この一枚

この一枚 No.98

クラシックメールマガジン 2017年2月付

~スメタナ四重奏団/ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲《アメリカ》、弦楽六重奏曲~

2008年、JR代々木駅近くの録音スタジオに日本コロムビアの録音、クラシック&ジャズ制作、宣伝、営業の各関係者とメモリーテックのスタッフが集結し、メモリーテックが開発した高音質CD(HQCD)と従来のCD、さらにクリスタルCD、そしてそれらとマスターテープとの音質比較試聴が行われた。
1982年10月、CDが発売された当初はCDプレーヤからの再生音質はマスターテープとは大きな開きがあった。その主な原因は高音質というレベルでデジタル音声の信号処理を行うCDプレーヤのデジタル、アナログ回路がまだ未熟なことであったが、ともかくCD誕生から今日までCDソフト側とCDプレーヤ・メーカー双方で再生音をマスターテープに近づける努力がなされてきた。 CD製造技術に絞ると、CD盤上にデジタル信号の穴(ピット)を正確に刻むカッティング技術、最適なCD製造時間の追求など日々細かく改善が重ねられていたが、1987年秋には反射面を従来のアルミから金に変えた金蒸着CDを発売することで、CD製造技術でも音質が変化することを音楽・オーディオファンに印象づけた。 しかし金蒸着CDは製造コストが高いことや製造ラインをアルミから金、またその逆に変える手間がかかることなどから、音質重視だが販売数量の少ないクラシックよりも金色に輝く形からアーティストの記念CDとしての需要が多くなっていった。
そして2008年HQCDの比較試聴会となる。
あくまでも当時の個人的な印象・記憶だが、マスターテープの音質を100とすると従来のCDは90、HQCDはよく聴かないとCDとの差が判りにくい93~95という感じだったのに対して、クリスタルCD(ガラスCD)の音質はかなりマスターに近い97前後の印象だったのには驚いた。しかしながらその製造コストも驚きの1枚数万円前後で、当時は商品化を断念せざるを得なかったが、今回このクリスタルCDの製造技術をHQCDに移植したのがUHQHDである。
話をスメタナ四重奏団に移そう。
1972年4月に青山タワーホールで最初のPCMデジタル録音を行なったスメタナ四重奏団には日本コロムビアからデジタル録音で多くの楽曲の共同制作提案がスプラフォン経由で寄せられていた。
中でも彼らの日本公演で大人気のドヴォルザークの弦楽四重奏曲《アメリカ》はスプラフォンにステレオ録音音源が無いため、営業サイドから渇望されていたけれど1975年春からのモーツァルト、スメタナ、ヤナーチェク、ベートーヴェンと続く彼らの録音スケジュールの中には見出せなかった。スプラフォンでは同時期にプラハ四重奏団によるドヴォルザークの弦楽四重奏曲全集をドイツ・グラモフォンとの共同制作で進行していたことも影響していたのだろうか。
そんな状況が変わったのは日本でのライヴ録音の提案だった。
「(スメタナ四重奏団の5人目のメンバーと言われ、メンバーからの尊敬を受けている)ディレクター、ヘルツォークがライヴ録音に立ち会うことを条件に日本での録音を許可する」というニュースが1978年秋にチェコからもたらされた。
待望のドヴォルザークの《アメリカ》、ピアノ五重奏曲、そしてシューベルトの《死と乙女》が収録予定曲目で、ライヴ会場は岐阜市民会館、新宿厚生年金会館、更に抑えとして北海道や中部地区など数会場での録音が予定された。
スメタナ四重奏団にとってはどの曲も手の内のレパートリーなので、会場でのリハーサルは響きや照明を確認するだけの短時間で終了してしまうが、録音スタッフにとっては初めての場所なのでどの位置にマイクを置けば(天井から吊り下げれば)良いのか皆目検討がつかない。なのでヘルツォークに頼んでマイクテストのため彼らにできるだけリハーサルを長くしてもらい、左右のマイク間隔、距離、高さを追い込んでいった。またコンサートで大きな傷があった箇所はアンコールに演奏してもらった。
しかしながら会場が異なると同じマイク位置でも音の拡がり、響きなど違ってしまう。そのためスタジオに戻ってから会場の音に響きを加え、音の拡がり、音のバランスを整え、違う会場の演奏を編集しても違和感の無いようにする作業が続いた。
こうして「スメタナ四重奏団 ライヴ・イン・ジャパン―2」で《アメリカ》が発売された。
しかし、このアルバムはアーティスト達に満足のいくものでは無かったのか、2年後、再びヘルツォークが来日して別の曲目的でライブ録音した神戸文化ホールでの《アメリカ》の演奏が良く、2年後《アメリカ》1曲のみで1500円というLPレコードとして発売された。
そして、数年後80年神戸での《アメリカ》と78年のピアノ五重奏曲が組み合わされたものがCD化された。
彼らのライフワークであったベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲録音を85年に終えて4人のメンバーが初老にさしかかる88年《アメリカ》の3回目のデジタル録音がずっと熱望していたスタジオ録音でなされた。
今回の演奏は78年や80年のライブ盤と比較すると少し音色の衰えを感じさせるが、おそらく何百回と演奏して自らの血肉と化しているものを納得いく形で残したい、という彼等の思いが伝わってくる。
また、弦楽六重奏曲ではモーツァルトの弦楽五重奏曲全集でも聴かせてくれたスークのよく響くヴィオラ演奏を楽しめる。
さらに、UHQCDからはあたかもドヴォルザークホールの最前列で聴いているような空気感が伝わってくるようだ。

(久)

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