コントラバスを筆頭に多彩な楽器を駆使し、南米音楽からポップス、映画音楽からインプロビゼーションまで独自の音世界を遊泳する沢田穣治と、アルゼンチン音響派の旗手……という枕詞も今やすっかり不要なほど、ギタリストとして確固たるポジションを築き上げたフェルナンド・カブサッキ。日本におけるアルゼンチン音響派の受容、その最初期から互いを知る2人が2013年に何度目かの邂逅を果たし、いずれ劣らぬ手練れの3プレイヤー(馬場孝喜 electric guitar、ヨシダダイキチ electric sitar、岡部洋一 percussions)とともに、(沢田の回想によれば)わずか一日で作り上げたのが本作『coincidencia』である。時間をいたずらに遅延させない(ポップ・ミュージックと呼びたくなるほどの)潔さと、立ち現れては消えゆくパノラミックな音の風景を封じ込めた、この2人の対峙からしか生じえない世界がここにある。録音から7年の時を経てのリリースとなったこの異色作にして意欲作はいかにして日の目をみたのか。沢田自身の言葉でその過程を辿ってみよう。
----アルゼンチン音響派との出会いについて。
「2000年前後に、親友だった切石智子(音楽ライター・ミュージシャン、2003年に逝去)がモノ・フォンタナとファナ・モリーナを聴かせてくれたのが最初だったと思う。山本精一さんと二人で正座して(笑)聴いたイメージが残っています。衝撃的でしたね。彼らを真剣に聴いたのは、僕らが日本で初めてじゃないかな。その後山本さんはROVOでアルゼンチンに行ったりして、積極的に動いて彼らを世に知らしめていったけど、僕はというと、自分の中で育てていった時期が長かった。動と静の違いというか」
----今回の制作に至ったいきさつは。
「ファナ・モリーナが2002年にオーガニック・グルーヴで初めて日本に来た時に彼女と会って、それでアレハンドロやカブサッキとも一緒にやったのが最初で、ちょうどアップリンクがサイモン・フィッシャー・ターナーを招聘して、アンビエント系の作品なども一緒に制作などを共にする機会が多くあったこともあり彼を気軽に誘って告知なしのコンサートもやったりした。その時はカブサッキとはそれほど親密にしていたわけじゃなかったけど、何かのきっかけで連絡を取り合うようになって。お互いに何かやりたいねとはずっと話していて、それが実現したのが2013年のこの作品。その後リリースに向けてジャケットやマスタリングまで終わっていたんですがね(笑。」
----7年越しになるわけですね。
「それもあってカブサッキとは少し疎遠になってたんだけど、今年になって彼らが来日したときに京都のミュージシャンたちが機会を作ってくれて、久しぶりに共演したんです(2月13日「フェルナンド・カブサッキSHIGA sessions」@近江八幡・酒游舘)。そこでまた話をして、お互いに気持は全然変わってないことが確認できたから、ぜひ出したいなと」
----アルバムは「Tokyo - Buenos Aires」で始まり、「Buenos Aires - Tokyo」で終わります。
「タイトルは英語で言うところのcoincidence、偶然の一致というような意味だけど、邦題を付けるとしたら『往復書簡』かな。音が手紙になって、演奏しているミュージシャンの間を行き交っている、そんなイメージ。その受け渡しの中から、偶然素晴らしい何かが生まれていく。冒頭と最後の曲のタイトルは、カブサッキと僕のそんな関係性、普段は地球の裏側に住んでいる2人の距離感を意識して付けた」
----今回、パーカッション以外のメンバーは全員弦楽器ですね。
「全員弦楽器(笑)。カブサッキは元々ギターのアンサンブルが大好きだし、来日したときは関西でもギタリストを集めてアンサンブルをやったりしてるからね。役割分担的なものもある程度はあったけど、基本的には即興的要素が多くギターが2人にエレクトリック・シタールという構成だから、僕は曲によっては弾くというよりアンビエントな音に徹して、あまりベースの音に聴こえないようにしている。でも全曲、ちゃんとベースは弾いてるんですよ(笑。」
----カブサッキはストイックなイメージがありますが、実際現場ではどうでしょう。
「ストイックです。素晴らしい人物。自分の主張する音はあるけれど、周りの音を受け入れる姿勢を常に持っている。本当に自然体なんだよね」
取材・構成=安藤誠/LAND FES