「サーカスナイトをカバーしたい」と連絡頂いてから交流が始まった松原里佳さん。
入手困難な1stアルバムを聴かせて頂いた際はとても感動してこんな風にツイートした。
《松原里佳さんに頂いたアルバム「ZERO」その美しいピアノ弾き語りのベースにブラジル音楽があるが、心地よさ、享楽性だけを抜き取って日本向けに翻案したボッサ風ポップスとは雲泥で、トロピカリアの牽引者だったカエターノのような歌い手を日本語で日本人の歌として聴いているような異質さに衝撃》
現在ではサブスクリプションでも聴けるようになっているので、ぜひチェックしてみて下さい。
松原さんは関西に住み、音楽を専業とはせず、日々の暮らしと子育てに専念されていたようだが、この一見ちいさな島国にこんなすごい音楽家が潜んでいるという事実にわくわくした。
逆風のなか独り立ち上がろうとする女性の研ぎ澄まされた感覚の美が際立っていた前作「ZERO」から、名匠・沢田穣治氏(Choro Club)をプロデュースに迎え、優れた奏者たちとの多彩な響きに彩られた今作まで、いったいどんな物語があったのだろう。
「東京タワー」というタイトルを耳にした瞬間は意外性を感じたが、初となる東京レコーディングで毎日通ったスタジオの目前にこの電波塔が見えていたことが、命名の由来だという。松原さんにとって、音楽人生の転機となるような、とても大きな数日間だったんだなと思う。
自分の話になってしまうが、幼い頃、弟の心臓手術のために四国から東京へ出てきた際、泊めてくださった遠縁の方のおうちの窓から毎晩点滅する東京タワーが全容を捉え切れないほどの至近距離に見えていて、つよい印象を抱えたことを思い出した。その高さや形がよくわからないほど、近かったのだ。夜に見るそれはあまりにも生々しくて、怪獣みたいだった。
今では特になんの感慨も抱くことがない一風景に過ぎないが、あの頃の自分にとってそれは確かに何か、幸とも不幸ともつかないものの象徴だった。遠方から来た者に対する、受容と拒絶の象徴だった。
しかし僕だったらこんな潔い名付けは出来ない。大事なアルバムとなると、もっと構えてしまい、エゴが入ってしまう。松原さんの表現は一筋縄ではいかない強いものなのに、状況をそのままストンと受け入れるおおらかさや、他者に対するさりげない肯定の感覚もあり、暖かい。
茫漠とした灰色の砂浜でふと手にすることができたシーグラスのような輝きに、つよく励まされる自分がいます。
この素晴らしい作品が、多くの音楽ファンの愛聴盤になることを願います。
七尾旅人