異端にして自由、繊細にして豪快、天翔ること鳥のごとし。
2012年のNHK大河ドラマ「平清盛」の音楽で広く一般にもその名が浸透した、当代随一の人気作曲家、吉松隆の還暦を祝って、2013/03/20に東京初台のオペラシティ・コンサートホールで催されたコンサート。《鳥の響展》というタイトルは、吉松氏の音楽家としての大先輩であり翼を持った自由の象徴でもある「鳥たち」へのリスペクトであると同時に、氏が敬愛してやまないEL&P(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)の名曲「悪の教典 #9」にも因んでいます。チケットは早々と完売になっていましたから、聴けなかった方々にとって、このライブ盤の登場はまさに朗報。幸運にも当日居合わせた方々には、あの日の感動が蘇ることでしょう。室内楽とソロで始まり全3部ほぼ4時間にも渡った公演から、オーケストラで演奏された第2部と第3部の5つの作品が、2枚組のCDに収録されています。
吉松氏自身によるCDのライナーノートの内容を参考にしつつ、各曲についてご紹介していきましょう。
鳥は静かに・・・ op.72 (1998)
…静謐を湛える鳥たちへの鎮魂歌。透明な夢の詩情
弦楽アンサンブルのための悲歌として書かれたもので、一羽の鳥の死を仲間の鳥たちが静かに黙して囲んでいる・・・といったイメージから生まれた曲でした。鳥にちなむ多くの作品の中でも、吉松氏がもっとも愛しんでいるもののひとつです。
サクソフォン協奏曲「サイバーバード」 op.59 (1994)
…天空を翔け大地を疾走する超絶のコンチェルト降臨
佼成ウインドオーケストラの前コンサートマスターで、クラシック・サックスの地平を大きく広げた名手、須川展也氏よりの委嘱作で、NHK大河ドラマ「平清盛」の劇中音楽としても使われて話題となりました。今では世界中で演奏されるようになった名曲で、須川氏自身も数え切れないくらい演奏してきていますが、この日の演奏はまるで鬼神が乗り移ったかのような圧巻の凄演です。
ドーリアン op.9 (1979)
…幻のデビュー作復活!青春のシンフォニック・ロック
なんと25歳の時の作品。ストラヴィンスキーの「春の祭典」に始まり、プログレッシヴ・ロックやビッグバンド・ジャズそしてブラスロックが交錯したあと、能登の太鼓からケチャまでが絡むリズムの饗宴となり、さらに前衛フル・オーケストラ・サウンドが巨大なクライマックスを築いた後、最後はシベリウス風の大コラールで終わる、という万華鏡のような多様さを持っています。
大河ドラマ「平清盛」 (2012)より
…NHK大河ドラマ「平清盛」を彩る壮大な平安交響絵巻
吉松氏の映画やドラマの音楽はごく少ないですが、昨年の大河ドラマ「平清盛」の音楽は、質量ともに大河ドラマ音楽史上の金字塔となりました。130曲近くに及ぶその全貌が「平清盛×吉松隆 音楽全仕事(COCQ-84981-5)」に収められています。今回演奏された組曲は、清盛の生涯を2分半で描いたミニ交響詩のような「テーマ曲」、清盛(平家)のテーマ「屹立」、劇中で歌われる今様(遊びをせんとや)のメロディによる「遊び歌」、ライバル(源氏)のテーマ「戦闘」、番組最後の「紀行」で演奏された「夢詠み」、重厚な進軍歌「勇み歌」、17歳の頃に架空の大河ドラマのためのテーマ曲として作曲した「決意」の7曲で構成されています。ドラマでテーマ曲以外の演奏を実際に担当した藤岡幸夫指揮 東京フィルハーモニー交響楽団による演奏です。
タルカス (2010) [原作:キース・エマーソン&グレッグ・レイク/吉松隆・編曲]
…プログレッシヴ・ロックの名曲のオーケストラ版、ついに再演!
タルカスは70年代プログレッシヴ・ロック界を代表するバンドEL&Pが1971年に発表したアルバムのタイトル曲で、アルマジロと戦車が合体したような不思議な怪物(タルカス)が火山から生まれ、宿敵マンティコアと戦い、最後は海に帰って行くという物語を描いています。ムソルグスキーの原曲をラヴェルが編曲し、管弦楽名曲としてポピュラーになっている「展覧会の絵」のような存在に、この曲がきっとなりうると信じた吉松氏によって、構想から40年を経て2010年に藤岡=東フィルによって初演。CD化もされて(COCQ-84832)大評判になったものです。さらに大河ドラマ「平清盛」では、その中の「噴火」「マンティコア」「アクアタルカス」の3曲が非常に効果的に使われました。
今回のプログラム構成にもつながる自身の音楽人生について、吉松氏はこのように書いておられます。
『(前略)「プログレッシヴ・ロックを独りでオーケストラを使ってやる」こと…具体的に言えば、クラシックからロックさらに民族音楽まですべての音楽を吸収し統合するような音楽をオーケストラ上で作ること…を目論んでいた(ような気がする)。それは、今回演奏された「ドーリアン」(1979)〜「サイバーバード協奏曲」(1994)〜組曲「平清盛」(2012)を並べて聴けば一目瞭然だろう。そして、その起点が「タルカス」(1971)であることも。』
演奏は、独自の静の世界「鳥は静かに・・・」に始まり、最後にロック・シンフォニー「タルカス」の動の頂点へと登りつめ、コンサート会場はスタンディング・オベーションの渦に飲み込まれました。駆けつけたEL&Pのキース・エマーソンも壇上に上がって、タルカス風のピアノのイントロから「ハッピーバースデー」へと祝賀の演奏を行うというハプニングも。もちろん、この模様も収録されています。
CDのブックレットには、吉松氏とキース・エマーソンの対談が掲載されており、ファン必読です。