「なぜオリジナル楽器(古楽器)で演奏・録音するのですか?」という質問への一つの答えとして1枚の絵を例えてみよう。
ルネサンス絵画を代表する作品であるボッティチェッリの「プリマヴェーラ《春》」は15世紀末にメディチ家の為に描かれてから500年もの年月の中で、煤や埃さらに19世紀に行われた修復の悪影響もあり、1970年代までは画面全体が森の中のように薄暗く、女神たちの足元は何が描かれているのかよくわからない状態だった。しかし1981年に行われた大規模な修復により絵はオリジナルの明るさと色彩を取戻し、さらに女神たちの足元にはフィレンツェ近郊に自生する500種もの草花が描かれていることが判明した。まさにフィレンツェの春の野の情景が蘇えって、改めてこの絵の、また画家の素晴らしさを再認識させられたという。
クラシック音楽も数百年間の演奏様式や楽器の変遷に揉まれて、今日では作曲家が意図していた音楽、響きから変化していったと考えるのが普通かもしれない。音楽における「修復作業」は作曲された時代の楽器(もしくはそのコピー)を用いた演奏を行い、録音するということではないだろうか。
但し、「修復」には当時の楽譜や演奏法に対する深い見識と演奏技術という細心の注意が払われなければならないことは言うまでもない。悪しき修復はオリジナルを破損させ、二度と修復不可能な状態(聴衆の反発)を招いてしまうことになるからだ。
日本コロムビアの古楽シリーズ「アリアーレ」は企画監修に音楽評論家の故・佐々木節夫を、またメイン・アーティストに深い見識と高い演奏技術を持つ有田正広を据え、1989年10月の「J.S.バッハ:フルート・ソナタ全集」から始まった。
CDの解説原稿をどうするか?という打ち合わせの中で、佐々木氏が「どうせならば、何故この演奏がなされたのか、有田に書いてもらったらどうだろう」と提案したことで、まるでフルート・ソナタの謎が解明されてゆくような演奏家自身による大論文が解説となり、通常のクラシックCDの印刷コストを考えれば「採算度外視」ともいえるページ数が使われた。
同年12月にはオランダで「モーツァルト:フルート四重奏曲全集」、「テレマン:無伴奏フルートのための12のファンタジー」を録音し、この2作品からはシリーズに統一感を与えるためにジャケットに故・有元利夫氏の絵を使い始めた。
ここで、アリアーレ・シリーズの大きなスタイル(オリジナル楽器による演奏、何故この演奏なのかを知る丁寧な解説、そして有元氏の絵を用いたジャケット)が出来上がる。
手前味噌だが、このシリーズは国内のみならず海外、特にフランス語圏から好評を持って迎えられ、以降、バロック・ヴァイオリンの寺神戸亮、フォルテピアノの小島芳子、クイケン兄弟などのソリスト達、アンサンブルではチェンバロのクリストフ・ルセ、ヴァイオリンのアンドリュー・マンゼなどが共演し、オーケストラではラ・プテット・バンド、東京バッハ・モーツァルト・オーケストラなどがこのシリーズに登場する。
しかしながら、21世紀を迎える前後から世界的にCDの売上が減少し、レコード産業は急速に衰退してゆく。アリアーレ・シリーズも例外では無く、多くの新企画・新録音が中止に追い込まれ、制作陣は企画とコストを天秤にかけ、採算が取れる方法を模索していた。
アリアーレ・シリーズが20周年を迎えた頃、有田から「僕の家に今、ショパンが生きていた時代の1841年に作られたオリジナルのピアノ、プレイエルがあって、とても良い音がする。これを使ってショパンのピアノ協奏曲ができないだろうか」との連絡があった。更に尋ねると「仲道さんがこのプレイエルを弾いてとても良いから、彼女をソリストでどうだろうか?」
仲道さんはBMGジャパンの人気ピアニストで、専属契約を結んでいたので他社への録音には会社として専属開放の許諾が必要という大きなハードルがあり、日本コロムビアにはBMGジャパンへの見返りとして交換できる演奏家はいなかった。しかしながら、仲道さんの「この曲をプレイエルで演奏したい、録音したい」という熱意が会社を動かし、専属開放の許可がおりた。
次に有田が拘ったのは使用楽譜であった。解説書にも触れられているがこの曲の楽譜には様々なヴァージョンがあり、どれがショパンの考えに一番近いのか、また演奏会、録音用に貸出可能かを有田は模索していた。結果、第1番はキストナー社の、第2番はブライトコップ・ウント・ヘルテル社の楽譜が用いられている。
さらに、プレイエルの音量とオーケストラとのバランスを考え、ピアノソロの伴奏部分では弦楽器群が合奏するのではなく、首席奏者のみが演奏している。
東京芸術劇場の全面的協力もあって、仲道郁代をソリストに迎えた有田正広指揮クラシカル・プレイヤーズ東京の2回の演奏会が春と夏に開催され、夏の演奏会のゲネプロの中で2曲の録音セッションが行われた。
この録音はショパンのメモリアルイヤーの最後を飾るCDとして2010年12月に発売された。
現時点では21年に渡るアリアーレ・シリーズの最初と最後のジャケット表紙は有元氏の絵は使われていないがオリジナル楽器の演奏、丁寧な解説はシリーズを踏襲している。
J.S.バッハで始めた当初にまさかショパンにたどり着くとは佐々木さんは予想していただろうか?
(久)
-
久木崎秀樹(くきざき・ひでき) プロフィール
1972年3月、九州芸術工科大学音響設計学科卒。同年4月日本コロムビア入社。
録音部研修中の4月、青山タワーホールでのスメタナ四重奏団のPCM録音に立ち会う。
以降、PCM録音機のオペレーション、編集、開発に従事。
1986年インバル/マーラー交響曲全集の中で録音から宣伝に移動し、第4番のワンポイント録音を成功に導く。
1989年古楽シリーズ、アリアーレの立ち上げに参画。
1991年ドイツ録音チームのリーダーとして、デュッセルドルフに赴任し、多くの海外録音を行う。
1993年秋からは開発部門の制作、通販部門の管理、クラシック部門営業を担当して2009年退職。