ヴィンチェンツォ・ラ・スコーラの早すぎる死を悼む
岸 純信(オペラ研究家)
昨年、ヴィンチェンツォ・ラ・スコーラ主演の《カヴァレリア・ルスティカーナ》を大学の授業で取り上げたときのこと、百名を超える学生たちが彼の歌いぶりへの感想を記してきた。この名テノールならではの「言葉を伝える磁力」は映像でも目覚しく、イタリア語科の履修生もみな一様に感嘆していたが、筆者の目をさらに惹いたのは、彼が演じるトゥリッドゥ役に彼ら彼女らが示した「親近感」。自分勝手で、恋人を裏切り足蹴にするという輩なのに、丸顔で柔和な面差しのラ・スコーラが演ると普通の男が「追い詰められる」感がもろに出てしまうらしく、それに同情する声は、男女を問わず実に多かった。
今回、ラ・スコーラ氏逝去の悲報に驚き、シチリア生まれのこの名手を偲ぶべくディスクを幾つも取り出してみたが、やはり、驚嘆させられたのは、声音そのものの明るい輝きと、さらに一歩踏み込んだ境地――イタリア語の溌剌とした響きとメロディとの繋がりを最もスムーズに示せる才能――であった。プッチーニの名旋律も彼の声にかかるとより活き活きと力を帯び、大ソプラノのデヴィーアと共演の《ランメルモールのルチア》でも、このテノールならではの鮮やかな語り口が、アリアや重唱のみならずレチタティーヴォ(朗唱)の存在感もいっそう高め「聴きどころを増やして」いたのである。
大学で生物学を専攻しながらオペラの虜になり、両親に反対されつつ歌の道をスタートさせたラ・スコーラ。大パヴァロッティの紹介でモデナの名教師に就いたときなど、同地の神父の厚意に縋る形で、教会の鐘楼に寝泊りしながら歌のレッスンを受けたという。「だから、僕は《ラ・ボエーム》の世界に大いに共感するんです!」と朗らかに語った彼。享年53歳という早すぎる死は傷ましいが、三十年弱の歌手人生で19世紀イタリア・オペラの王道をまっすぐ歩み続けた彼の功績は、これからも、多くの人に語り継がれることだろう。