1976年4月にゴダイゴはファーストシングル「僕のサラダガール」(カネボウ化粧品のCMソング)でデビュー。
現在では当然のように使われる「CMタイアップ曲」という言葉だが1976年当時の音楽界ではロックグループがコマーシャルソングを手がけることは異例なことであった。
CMタイアップ、TVドラマの主題歌、映画のサウンドトラックなどゴダイゴは以来既存のロックグループの活動概念から外れた数々の活動を繰り広げて行く。その制作方法が現在では当たり前のように繰り返されていることからも、ゴダイゴの先見性とクオリティーの高い音楽性には注目すべき物が数多くある。
1977年11月にアルバム「デッド・エンド」が発表される。混沌とした袋小路のような社会状況をアルバム全体で表現したコンセプトアルバム。ギターシンセサイザーの使用など新しいサウンドを積極的に取り入れて行くゴダイゴの基本的な制作姿勢が現れた作品。この頃イギリスBBCで放映されていたTVドラマ「水滸伝」のテーマソング「WATERMARGIN」が日本のグループとしては初の全英チャート37位にランクされる。
1978年1月のアルバム「CMソンググラフィティー」はそれまでに発表されたCMソングの集大成。ゴダイゴの作品は基本的に奈良橋陽子による英語詞にタケカワユキヒデが作曲するという制作体制が取られており、日本語詞はオリジナルである英語から訳して作られるというユニークな創作方式をとっていた。この年の7月にはサンリオフィルムによる「キタキツネ物語」のサウンドトラックを担当。また、日本テレビ開局25周年記念TVドラマ「西遊記」(堺正章、夏目雅子、西田敏行等出演)がドラマ全編を通してゴダイゴの作品を使用。アルバム「西遊記」はゴダイゴのオリジナルアルバムでありながら、サウンドトラック的な性格を兼ねることとなった。エンディングテーマの「ガンダーラ」は大ヒットを記録しアルバムもオリコンチャート第一位に輝く。ドラマのテーマソング「モンキーマジック」も英語詞であったにもかかわらず、歌番組などで「ガンダーラ」と1位を争うなどヒットを続ける。
1979年1月には「ビューティフルネーム」が国際児童年キャンペーンソングとしてNHKテレビにて1年間放映されることが決定。3月からは全国43ヵ所を回る「セレブレーション・ツアー」を開始。同年5月サントリービールのCMソング「ハピネス」が発表される(ACC賞受賞)。
7月には松本零士原作の人気アニメ、「銀河鉄道999」のテーマソングをリリース。同年秋にはTVドラマ「西遊記」のパートIIのエンディングテーマになった「ホーリー&ブライト」を発表。またラジオ番組「ゴダイゴ・ランド」、「アブダカダブラ」ではパーソナリティーを務める。またこの年には1970年代そのものをテーマとした、アルバム「OURDECADE」をリリース。年末には単独武道館コンサート、「NHK紅白歌合戦」出演と、1970年代を締めくくる中心的存在であった。
1980年代に入って、ゴダイゴは海外に活動範囲を広げて行く。朝日放送のTVスペシャル「アフリカの黒い太陽」への出演が決まり(テーマソング「リターントゥ・アフリカ」)、2月7日にはカトマンズのネパール王立競技場で6万人の観客の前でコンサートを開く。また、81年に開催予定であった神戸の国際博覧会「ポートピア'81」のために「ポートピア」をリリース。ポートピアでのライブ活動やテレビ番組で「ポートピア」を歌うなど1年間を通じてポートピアのキャンペーンを展開。10月にはロサンジェルスにて市制200周年を記念したシビックシアターでのイベント「ストリート・シーン」に出演。帰国後まもなく10月22,23日には中国天津市、天津第一工人文化宮で開催された「第一回中日友好音楽祭」に出演し新曲「プロミス・イン・テンシン」を発表。中国での初のロックコンサートになる。このライブの模様は「中国后醍醐」に収められている。
1981年2月にはローマ法王歓迎コンサートに出演。9月にはアルバム「M.O.R」を発表。
1982年6月にはアルバム「CMソンググラフィティーVol.2」を発表、この頃からメンバーのソロ活動が目立ちはじめる。
1984年にはアルバム「フラワー」、「平和組曲」そして「ONEDIMENSIONMAN」を発表。
1985年にファイナルツアーを敢行。4月21日東京厚生年金会館を最後に活動に終止符を打つ。