5人組アイドルグループ、まねきケチャが、グループの念願であった武道館公演を9月24日(月・振休)に行った。グループ3周年を記念して開催された本公演は、当初の予定時間を1時間半以上に超える熱演をもって幕を閉じた。このレポートでは公演の内容に加えて、本番の前々日に行われたインタビューの内容を合わせて紹介し、5人による最初で最後の武道館をひも解く。
まねきケチャがデビューライブを行ったのは2015年8月のこと。以来、この武道館までにグループが行ってきたライブの本数は3年にして660本。ライブにライブを重ねる日々の中でリスナーを着実に集め、2016年7月にはデビュー1年立たずでアイドルの聖地、中野サンプラザ公演を成功。翌2017年には、メジャーレーベルへ移籍し、以後リリースするシングルは毎作オリコンチャートで一桁を記録するなど華々しいチャートアクションを記録する。
そんな彼女たちがデビューから一貫して、臆することなく口にしてきた目標が「武道館」と「紅白」。日本のポップミュージックの頂点となる2つの舞台へ到達することだった。ともすればビッグマウスと揶揄されかねない途方もない目標。数千人を前にしたホール公演のステージでも、メディアの取材が行われる会議室でも、そして数百人のファンが集う小さなライブハウスでも。彼女たちが武道館と紅白という目標の実現を疑うことなく掲げてきた背景には、「歌」への追求と自信があった。
そして2018年9月24日、この日の日本武道館には2階席の隅まで埋め尽くす1万人のファンが集まっていた。定刻を過ぎて、会場が暗転。スクリーンには3周年公演にふさわしくこれまでのグループの歩みがメンバーのインタビューと合わせて映し出される。「私たちが日本武道館を目指していると言うと、お客さんの間で笑いが起こった」。藤川はデビュー当時を振り返って語る。「絶対見てろよって」。
その後、スクリーンにはそんな一部の声を跳ね返す彼女たちの歩みが刻まれていく。2018年1月、満員となったTOKYO DOME CITY HALLワンマンの会場でまねきケチャはこの9月24日の武道館公演を宣言。同年春にはアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』のエンディングテーマ曲を担当。今まさに大きな夢に手をかけようとする様が映し出される中、本公演の核となる出来事にビデオは至る。
8月25日に開催された日比谷野外大音楽堂公演にて発表された、武道館公演をもっての藤川千愛グループ卒業。
「私の心の根底にあった『歌を届けたい』『歌を聴いて欲しい』『歌で勝負したい』気持ちがより大きくなり、悩んだ末にその道を前進していく決心を固め、今回卒業という選択をさせていただきました」
以後、メンバーはメディアでの取材でも本人たちのSNSでも、今回の卒業について正面から語ることをしていない。
スクリーンに映し出された藤川千愛卒業という事実を前に、1万人の間を流れる静寂。それを引き裂くように会場にOVERTUREが鳴り響き、天井にはレーザーライトでまねきケチャのロゴが刻まれる。二階層になったステージの上段からポップアップで一人一人のメンバーが登場する。オーディエンスの期待感が渦のような歓声となって会場をどよめかせた。
「武道館いくぞ!」という松下の掛け声とともに一曲目に鳴り響いたのは『冗談じゃないね』。イントロと共に12名のダンサーが舞台に登場し、客席からは曲に合わせた天井と床を揺らすミックスが響く。一曲目を終えるとそのままMCからコールアンドレスポンス、そしてその流れのままに『キミに届け』、『ありよりのあり』と疾走感のある楽曲で観客の体温を上げていく。続く4曲目にはメジャーデビューシングルに収められた『ありきたりな言葉で』を歌い上げ、Cメロの藤川と松下の掛け合いにはまたしても会場を激しく揺り動かすミックスを巻き起こした。
続くMCではリーダーの中川が「『ナカイの窓』では長いと言われた自己紹介ですが」と自身のテレビ出演を振り返るコメントと共に、メンバーの自己紹介へ。藤川のラストという事実をふと忘れさせる、これまでと変わらない自己紹介に会場も沸き立つが、一人早くも目に涙を浮かべたのが松下。自己紹介の後の「皆、今日はたくさん笑おうね」の言葉にはメンバーからも突っ込みが入るも、そのまま『キミが笑えば』『青息吐息』といった楽曲に突入。年200回以上のライブに裏付けられ、心の揺れを感じさせない安定のパフォーマンスを披露した。
一転、『モンスターとケチャ』ではモンスターに扮したダンサーを従えてゴシック調の世界観を表現。サブカルチャーを感じさせる奥行きのある世界観で会場を包んだかと思うと、MCを挟んで披露したのはアコースティックバージョンの『昨日のあたしに負けたくないの』。アコースティックギター一本のシンプルな伴奏に乗せ、培ってきた歌を会場に響かせた。中でもやはり圧巻だったのは曲中で披露された藤川のアカペラパート。彼女が息継ぐ間の静寂すらも、楽曲の一部と感じさせる緊張感のあるパフォーマンスに会場からは感嘆の拍手が巻き起こった。その後もアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」テーマソング『鏡の中から』、『どうでもいいや』といったキラーチューンが続いた後、新作PV二本が会場のスクリーンに初公開され、序盤は終了する。
中盤の口火を切ったのは事前にグループのSNSでも告知されていたメンバーのソロコーナー。トップバッターの宮内のソロ曲『Guess!!』は従来のまねきケチャのイメージとは異なるダンサンブルなEDMナンバー。グループ随一とされるキレのあるダンスで1万人を魅了する彼女だったが、公演前のインタビューでは真逆とも言える発言をしていた。「私はルックスも、家柄も、何についても平均的。これといった特技もないし、インタビューで書いてもらえるようなエピソードもないと思っていました。でも最近は、韓国語を習い始めたんです。今は特技がなくても、これから作っていけばいいと思えるようになって、切り拓こうって」。本人も大好きだと語るK-POPのエッセンスも感じさせる楽曲を二人のバックダンサーと共に演じ切ると、宮内は「緊張した!」と一言。満面の笑みを浮かべてステージを後にした。
ソロコーナー二番手として登場したのは中川だったが、自身のソロ曲となる『虹を探しに』で中川は藤川とのデュエットを宣言。同い年でグループの年長者、様々なイベントでデュエットを披露してきた二人は見事なハーモニーをこの夜も響かせた。曲後のMCでは、普段はクールな言動で知られる中川も、「武道館でハモれるのは今回しかない」と胸の内を口に。「よく2人でカラオケに行った」と藤川も答え、二人は再度アカペラで曲中のハモりを披露。ハーモニーとなってアリーナに響き渡る二人の絆に、客席からは喝さいが巻き起こった。
その後、再び5人編成に戻り、グループは夏の情景を歌い上げるピアノバラード『相思い』を披露。続くスカ調のアッパーチューン『奇跡』では舞台袖から登場したトロッコにメンバーが乗り込みアリーナへ。カラーボールを客席に投げ込みながらアリーナを一周すると、5人は円形のセンターステージに舞台を移す。武道館の中央、背中を合わせて円陣を組み、2階席の上方までオーディエンス全員にパフォーマンスを届けた。そしてその立ち位置のまま歌い上げたのがミディアムバラード、『ハリネズミの唄』。シンプルなアコースティックの同曲ではダンスも封じ、取り囲む超満員のオーディエンスに向けて歌だけで向き合って見せた。
いよいよライブも後半戦を迎え、グループが畳かけたのは最初期の楽曲『愛言葉』『カクカクシカジカ』と新旧のライブチューン。ミックスが嵐のように天井を揺らす中、再びトロッコに乗って会場を一周し、武道館を熱狂の空間に変える。
最高潮に達したオーディエンスに向け、セットリストはソロコーナー第二弾へ。松下が一人でステージに上がり、『漫画みたいに恋したい』をキュートなダンスと共に歌い上げ、武道館の視線をくぎ付けにする。天性のアイドルを思わせる彼女だが、まねきケチャとしての活動を始める以前は人見知りに悩んだという。アイドルに興味はあったが、表に出ることが好きでなく、とある国民的アイドルグループのオーディションに落選した過去も。「でも今はステージで歌っていると自分がきらきらして、好きです」。今、当時の審査員に何を思うかと聞くと、松下ははにかんだように笑って言った。「日本武道館埋めたぞと言いたい」。
ソロコーナーの四番手を務める深瀬は客席から登場し、そのままセンターステージへ。『ジャンプ』というタイトルの通り突き抜けるようなポップチューンを披露する深瀬だったが、事前のインタビューでは彼女の胸の内にある武道館への葛藤を口にしていた。「皆は3年の積み重ねがあるけど、私はそこにぽんと入っただけ」。天真爛漫なその佇まいとは裏腹の思いを抱えた彼女は、言葉を続けた。「でもまねきケチャとしてライブできることが幸せ。メンバーが好きなので、どうにかして成功させたい」。そして、1万人の集う武道館の中心、センターステージで一人、パフォーマンスすることを選んだ深瀬。間奏で彼女がハンドスプリングを二回連続で成功させると、会場全体から何の忖度も偽りもない歓声がステージを包んだ。
深瀬が舞台を後にし、ソロコーナーが最後の一人となるとフロアからは自然と千愛コールが巻き起こった。藤川は本番前のインタビューでこんなことを口にしていた。「私にとって、アイドルとはいつも笑顔でいないといけないと思っていて、でも私も人間なので悲しいときもつらい時も当たり前にあって。それを私は歌にぶちまけていた」。藤川のソロ曲『勝手にひとりでドキドキすんなよ』は、女の子の強がりや素直になれない気持ちをストレートに表現する一曲。「武道館でもぶちまけます」。ダンスの振りつけも省き、ただただ歌に全霊を込める彼女の姿には新たな覚悟が込められていた。
5人のソロパートを終えると遂にライブは終盤を迎える。武道館公演のライブBlu-ray/DVDの発売、12月に開催となる東名阪ツアー。そして新年1月に再びTOKYO DOME CITY HALLでのワンマンを宣言すると、5人は『わたしの残りぜんぶあげる』を披露。曲名をメンバーが告げると共に声援が巻き起こり、曲中でも手拍子が響き渡った。しかし、1万人のそれと比較しても圧巻だったのは、5人の絶唱だった。メンバー全員がまるでバトルを繰り広げるような、エモーショナルなパフォーマンス。松下はライブ前に語った。「千愛ちゃんは二人で歌をがんばってきたパートナー。だけどこれからは私の歌で動かしたい」。宮内も同じく歌に対する思いをライブの前に口にしていた。「歌が好きだけど、うまい子ばかりで私は得意とは言えないと思っていた。でもまねきケチャとして活動する中で自分の歌い方が好きだと言ってくれる人がいた。だから今は食らいつく」。まねきケチャが掲げる"歌"。それは藤川千愛一人だけでなく、5人全員で担ってきたことを、まねきケチャは武道館の場で証明して見せた。
本編最後のMCでは客席と記念撮影を行った後、メンバーは集まってくれたファンへの感謝を口にした。加入から10か月、武道館に立つことに不安と心配を抱えていた深瀬。この公演を泣かないで歌い切るのは無理だと思うけど、来てくれた人には幸せだと思ってほしいと語る松下。服飾学校に通うために上京し、声をかけられて始めたアイドルをはじめたものの最初の2年はライブも楽しめなかったと語る中川。武道館を目標にしていると言うとネガティブな反応を受け、いやなことも、辞めてしまいたいと思ったこともあったと明かす宮内。
そして、4年前には地元の工場で働き、夢に踏み出せなかったこと。4年前の自分に手紙を書いても、この光景はきっと信じられないと語り、瞳に涙を浮かべる藤川。
本編のラストとなったのは『タイムマシン』。「今日の僕にありがとうって未来の僕が言えますように」。言葉の一つ一つを丹念に奏で、5人は武道館のステージを後にした。
本編終了後、鳴りやまぬアンコールの中、藤川が一人でステージのセンターに登場。卒業の挨拶として、大好きな祖父の影響で歌手に憧れてきたこと。歌が好きな気持ちだけで続けてきたこと。まねきケチャの活動の中で楽しいことも、つらいこともあったこと。最もつらかったのは歌が歌えなくなったこと。そしてステージに立つ自分に足りないものが見えたこと。赤裸々な思いを口にし、この公演のために用意された新曲『さよならなんて』がスタートする。アイドルシーンの歌姫と称されるボーカルを披露すると、二番では残るメンバーが一人ずつステージへと合流。涙に喉を詰まらせながら懸命に歌い継ぐメンバーたち。振りつけもなくただひたすら楽曲を歌い終えるとアウトロでは全員が藤川のもとに駆け寄り、抱きついた。
その時一人、笑顔でメンバーを見つめていたのがまねきケチャのリーダー、中川だった。インタビューの時、彼女はこう語っていた。「第一印象が悪いと言われるんです。人と仲良くできない、集団行動できない。そう思われている方が楽な時もあるし、自分のままでいようとも思っている。まねきケチャでも自分ではリーダーらしいことも何もできてないと思う」。でも、と彼女は続けた。「リーダーの自分は好き。誰かが少し面倒なことなどをやらなきゃいけないとき、たまに皆が私をリーダーって呼んでくれる。ちゃんとリーダーって覚えいてくれたんだなって。このメンバーなら言われてもいい。」
曲の後のMCで松下は涙ながらに藤川へのエールを口にした。「ちい(千愛)がはじめて卒業すると私たちに言った時、『皆で紅白にいくといったのになんで?』って思っちゃいました。でもちいはずっとソロになるのが夢で、『いつかソロになった自分とまねきケチャで一緒に紅白に出たいね』と言ってくれたことを忘れません。」
メンバーがアンコールを終えてステージを去ると、再びダブルアンコールを求める声が巻き起こった。アンコールの際には「千愛」だけだったコールが、メンバーそれぞれの名前を呼ぶコールへと変わっていた。その声援を受けて5人はこの夜、最後のステージへ登る。披露したのはインディーズ時代の代表曲となる『告白のススメ』、そして代表曲の『きみわずらい』。渦のようなミックスが呻りを上げる会場でダブルアンコールを歌い切ったメンバーの瞳から涙は消え、満面の笑みが戻っていた。武道館にたどり着いたアーティストたちが口にする「武道館はスタートライン」という言葉。この先、まねきケチャをどんな道のりが待っているのか。しかし、今夜はただ、3年の道のりを共にした5人の"歌"が、4時間いっぱい分の"歌"だけが5人と僕らにとっては真実なのだ。
Photo by 高階裕幸/野田凌平/ヤマ(@YUBOPHOTO )