希望を乗せて飛翔するようなメロディ、アドリア海を臨む風景のような開放感、作為のない自然な音楽の運び方。ヴェネツィアの芸術的な宝であるフェニーチェ歌劇場に客演し、世界的に注目を集めるニューイヤー・コンサートでドヴォルザークの《新世界より》を指揮するダニエル・ハーディングは、本当に幸福そうである。
ハーディングといえば、クラウディオ・アバドやサイモン・ラトルらトップクラスの指揮者たちから異例とも言えるほどの期待を集め、10代でデビューを果たしたという若武者だった。初お目見えとなったエクス=アン=プロヴァンス音楽祭の引っ越し公演(1999年)で衝撃的な音楽を展開し、その後は来日するたびに先鋭的な演奏が話題に。特に、ピリオド奏法を駆使したオーケストラの演奏は鮮烈であり、多くの音楽ファンが「ハーディング=21世紀の若武者マエストロ」といった図式をすり込まれたに違いない。
しかしハーディングは変わっていた……いや、音楽家として成長していた。このコンサートで観る《新世界より》の演奏には、オーケストラをピリオド奏法で支配することも、若さと力で押し切るようなアーティキュレーションも、嵐を巻き起こすようなテンポの変化も、まったくない。フェニーチェ歌劇場のオーケストラが本来持っているであろう「彼らの」音楽を尊重し(ボウイングを観ているだけでも歌が聞こえてくる弦楽器セクションや、大きな響きに包まれるような管楽器セクションなど)、実に自然体のドヴォルザークを演奏している。彼の指揮を見ていると、音楽が方向性を転換させるようなポイントで絶妙に舵をきる部分と、流れに任せて自分も音楽を楽しんでいる部分がコントラストを生み出し、観ているこちらも音楽の息づかいを共に体感できるのだ。
ハーディングとフェニーチェ歌劇場オーケストラの《新世界より》は、ドヴォルザークがスコアに記憶させた「音楽する喜び」を抽出する、セレモニーなのかもしれない。
オヤマダアツシ