古市コータローが生まれた1964年の東京はアジアで開催される初のオリンピックに沸き、タイトルに“東京”とつけられた曲が数多くリリースされたという。それぞれが思うそれぞれの東京。松本隆にとっての東京は港区であり、仲井戸麗市にとっての東京が新宿区であるように、古市コータローにとっての東京は豊島区だ。目白の閑静な住宅街で何ひとつ不自由のない家のひとりっ子として育つも、11歳で父親を、14歳で母親を、病魔が連れ去ってしまう。岩手の親戚に引き取られるのが嫌で抵抗を試みるもなす術はなく、高校を中退してバイトを転々とした後の19歳でようやく帰京を果たした。そのときの所持品はギター1本。現在も豊島区に居を構える。
前作『Heartbreaker』から4年半。4枚目のソロアルバムとなる本作は詞曲提供陣が多岐にわたっている。それでも個々が描く古市コータロー像がリアルなのは、本人の輪郭がしっかりしているからに他ならない。ブルース、シティポップ、ロックンロール。歌謡曲とロックが混ざり合い始めた時代の息吹。礎から関わりすべてをまとめあげたプロデューサー浅田信一は盟友であり、やはりヒリヒリとした少年時代を過ごしてきた。そんなふたりにとって自分たちの作品で“キャロルのウッチャン”や“RCのチャボ”がギターを弾いてくれるというのはどんな意味を持つことだろう。遠くにかすんだティーンエイジがいきなり目の前に立ち上ってきたようなものだろうか。15歳の愛息が叩くドラムにギターを重ね、歌う未来は想像し得ただろうか。
義理堅く、豪快に見えて繊細で、多方面に及ぶこだわりを持ち、野暮と無粋を嫌う。初の武道館公演の日は両親のお墓参りをしてから九段下に向かった。コレクターズのリーダー加藤ひさしをして「コータローくんがいればどんなバンドも失敗しないよ」と言わしめる。私の周りの若いミュージシャンたちは相談したいこと、聞いてほしいことがあるとコータロー詣でをする。でもそんな後輩が「学生時代モテた」という話をしようものなら「バレンタインにもらったチョコの数言ってみろ!」と挑み、絶対に負けない。
街には街のブルースがある。シカゴにはシカゴの。東京には東京の。40年前、過ぎていく季節から逃げるように池袋の雑踏にまぎれていたインベーダーゲームの達人は、今も夏の終わりをやり過ごせない。来し方を振り返ると、ブルースが追いかけてくる。追憶と悔恨。甘い痛み。ふいの雨をビニール傘でしのぐ。指先をつたうのは、あの夏のしずくかもしれない。
佐々木美夏
2019年3月27日発売
古市コータロー 4thアルバム『東京』
【CD+DVD】COZP-1531-2 ¥3,800+税
【LP】COJA-9357 ¥3,500+税
★完全生産限定
※CD・LP共通 全11曲収録
※【DVD収録内容】過去の弾き語りツアードキュメンタリー映像予定
★楽曲試聴はコチラ(▼)
<収録曲> (LPには、【SIDE A】1~5、【SIDE B】6~11を収録)
1.「かわいた世界に」作詞/岡田惠和 作曲/古市コータロー 編曲/浅田信一
2.「愛に疲れて」作詞/山口洋 作曲/浅田信一 編曲/浅田信一
3.「ハローロンリネス」作詞/浅田信一 作曲/浅田信一 編曲/浅田信一
4.「ホンキートンクタウン」作詞/せきけんじ 作曲/古市コータロー 編曲/浅田信一
5.「ROCKが優しく流れていた」作詞/曽我部恵一 作曲/古市コータロー 編曲/浅田信一
6.「シティライツセレナーデ」作詞/堀下さゆり 作曲/堀下さゆり 編曲/浅田信一
7.「泣き笑いのエンジェル」作詞/せきけんじ・浅田信一 作曲/浅田信一 編曲/浅田信一
8.「そんなに悲しくなんてないのさ」作詞/古市コータロー・浅田信一 作曲/古市コータロー 編曲/浅田信一
9.「1979」(interlude) Programming/浅田信一
10.「Song Like You」作詞/萩本あつし 作曲/萩本あつし 編曲/萩本あつし・浅田信一
11.「夏が過ぎてゆく」作詞/古市コータロー・浅田信一 作曲/古市コータロー 編曲/浅田信一・平畑徹也
【参加ミュージシャン】
浅田信一、ウエノコウジ、内海利勝、加藤綾太、クハラカズユキ、鈴木淳、高間有一、高柳千野、仲井戸麗市、平畑徹也、古市健太(敬称略・50音順)