[この一枚 No.92]〜高橋悠治/サティ:ピアノ作品集1〜3〜

この一枚

エリック・サティは1866年5月17日、フランス北部の港町オンフルールで誕生しているので、今年(2016年)は彼の生誕150周年となる。

1970年、建築家・現代音楽作曲家として知られるクセナキスに師事した「作曲・ピアノの若き鬼才」として高橋悠治は日本の音楽界に登場する。
日本コロムビアは彼と契約し、71年に「ベートーヴェン、メシアン、ストラヴィンスキー:作品集」を、73年には初のPCMデジタル録音としてバッハのピアノ協奏曲、74年にはパーセル:最後の曲集(アナログ録音)を収録する。 彼の本格的録音が開始されるのは75年からで、1月にドビュッシー、8月には尚美学園でバッハ:フーガの[電子]技法、12月にジョン・ケージ、翌76年1月にサティ:ピアノ作品集-1、3月にシューマン、5月にクセナキス・メシアン作品集、10月にバッハ:ゴルトベルク変奏曲、77年1月はバッハ:インベンションとシンフォニア、4月バッハ:パルティータ集、7月にはフルート奏者エイトケンのピアノ伴奏者として福島和夫作品集とピアノ・ソロで新ウィーン楽派ピアノ音楽集成、9月には作曲家高橋悠治の作品「ぼくは12歳」。 この他にもジャズ・ピアニスト佐藤允彦やパーカッションの富樫雅彦などのジャズメンと共演したアルバムなど、高橋悠治の多才ぶりを知らしめる様々な作品が79年まで一気に録音されていく。

中でも、76年12月にLPレコードとして発売された「エリック・サティ:ピアノ曲集」はサティの魅力と高橋悠治の音楽性が融合した「時代が求めていた1枚」としてテレビ・コマーシャルやカフェ・レストランなどのBGMとして使われるなど、クラシック音楽の垣根を超えて多くの人に受け入れられ、日本におけるサティ・ブームを巻き起こした。
以降、サティの作品は多くのピアニストのみならず、様々な楽器に編曲・演奏され今日に至っていることは周知の事実だろう。

高橋悠治が演奏するサティの魅力はどこにあるのだろうか?サティの代表作「ジムノペディ第1番」を例に述べてみる。
この曲の楽譜を眺めると「ゆっくりと苦しみをもって」(Lent et douloureux)と記載され、左手は単純なバス進行とそれにかぶさる和音。右手も四分音符が続くのみでピアノ初心者でも弾けそうな音楽である。有名なメロディは5小節目からピアニシモ(pp)で演奏され、突如9小節目の和音にフォルテ(f) が現れる。多くのピアニストはその前のスラーで繋がれた美しいメロディの世界を壊さないようにその1つの和音だけを少し強く奏でてアクセントをつけ、また元の静かな調和の世界に戻る。中にはベートーヴェンのピアノ・ソナタの緩徐楽章のように荘厳に演奏する例もある。
しかし、高橋悠治の演奏はそんな世界を産み出さない。冒頭からブツギリで素っ気無く和音が続き、メロディもゴツゴツと石段を歩くように弾かれ、そして9小節目から次のピアニシモの表情記号が現れるまでの4小節続く和音は全てフォルテで弾かれる。まるで突然石を抱えた子供が登場して池に投げ込み、大きな波紋があらゆる方向に拡がる様子を見て喜び、そして立ち去ってまたピアニシモの世界に戻るように。
この美しい世界を意識的に壊す諧謔性はサティの音楽の特徴で、斜に構えた高橋悠治の演奏と合致して現在では数多あるサティのアルバムの中でもとびっきり個性的な1枚となっている。

当時日本コロムビアの制作は川口良晴、録音は林正夫のチームで、この高橋悠治の「ペナペナ」と表現したらよいのだろうか、独特のタッチ・音色を捉えるべく、ゼンハイザーのコンデンサー・マイクロフォンをメインに、同じくゼンハイザーのダイナミック・マイクロフォンを近接して置いて収録していたように記憶する。

このアルバムの成功により、79年3月には「第2集―諧謔の時代より」(ヴァイオリン:水野佳子)、同年11月には「第3集―四手のためのピアノ作品集」(ピアノ:アラン・プラネス)が録音された。
ピアニスト:アラン・プラネスについて少し説明すると、1948年生まれの彼はヴァイオリニスト、カントロフの伴奏者として1975年のフォーレ:ヴァイオリン・ソナタ集で登場。以降カントロフや藤原真理の伴奏ピアニストとして来日・録音を行う。70年代半ばよりブーレーズ率いるフランス国立音響音楽研究所(通称IRCAM)のピアニストとして活躍。その後ソロでピアノ作品の録音も行っている。

このアイロニーに満ちたアルバムが録音・発売されてから既に40年が経過したが、その間、廃盤になることなく常にCDショップの店頭に置かれてきた。
CDでは変えられてしまったが、初回LPのジャケットはジーンズのジャケットを纏ってピアノにむかう高橋悠治の写真が使われている。この頃の彼は(喜寿を迎えた今でもそうかもしれないが)、上下ジーンズで中に染めたTシャツを着て、肩からは布袋(トートバッグ)を下げ、ゴム草履というラフな出で立ちでスタジオにフラッと現れていた。
このアルバムが今でも売れていることを伝える機会があるならば、「まあ、そんなものかな」とボソッと呟く彼の姿が想像できる。

(久)


アルバム 2010年9月22日発売

サティ:ピアノ作品集1
録音:1976年[PCM デジタル録音]
COCO-73125 ¥1,143+税

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アルバム 2004年3月24日発売

サティ:ピアノ作品集‐2 諧謔の時代より
録音:1979年[PCM デジタル録音]
COCO-70703 ¥1,000+税

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アルバム 2004年3月24日発売

サティ:ピアノ作品集‐3 四手のためのピアノ作品集
録音:1979・80年[PCM デジタル録音]
COCO-70704 ¥1,000+税

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