音:1995年[MS/20ビット・デジタル録音]
COCO-70761 ¥1,000+税

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アルバム 2005年12月21日発売

R・シュトラウス:家庭交響曲/交響詩「死と変容」
※録音:1996年[MS/20ビット・デジタル録音]
COCO-70762 ¥1,000+税

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