オペラをこよなく愛する吉田光司さんがお送りするオペラ・ニュース月報。国内外の歌劇場の様々な話題、ニュースを活きのいいうちにご紹介。5分で世界のオペラ界が垣間見える、月1回更新の速報型ウェブ連載!
※煩雑になるので伝聞調を採っていませんが、基本的に実際に公演を観た人から得た情報を基に書いています。
早稲田大学法学部、および国立音楽大学声楽科卒。音楽関係の会社に勤務後、現在はフリーで活動中。オペラDVDの日本語字幕翻訳・制作、ノーツ執筆両方を手掛ける職人であり、また稀にNHK-FMのクラシック番組で案内役も務める。大のオペラ好きで、オペラと名のつくものは何でも聴くが、特にお気に入りはヘンデルとロッシーニ。イタリア、ペーザロで開催される「ロッシーニ・オペラ・フェスティバル」には十年来通い詰める常連である。オペラ公演は「自腹で聞くのが当然」の主義。和食の魚、ことに寿司と干物が好物。猫をこよなく愛する。
ヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場が北京を訪問、中国国家大劇院(National Center of Performing Arts、略称NCPA)で、6月4、5、6、7日とプッチーニの《蝶々夫人》を上演した。ちなみに北京語では普契尼《蝴蝶夫人》と表記する。蝶々さんは、中国出身で、メトロポリタン歌劇場で蝶々さんを歌ったことのあるリーピン・チャンと、ウクライナのソプラノ、オクサナ・ディカ(予定されたフランチェスカ・スカイーニの代役)。ピンカートンはマッシミリアーノ・ピサピアと、ブルガリアのテノール、カーメン・チャネフ。指揮は日本でもお馴染みのニコラ・ルイゾッティ。ダニエレ・アバドの演出は抽象性の強いモダンなもので、リアルな日本はほとんど感じられない。公演は一応成功と伝えられるが、お客の入りはお世辞にも良くなかったとのこと。世界経済危機の影響かもしれない。
完全な引っ越し公演ではないが、今年の3月にはトリエステのジュゼッペ・ヴェルディ歌劇場がソウルで《蝶々夫人》を上演している。オーケストラだけはキョンギ・フィルを用いて、それ以外は合唱や裏方までヴェルディ歌劇場のメンバー。
欧米の歌劇場のアジア引っ越し公演といえば、ほぼ日本への公演と思ってよかったのは過去になりつつある。北京やソウルの動向にも注目する必要がありそうだ。
☆フェニーチェ歌劇場の北京公演
☆マッシミリアーノ・ピサピア&フェニーチェ歌劇場のDVD:「フェニーチェ歌劇場ニューイヤー・コンサート2009」
☆アバド演出の《蝶々夫人》は「一応」YouTubeで見られる
カーディフ国際声楽コンクール(BBC Cardiff Singer of the World)の決勝が6月14日に行われた。
第1回でも触れた日本の中村恵理は、ファイナルまで進んだものの、惜しくも受賞ならず。
優勝はロシアのエカテリーナ・シチェルバチェンコ(Ekaterina Shcherbachenko 1977年生まれ)。彼女は偶然にもこのコンクールの直後、ボリショイ劇場来日公演に帯同、6月25日に《エフゲニー・オネーギン》でタチアーナを歌っている。モデルのように細身の体、しなやかで情感豊かな歌、そして優れた演技で、印象的なタチアーナを歌った。この優勝で彼女はますます世界的に活躍していくだろう。
シチェルバチェンコは、2005年の第4回静岡国際オペラコンクールで第3位を受賞している。しかもこの時の優勝者は、同じ6月25日の《オネーギン》でタイトルロールを歌ったワシリー・ラデュク。彼は既にロシアの若手バリトンの中では際立っている存在だ。さらに第2位は、2008年のマリインスキー来日公演で9公演中5公演に出演したウクライナのバス、アレクセイ・タノヴィツキー。静岡国際オペラコンクールは、歴史の浅いコンクールにしては優勝賞金が高く(300万円)、優れた人材が集まってくるのだそうだ。
☆カーディフ国際声楽コンクール
☆第4回静岡国際オペラコンクール
夏のオペラ祭というと、どうしてもヨーロッパに目が行きがちだが、米国にも長い歴史を誇る有名なオペラ祭がある。サンタフェ・オペラは1957年7 月に初めての公演を行って以来、北米の代表的な夏のオペラ祭として半世紀以上活動している。サンタフェは、ニューメキシコ州の州都とはいえ、有名な大都市から離れた内陸の都市で、しかもオペラの会場は中心部から離れているとあって、「サンタフェ・オペラを観に行こう!」と覚悟しないとなかなか訪れる機会のない場所だ。現在の劇場は1998年に作られたもので、2千人規模。屋根付きだが、側面が開いている半野外劇場である。
プログラムは例年5つ。人気演目に加え、バロックオペラと現代オペラを盛り込むのが特徴。出演する歌手は新人から有名歌手まで幅広い。ロール・デビューをここで行う歌手も少なくなく、今年の上演でも、ナタリー・ドゥセがヴェルディ《椿姫》のヴィオレッタに初挑戦する予定だ。今年のその他の演目は、ドニゼッティ《愛の妙薬》、モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》、モラヴェック《手紙》(世界初演)、グルック《アルセスト》。
一つトリビアを。ここに毎年のように通う知人から教えてもらったのだが、サンタフェは標高2千メートルを越えるので空気がやや薄く、歌手によってはスタミナ的に厳しい場所だという。まるで高地トレーニングのようだ。
☆サンタフェ・オペラ
5 月の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」でのブクステフーデ《イエスの御体》が絶賛されたラ・ヴェネシアーナが、モンテヴェルディ《ポッペアの戴冠》を上演した。場所はドイツのレンスブルク(6月1日)と、パリのシテ・ド・ラ・ムジーク(6月7日)。彼らは既に2008年11月にドイツのヘルネ音楽祭で演奏会形式上演をしていた。今回はパオラ・レッジャーニ演出による舞台上演。東京での《イエスの御体》でも素晴らしい歌唱を聞かせたロベルタ・マメリがネローネ、エマヌエラ・ガッリがポッペア。また乳母役に桜田亮が参加した他、オーケストラにはチェロの懸田貴嗣とチェンバロの渡邊孝も加わっていた模様。 9月には録音される予定。
驚いたことに、ラ・ヴェネシアーナのサイトで全曲が視聴できる。百「文」は一見に如かず。日本の着物をイメージしたという衣装も注目。
☆ラ・ヴェネシアーナ
(ON STAGEからL'Incoronazione di Poppea Cite` de la Musique 7/6/09をクリックすると視聴できる)
ヴィチェンツァといえば、名建築家パッラーディオの建築が多数残る美しい街で、世界文化遺産にも指定されている。中でもオリンピコ劇場は、遠近法を活用した美しい三次元的舞台で非常に有名である。
この劇場ではここ数年、「オリンピコ劇場音楽週間」という小さな音楽祭が行われており、意欲的なオペラ上演がなされている。例えば2006年には、モーツァルト《魔笛》のジョヴァンニ・デ・ガメッラ(《ルーチョ・シッラ》の台本作家)によるイタリア語版(1794、プラハ)を上演、これはCDにもなってオペラマニアの話題になった。
今年の音楽祭では、まず6月6、8日に、ロッシーニの《イタリアのトルコ人》が上演されている。珍しくない……と思うなかれ、これは通常のものではなく、1820 年のナポリ稿による上演なのである。クリティカル・エディションの解説によると、1820年4月にナポリのヌォーヴォ・ソプラ・トレド劇場で上演されたものだそうで、レチタティーヴォ・セッコの代わりに地の台詞が用いられ(これはナポリのブッファではよく見られる形式だ)、ジェローニオ役はフィオリッラの夫ではなく家庭教師(もしくは教育係)になってナポリ方言を話す、など多くの相違があるという。ジョヴァンニ・バッティスタ・リゴンの指揮、パドヴァ・ヴェネト管弦楽団の演奏。セリム役にロレンツォ・レガッツォを配しているのは豪華だ。彼と、フィオリッラ役のシルヴィア・デッラ・ベネッタはヴェネツィアの出身。ナポリ語のジェローニオは、ナポリ出身でブッフォ役に大活躍しているフィリッポ・モラーチェが受け持った。ナルチーゾは、ロッシーニ・テノールのホープとして期待されるダニエレ・ザンファルディーノ。なかなか良いキャストである。フランチェスコ・ミケーリの演出は、狭い舞台ながら洗練されたものだったという。
一方6月7、9日には、ピッチンニのオペラブッファ(正確には Commedia per musica)《偽のトルコ人》(1762、ナポリ)が演奏会形式で上演された。これが近代蘇演である。ニッコロ・ピッチンニ(1728-1800)は、南イタリア、バーリの出身。イタリアで成功を収め、ことに《ラ・チェッキーナ》(1760)は全ヨーロッパ的人気作になった。1776年にパリに移り、イタリアとフランスの様式を融合させたオペラで人気を博した。1781年に初演された《トリドのイフェジェニ》が、同じ題材によるグルックのオペラ(1779)と比較され、大論争となったのは有名だ。フェデリーコ・グリエルモ指揮のラルテ・デッラルコの演奏。
珍しい6月の音楽祭として、オリンピコ劇場音楽週間には今後の発展を期待したいものだ。
☆オリンピコ劇場のサイト
第4回・了