大学在学中に佐野元春と出会い、歌や詩を書くことを教わる。
大学主催の女性シンガーソングライターコンテストに出場し、「綱渡り」で最優秀作詞賞受賞。
このコンテストを機に1977年6月、佐野との共作によるアルバム『Funny Walkin'(ファニー・ウォーキン)』で日本コロムビアよりデビュー。
1979年までに4枚のソロアルバムをリリースし、ムーンライダーズや加藤和彦など、当時の先鋭的なアーティストの作品に参加、楽曲提供するなど活動の幅を広げる。
1980年 「SPY(スパイ)」を結成。加藤和彦プロデュースによるアルバム『SPY』をリリース。
その後、プロのフォトグラファーとして広告、雑誌などで活動を始める。
1986年 日産海外向けカレンダーの撮影で、世界のカレンダーコンテストで金賞受賞。
1987年より5年間パリに移住。
1993年 帰国後15年ぶりに音楽活動を再開し、アルバム『Fear and loving』をリリース。 以後はnanaco名義で活動することが多くなる。
1996年 アルバム『LOVE IS A DRUG』をイギリス、アメリカ、日本でリリース。
1998年 イギリスのコクトー・ツインズのレーベルBella UNionより、アルバム『Luminous love in 23』をリリース。
2001年 Mark Bingham(REMでグラミー賞を受賞) のプロデュースにより、アルバム『Sisiters on the riverbed 』 をリリース。
日本のみならず世界的に幅広く音楽を発信している。
独特のコケティッシュなウィスパー・ヴォイスは、渋谷系の元祖とも言われた。